2008年12月27日

冬の晴れた日には・・・、そうだ、海を見に行こう。

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ここに来ると、水平線が丸くなっているのがわかる。
まさに、地球が丸いことを感じることができる場所である。

私にとって冬は、オリオン座と海が、心の原風景となっている。

冬は、私にとってとても苦痛な思い出が多い。
なにかと壁にぶつかったり、解決できないような難題が降りかかる季節なのである。
そういう時に、空を見上げると、決まって憎いほど輝いているオリオン座が目に飛び込んでくるのだった。

でも、そのオリオン座が、美しいと初めて思えたのは、冬に西表島に取材に行った時のことだ。
冬は空気が澄んでいて、星はきれいだ。
夜中に外に出ると、天の川は手につかめるほど近い。
そして、オリオン座の付近には、いくつも「星雲」を肉眼で見ることができた。
星雲というのは、あの「アンドロメダ大星雲」の星雲である。

宇宙を見ると、人間の一生など一瞬に過ぎない。
そう思うと、救われる。
悩んでいること自体が、あほらしくなるのである。
悩む時間がもったいないと思えるようになるから不思議だ。

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そして、冬の海もそうだ。
ずっとひたすら見つめていると、不思議とエネルギーをもらえるのだ。
過去、何度冬の海を眺めに行ったことだろうか。
寄せては返す波を眺めていれば、幸せな気分に満ちてくる。
それが、なぜかはわからない。
生命の起源に立ち返るからなのかどうか・・・。

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海を見ていると、無性に「太古」に会いにいきたくなった。
そして、ひさしぶりに、某博物館を訪ねて、ティラノザウルスの骨格標本を見た。
ただ、ただ、怠惰な、一日だった。でも、満ち足りた日だった・・・。

投稿者 matsuno : 22:07

2008年12月23日

品川シーサイド

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都心に住んでいると、大型のスーパーなどがなくて、とても不便。
京王線沿線であれば、調布までいかなければいけない。
新宿は、デパートはあるが、高い。

そんなわけで、今回は、埼京線を下って、品川シーサイドまで行きました。

夜は、ガラーンとしていて、ジャスコが23時まで空いているというのには驚いた。
不思議な空間ですね。
でも、お客さんいなくて、大丈夫なのでしょうか?心配してしまいました。

投稿者 matsuno : 20:57

2008年12月21日

「不」が付くと大変なことになる

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広島のある居酒屋にあった掲示。
「不」がついてしまうと大変なことになる。

広島というと軍都、被爆、広島カープ、お好み焼き、そして「仁義なき戦い」を思い出す。

わざわざ、こういう掲示をださなくてはいけないということは、「不明朗会計」の店が実はあったのだろうと想像をしてしまう。

そういえば、北九州の小倉にも、これと同じ文句の掲示を出していた居酒屋があったなあ。

投稿者 matsuno : 15:51

2008年10月14日

キューバのこと

「モーターサイクルダイアリーズ」という映画があるのだが、もう何回見ただろうか。

キューバ革命のカリスマといわれるチェ・ゲバラ。彼は医学生だった時代に南米をバイクで縦断する。そして、権力による収奪と貧困、病人を見ながら、彼が精神的に成長していく過程を描いた作品である。

この映画は、大して派手なアクションもなければ銃撃戦もない。はらはらうきうきする恋愛ものでもない。
淡々としたロードムービーである。しかし、映像の底辺に流れる若者の純粋な熱い思いを感じることができる。それがあるから、最後まで見続けることができるのだろう。描き方もドキュメンタリータッチだ。

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「チェ・ゲバラは、なぜ革命家になったのか」、という問いの答えが、この映画の中にある。キューバ革命の後に、彼は再び革命家として南米のゲリラとなるが、最後はCIAに射殺される。

このチェ・ゲバラには、社会主義者や共産主義者じゃなくても、ファンが多い。それは彼が、弱い者、少数者、病人などの味方であり、貧困を作り出す収奪システムを改革しようとした純粋な思いをもっていたからであろう。それと、あのかっこよい風貌にもカリスマ性があるのだろう。

もう1つ、この映画から見えてくるのは、「帝国主義」とは何かということである。武器や火薬を発明し大量生産した強い国、産業革命をいち早く成し遂げ経済発展した国、はおのずから“未開の地”へ進出していく。そして、原住民を追い出したり、土地を奪ったり、町を征服したりする。元々あった文化は根こそぎ破壊しつくす。

そして、植民地化されて、大規模なモノカルチャー的収奪が行われる。原住民は、みな政治的、軍事的、経済的に従属させられていく。やはり、強い者は弱い者を支配するのである。中南米においては、昔はスペイン、今は米国だと考える人もいるだろう。日本も明治維新以降、富国強兵政策で発展したものの、中国を植民地化しようとして逆に欧米の反感を買い経済封鎖されて悲惨な戦争に突入していった歴史がある。

では、帝国主義ではない方法とは何だろうか。そこが大事なところだ。そして、弱い者、少数者、貧困者に温かい社会、文化を大事にする政策とは何だろうか。平和で貧困のない民主的な世界を作るにはどうしたらよいのだろうか。

貧困が蔓延し、貧富の差が拡大すれば、必ず社会主義や共産主義的な要素を求める声が大きくなる。
昨今、中南米で反米政権や社会主義政権が次々と誕生している現実を見ると、グローバル化というのは新しい形の米国帝国主義だと人々が感じているのではないかと思ったりもする。

ソ連が崩壊した時、私もキューバに取材に行った。ガソリンが入ってこなくなり、町には中国から輸入された自転車があふれていた。通訳をしてくれた若者にチップを渡すと、彼はその金を、老人に渡していた。
それを見て、この国は米国から経済封鎖されて貧しいが、温かさがあるとを感じた。

サトウキビ畑に夕日が沈むころ、皆といっしょにトラックに乗って、首都ハバナまで帰った。
そのときに、彼らが歌っていた歌のメロディが、今でも心に残っている。

投稿者 matsuno : 12:41

2008年09月11日

稚内「夏」通信④

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やっぱり、最北は、魚介類がうまい!

投稿者 matsuno : 13:51

稚内「夏」通信③

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one of the most beautiful places in Wakkanai, I think.

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a view from a class room

投稿者 matsuno : 11:41

2008年09月09日

稚内「夏」通信②食べ物編

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ホタテ丼+ホタテの刺身+ホタテの煮物=ホタテ尽くし
量が多くて、もう限界!

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稚内には、アイスクリームが良く似合う。

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とろけるおいしさ。北海道に来たら、やはりメロンだ!これは、余市町のメロン。

投稿者 matsuno : 15:02

稚内「夏」通信①

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浜辺に残るシカの足跡

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大文字焼き?
「ひとでなし」でもありません。

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難破船(宗谷岬近くで)
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利尻富士と夕日。

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稚内公園から眺める稚内市内と稚内港。はるかに見える陸地は、サハリン(樺太)じゃなくて宗谷丘陵です。サハリンは、もっと左側方向に見えました。

投稿者 matsuno : 09:51

2008年08月25日

瀬戸内の夏②

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一面に広がる不思議な植物!
よく見ると、種をつけたひまわり!

いろいろ探すと、1輪だけ、まだ咲いているひまわりを見つけた。

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よく晴れた夏の一日。
ひまわり畑の中で、ひさしぶりに、「夏」を感じることができた。

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投稿者 matsuno : 21:51

瀬戸内の夏①

車で走っていると気になる看板があった。
私は、タイガースファンではないが、面白そうなので、車から降りてみた。
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「トラちゃん田んぼ」なる看板の→の先には、なんと、デザインされた田んぼが!!!

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説明によると、普通の稲だけでなく、古代米の稲を使って植えて、デザインするのだそうな。
コンピューターを使って計算するらしい。

地元では、たびたびニュースになるらしい。
アンケート用紙に書きこんで投函すると、稲の様子を時々知らせてくれるという。

投稿者 matsuno : 21:45

2008年08月10日

駅弁とディーゼル

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これは、某瀬戸内地方の駅で買った駅弁。
なかなか良い彩と味。
値段も安い。
やはり、地方の駅弁はいい。

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これは、京都から東舞鶴行きの列車(ディーゼル)の腹にかかれていたPR.
「天橋立を世界遺産に」
そういえば、この天橋立には行ったことがない。というより、通り過ぎた。
実際に渡ったことはない。

電車の便はないだろうと、思っていたら、なんと、北近畿タンゴ鉄道というのが西舞鶴と福知山から出ている。
次回、ぜひ取材のネタを探して、鉄道で行ってみたい。

投稿者 matsuno : 15:31

2008年07月28日

若狭高浜の子ども放送局

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2003年から続いているゼミ活動で、「(若狭)高浜子ども放送局」というものがある。
福井県高浜町で、毎年7月最後の土曜日に行われる「漁火想」という花火大会を兼ねた夏祭りイベントを、地元の小中学生たちにリポートしてもらうという企画である。

今年は、6回目だったが、子どもたちに企画、撮影、編集、上映会までやってもらおうという史上最高のハードなスケジュールだった。
完成したVTRは、地元のCATVで放送されるだけでなく、インターネットでも配信されるし、DVDにもなる。

しかし、6回やったうちで、今回がもっとも厳しい条件だった。
「不安と心配のてんこ盛り状態」というのがふさわしい表現だろう。

企画書、報告書、説明書の混乱から始まり、編成された学生スタッフの実力のレベルへの不安、新聞社のインターンや試験と重なりメンバーチェンジ、ロケハンができないためイメージできない企画内容、2日間で講習会、取材、撮影、編集、さらには上映会をこなすというハードスケジュール。

さらに当日は、37度を越える暑さ、撮影に入った地元テレビ局との調整、スタッフのシャキシャキ感の欠如などなど。事故がおきるのではないかという不安が増すばかりだった。

しかし、撮影が終わった一日目の夜には、ほっとした。
小学生たちが、疲れているとは言え、皆元気だった。
安心安全の大半は成し遂げたような感じがした。

1日目の終了時刻が22時。
炎天下で、体がぼろぼろになっているにもかかわらず、スタッフは夜にラッシュして取り込むという作業をやった。

徹夜でVTRの取り込み作業をしたのは、2年生だった。

2日目、編集作業を小学生に教える。

地元テレビ局のカメラが常時回り、かつ、小学生の役割分担で混乱したが、チームに4年生がいると、不思議な安定感と安心感がかもし出される。
やはり、場数を踏んできて、何本も作品を制作してきているという実績が、自然と安定感を作り出すのだろう。
「4年生が窮地を救った」という表現が一番よいかもしれない。

しかし、ハードだった。
総合演出Pは、限界まで追い詰められたはずだ。

でも、きっと、うたれづよくなったことだろう。
自信を持っても良い。
学生で、これだけのプレッシャーに耐え、緊張の中で、大仕事をやってのけたことは素晴らしい。

学生時代に、不安の中で努力し、そして報われて号泣するという経験をすることができたことは、かけがえがないことである。
きっと、ずっと記憶に残ることだろう。

史上最弱のチームと思われたが、最後は、史上最強のチームになった。
それに、史上最良の高浜子ども放送局となった。

しかし、今年は心身ともに、辛かった。
今年発見したことが多くあるので、来年は、少しは楽になるかと思う。

投稿者 matsuno : 22:54

2008年07月16日

最北から最南へ

取材で、稚内と石垣へ。
ざっと、片道3000キロ以上の距離を往復した。

単純に、「最北と最南だから面白い」と思ったのは事実だが、それだけではない。
この稚内市と石垣市は姉妹都市提携を結び、ラジオ局同士も月1回放送で交流を行っているのだ。

そして、最大の狙いは、地域密着ラジオが弱小ながら何か大きな役割を果たしているのではないかと考えたからだ。端っこの場所では、なおさらそれが際立っているのではないかという素朴な考えからだった。

結果は大当たりだったのだが、詳細は、TBSが発行している「調査情報」(9月-10月号)を読んで欲しい。あくまで予定だが。

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最北のコミュニティFMは「わっぴー」である。
送信所は、100年記念塔に設置されている。
ちょうど、ハマナスの花が咲き始めていた。

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コミュニティFMは、小さなラジオ局であるが、実際に取材してみると新しい発見がたくさんあった。
特に防災関係では、いざというときにコミュニティFMは強い。全国的に言われていることではあったが、実際に、稚内では、稚内大火の時に活躍したそうだ。さらに、冬は飛行場、JRや道路に多大の影響がでるため、コミュニティFMは欠かせないメディアとなっているという。

FMいしがき サンサンラジオも取材してその通りだった。
昨年の台風でライフラインが2度もダウンしたときは、コミュニティFMだけが頼りだったそうだ。

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あと、さすが歌と踊りの島だけあって、ミュージシャンが島にやってくると必ずコミュニティFMを訪れるそうだ。彼らが残していった色紙で局はあふれていた。

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今回は忙しくて、石垣港から離島へは行けなかった。
竹富島か西表島まで電波は届いているらしいので、次回はぜひラジオを持って離島に行きたい。

いろんな話題に接することができた旅だった。
ここでは、詳細は紹介できないのが残念。ぜひ、9月の「調査情報」をお読みいただきたい。

投稿者 matsuno : 22:10

2008年05月06日

稚内の初春

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こういう道は、北海道でなければ見られない。


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利尻富士には、まだ雪が残る。


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春は、これから。まだ、芽吹いていない。


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乳牛はもう外で、のんびりと草を食んでいた。


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農家を改造したスローフードレストラン「ミセス・ロビンソン」。


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この羊、実は、放し飼いなんですねー。まさに、スローです。


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稚内は、風力発電に続き、太陽光発電も始まっていた。


投稿者 matsuno : 22:07

2008年05月04日

稚内と松坂大輔の関係

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日本の最北の町・稚内に、現在、ボストン・レッドソックスで活躍している松坂大輔の記念館があることをご存知だろうか。

「松坂大輔スタジアム」

どうして、稚内と松坂大輔が関係あるのか?
答は、松坂大輔の父親が稚内出身で、祖父はまだ稚内在住ということらしい。

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この記念館では、リトルリーグ以来の松坂大輔の記録を見ることができる。
少年時代から、すごいピッチャーだったことがわかる。
そして、甲子園の春と夏の優勝メダルが並べて展示されているのには、さすがに驚いた。

松坂の球速が実感できるというコーナーもある。
ただ、ピッッチングマシンが150キロの球を投げるわけだが、
不思議と実感して感心してしまった。

入場料は200円だから、まあ、一度は訪れてみる価値はあるかも。

投稿者 matsuno : 19:57

最北の春

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東京では、今年はなかなか温かくならないなあ、と感じることが多々あった。
しかし、桜は一気に開花して、春から初夏の雰囲気さえ漂い始めた今日この頃である。
「春」を実感するヒマもなかった。

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しかし、最北の町・稚内で、やっと春を実感することができた。

ツクシが、なんと群生しているではないか。それも市街地のいたるところに。
稚内は長い冬が終わったばかりで、桜もこれからだそうだ。
それでも、例年よりかなり早い開花になりそうだという。
地球温暖化の影響なのだろうか。

投稿者 matsuno : 18:49

2008年04月07日

椿

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雨にぬれた石畳に落ちた椿の花
いかにも、日本風ですね。

投稿者 matsuno : 23:53

2008年02月19日

そろそろ春を思わせる料理

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佐賀県唐津市で食べた刺身。さすが、九州だ!

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最近、しゃぶしゃぶ屋で食べた前菜。梅の花が付いてきた。

投稿者 matsuno : 21:52

2008年02月10日

大宰府の新しい土産

受験シーズンのど真ん中だが、受験グッズも、最近はいろんなものがある。
受験の神様というべき太宰府天満宮の商店街で見つけたのが、これ。タコの置物。

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「置くとパス」と名づけられていた。まあ、なんともコメントしがたい・・・。
しかし、すべては、受験生本人の心の持ちようだから、こういうグッズが意外と心の安定には効果があるのかもしれない。
ただ、色が派手すぎて、心の安定につながるかどうかは、わからない。

大宰府の喫茶店に入りコーヒーを頼むと、付いてきたのが、この砂糖。
大宰府らしく、おみくじになっている。
結果は、「末吉」。
まあ、これぐらいがちょうどいいと思う。

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今回、大宰府を訪問して気づいたのは、絵馬にハングルが多かったこと。
団体さんの会話も、ハングルばかり。

日本よりも受験競争が厳しいと聞く韓国。
人々が、日本の受験の神様にまで願をかけに来るというのは、その厳しさは想像を超えているのだろうか。

投稿者 matsuno : 23:06

2008年02月05日

福岡の中心で「ブログば、更新しちゃり~」と叫ぶ

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「街は、灰皿じゃない。」

「その通り!!!」

(町ではなく、街とあるところが、商店街らしいね。新天町からソラリア方面の路上で)

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「おしチャリ」

これは、すばらしいセンスだ~!!!
でも、博多弁がわからないと、なんだろうと思うことでしょう。

「○○しちゃり~」は、博多弁で、「○○してね」の意味。
「おしチャリ」は、自転車は押してくださいねの意味ですね。
自転車の「チャリ」と掛詞になっているところがにくい!というか、笑える!?

歩行者の安全のため
自転車はおして歩きましょう

と看板に書いてあった。しかし、その下に、「OSHI CHARI」とあるのが不思議なニュアンスをかもし出している。

ゼミ生には、文章の練習のためにブログを書くように言っているのだが、なかなか更新してくれない。
「みんな! ブログば、更新しちゃり~!」と叫びたい。

この「おしチャリ」については、博多出身のGキャスターの感想を聞いてみたいものだ。
「はずかしか~」「センスの悪か~」なのか、「よか!」なのか。

投稿者 matsuno : 21:07

2008年02月04日

大宰府の梅は咲いているか

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大学時代に行った時の記憶は、もう消えかかっていた。
でも、25年以上経って、この場所にたたずんだとき、消えかかっていた記憶が一気に蘇った。

そうそう、授業を抜け出して、わざわざ来たんだった。
誰かが、「天気いいから、大宰府まで行ってみよう」と行ったのがきっかけだったなあ。
勉学をさぼって、勉学の神様のところに出かけるとは、何か矛盾しているような気もするが・・・。

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菅原道真公を追って、京都から飛んできたと言われてる「飛梅」は、変わらずにそこにあった。

『東風吹かばにおいおこせよ梅の花あるじなしとて春なわすれそ』

そして、飛梅は、咲き始めていた。
毎年、境内の6000本の梅に先立って、春を告げると言われている。
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あのころと、何も変わっていないなあ。
変わったのは、自分だけか・・・。

1000年以上の歴史の前にたたずんで、不思議な感覚を抱いた。

***ゼミ生は、面白くない退屈だから天気が良いからなどという理由で、授業を抜け出してどこかに行くなどということはしないように!?
一応、言っておきたい。一応ね。

投稿者 matsuno : 22:44

2008年01月20日

閉鎖空間のスノボ野郎ども

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10数年ぶりに、ゲレンデに立った。
スキーの板は、昔のようなながーい板ではなく、短く丸くカーブしている。
「こんなもので滑れるのか?」という不安を抱えながら滑り出す。
なんとも言えない違和感が最初はあったが、しだいに慣れる。
1シーズン30回近く通ったこともあったので、昔の感覚も取り戻した。
しかし、どーも、新しい板には、完全には慣れなかった。

さて、今回滑っていて感じたのは、スノボの連中のお行儀の悪さである。
いたるところに寝そべって、板を谷方向に水平に立てて、集団で懇談会をやっているのである。
ひどいのは、リフトを降りてすぐのところで、車座になっている連中もいた。

子供連れの家族は、そのおかげで避けようとして転んでしまった。
わんわん泣き出す子どもを見ても、スノボ野郎は知らんふりで、自分たちの世界の中で歓談を続けている。リフトのおじさんが注意すると、コエーと言いながら、しぶしぶ道をあける始末。

さらにひどいのは、スキーも滑れない状態で、最初からスノボに挑戦するから止まれずに転倒する連中が続出。危なくて、安心して滑っていられない。後方から「ガー」というスノボが突進してくる音を聞くと、恐怖心すら覚える。

スキー場の管理者に聞くと、「スノボとスキーはコースを分けたいのだけど、それだと採算が合わないし、お客さんこないし」と言っていた。しかし、事故がおきたらどうするのだろうか。

上級、中級コースで滑っていると、ここにもスノボ野郎がいた。
しかし、見るからに初心者。大丈夫かなと思っていたら、私の目の前で転倒。数メートル投げ出された。うめいていたので、管理者のところに連絡してあげた。捻挫程度ですめばいいがと思った。スノボのエッジは、実に深い溝をゲレンデに刻む。驚いた。

映画「私をスキーに連れてって」の時代は、実にのどかだったなあと、ゲレンデの上で思った。

投稿者 matsuno : 23:55

2007年08月24日

夏の思い出

私の一番好きな季節は、昔は秋だったが、それがいつの間にか夏になった。ただ、新潟にいるときはスキーができる冬、ボストンにいるときは寒さから解放される春とさわやかな6月。でも、日本では、やはり夏だなあ。

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ムササビの棲む高尾山には、東京の夜景を見に行こうということで、ゼミで行く。1年生ADの仕切りで。ケーブルカーの急勾配には驚きました。

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毎年恒例の高浜子ども放送局プロジェクトで、福井県の高浜町へ。
ここでは、映像だけでなく新聞ブログも制作した。

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休憩時間には、私はオムライスと氷ミルク。しかし、小学生が、ざるそばにソーメンというオヤジくささを出していたのには驚いた。逆だろ!

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この民宿は、相変わらず揺れる。国道沿いにあるため、トラックが通り過ぎると揺れます。


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最近、やけに東国原知事宣伝の宮崎名産品があふれている。東京のファミマも宮崎フェアだそうだ。さっそく、トリメシ弁当を買って食べた。写真は、福岡で見つけた炭火焼地鶏。私は宮崎県にも住んだことがあるが、炭火焼地鶏など食べたことなかった。冷汁は、かなり食ったが・・・。


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この写真は、城山から見た桜島。私は小学5年3学期から高校1年まで鹿児島に住んだが、文武両道で極めて厳しい教育だった。それに島津藩時代の教育が生きている。すごい県だと思う。人間もいいしね。

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となりの宮崎県は、鹿児島に比べるとなんとも精神的支柱にかける教育だったなあと思う。ただ、宮崎は、気候がよく平野が広がっていて、発展の可能性は大きいと思う。日照時間、晴れの日の数では、日本一。航空大学校が宮崎にある理由もよくわかる。

しかし、やはり、故郷は遠きにありて思うものかもしれませんな。

そして、次なる目的地は、最北の稚内です。

投稿者 matsuno : 00:03

2007年08月15日

宮崎のセールスマン

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晋ちゃんまんじゅうが羽田で売られていた話は、だいぶ前に書いたが、今度は福岡市内で、東国原知事の顔をあしらったクッキーとか炭焼き地鶏が売られていた。宮崎県だけでなく、九州一円で展開中らしい。最近では、次期首相と言われている麻生氏のお菓子もでたらしいが・・・。
「宮崎は生まれかわらんといかんが」とあるが、それとこのお菓子との関係は、よくわからなかった。

ちなみに、630円。「土産話になるお土産」というところか?

投稿者 matsuno : 00:13

2007年08月14日

夕立の雨の中で・・・

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九州のとある場所で、急に夕立に襲われた。

パラパラ、という音がしたかと思いきや、いきなりザーっと来た。
付近は厚い雨雲で急に暗くなった。

あわてて車の中に逃げ込む。
どしゃぶりの雨が、フロントガラスを叩きつける。

暑い! あわててエアコンのスイッチを回す。

しばし、車の中の狭い空間は雨音だけに包まれる。雨脚が強く、フロントガラスの前は何も見えない。

完全に「無」の世界に包まれる。
すると、ふと、虚無感に襲われた。
「お前は、一体、何をしているのだ」「お前は、何がしたいのだ」
ザーザーという音だけが包みこむ空間の中で、虚しさだけが無性に沸き起こってくる。

・・・しかし、なんだか懐かしい気持ちがした。そうだ、小学生時代にも、夏の夕立の時に、よくこの虚無感を味わった。ヘチマがぶら下がった縁側。庭の地面を勢いよく叩き付ける雨。ザーザーという夕立の音の中で、私は不思議な世界に入り込んだ気持ちになった。

・・・・・、・・・・・・・・。

黒い雲は通り過ぎ、西の空に夕焼けが見えてきた。きれいだったので、一枚写真を撮った。

そして、その虚無感から抜け出すように、車のドアを開け、外に出た。

道路端に、ホウセンカの赤い花が咲いていた。


投稿者 matsuno : 00:32

2007年08月12日

霧島アートの森―オブジェは、メディアである

現在進行中の「新聞プロジェクト」の打ち合わせの途中で、立ち寄ったのが「霧島アートの森」。私は、彫刻は、屋外で、それも生命体である樹木の近くでみるのが良いと考えている人間である。

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ウルリッヒ・リュックリーム < ストーン・セッティング >

都心にもオブジェはあるのだが、幾何学的で無機質な構造物に囲まれた空間に抽象的なオブジェを置かれても、何かとても違和感がある。都心の無機質な構造物で構成される空間には、やはり植物などの生命体を置くべきであろう。IBMに竹林があるように。

逆に、抽象的なオブジェは、自然があふれる屋外で鑑賞するのが心地よい。無機質な世界には自然を。逆に、自然あふれる場所には、抽象的なものを。・・・である。

この「霧島アートの森」は、なんと鹿児島県が運営している。高速道路のICから降りて、かなり車で走るのであるが、観客の動員数は予想を上回っているらしい。

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ジョナサン・ボロフスキー < 男と女 >


温暖多雨で、植物の緑が濃い南九州の山の中で、抽象的なオブジェを見るというのは、至高の喜びである。彫刻がすきというよりも、作品の向こう側にある世界、つまり概念や哲学を自分なりに考えることがすきだと言ったほうがいい。

つまり、オブジェは、メディアである。

延々と続く道に、うまく配置されたオブジェは、それだけ見ると、これにどういう意味があるのかと思うかもしれないが、人はそれぞれ、「何か」を感じ取るのではないだろうか。

一周すると、実に癒される。不思議である。

人間、インターネットやテレビなどのマスメディアからの情報を浴び続けていると疲れる。ゆっくり、自分でものを考えるということを楽しむ時間もない。しかし、ここでは、散歩しながら、ぐるりといろいろなオブジェを見ながら、物事を考えることができる。自然の中で癒されると同時に、自分が自分で好きなように考えてみることができる。

こうした空間の中で、人は何かを取り戻せるのかもしれない。その何かとは何だろうか。

磨耗しきってしまった神経を修復できているような感じ・・・。森の中を歩きながら、そんな感じかな、と思った。

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ダニ・カラヴァン < ベレシート(初めに) >


投稿者 matsuno : 00:24

2007年08月10日

南国

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島津藩の拠点「鶴丸城」

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城の堀には、コイが! 

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ここは、日本で3番目に波が荒いところ。

投稿者 matsuno : 00:00

2007年07月29日

2007年 若狭高浜の夏

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海に向かう道。夏らしい花が咲いていた。

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高浜漁港の夕暮れ。水面が美しい。


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漁港だから、トンビも多い。

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水は、透き通っている。

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熱気球は、昼も美しいが、夜も美しい。

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そして、若狭高浜の「漁火想」の最後は、水中花火。今年で5回目。いつ見ても迫力ある。

投稿者 matsuno : 22:34

2007年07月21日

私の「美しい国」

私はこれまで数十カ国で取材活動を行って来たが、一番驚いたのは、日本を尊敬している人が想像以上に多いということだ。

特に、我々の日常生活の中で、あまり縁のない中東、アフリカ、中南米、東欧の人々は、多くの人が日本を尊敬している。

あるブラジル人は「日本はミラクルカントリー」だといい、あるチェコ人は「電化製品は世界一」だといい、「あるキューバ人は「イチ(座頭市)を生んだ国」だと、握手を求めてきた。彼らに共通しているのは、日本が敗北の中から立ち上がり平和主義を貫いて経済発展を成し遂げてきたという事実を評価していることだ。

日本ではフツーの存在である、トヨタ、ニッサン、ホンダ、キャノン、ニコン、ソニー、パナソニック。これらは、世界中どこへ行っても看板があるし、誰でも知っている。それが日本の企業であることも、もちろん知っている。そして、それらの製品が、世界で一番故障が少なく信頼されているということも。

だから私はいつも、外国で取材を終えて帰国すると、改めて日本という国に感心しなおす。そしてそれと同時に、几帳面で勤勉な日本人を尊敬し直すのである。

米国で暮らしていたとき、あまりに停電と電話の断線が多いので辟易した。さらに、ホテルの予約間違い、他人の電話代の請求、電車のダイヤの乱れなど、ひどいものがあった。米国の労働力の質の悪さには、ほんとうにあきれる。「カスタマーサービス」が繁盛するのもよくわかる。

それに一部を除いて、学生の学力も、態度もたいしたことはない。一部のエリートが国を動かしているということが良くわかる。

(ただし、学生の必死さは日本とは比べ物にならない。それは、「知=パワー=社会的階層」の関係があり、死活問題に直結するからだ)

中南米取材で、気付いたことがある。
それは、彼らが握手を求めてくる時、彼らの態度は、白人に対するものと同じではなく、同じ有色人種として親近感があふれているということだ。同じ有色人種なのに、ここまで頑張っているのは素晴らしいという意味があると感じた。つまり、彼らは我々日本人を同じ同僚、同じ人種と感じ、愛着を持っているのだ。

そして、「座頭市」というシリーズ映画が中南米で果たした影響も大きい。「強きをくじき弱きを助ける座頭市」は、貧しい中南米の人々、特にキューバ人には人気だった。それが日本人への親近感を少なからず醸成したことは間違いないだろう。

日本人が評価されている点は、工業製品だけではない。人柄もそうだ。それは、「座頭市」が果たした役割だけではない。世界中で働く日本人の姿、態度が、現地の人の評価を高めているのだろうと思う。

バングラデシュ・ダッカでの取材の際、取材拠点としていたホテルで毎日、タクシーをチャーターしていた。

そのとき、タクシーの運転手が、こう言っていた。
「俺は以前、米国大使館に運転手として勤務していたが、米国人は口笛で俺たちを呼ぶ。でも、俺は、犬じゃない。それに対して、日本人は口笛で呼ぶようなことはしない。人間として、同僚のように扱ってくれる。日本人は素晴らしい」と。

几帳面でまじめに働き、礼儀正しい日本人。
どんな人種にも対等に接する日本人。
大戦の痛手から平和主義を貫き、奇跡的な経済復興をなし遂げた日本人。
そして、白人ではない日本人。

もちろん、尊敬ばかりではない。歴史的に深い傷をアジア各国に与えたことは事実だ。
そして、経済発展の過程で、様々な問題を日本企業が引き起こしたことも事実だ。

しかし、取材を通して知ったのは、個々の日本人は基本的にまじめでよく働くこと。現地の人にも家族的に接するということだ。戦後一貫してはぐくまれた日本人への印象が、彼らの尊敬と握手につながっているのだろうと思う。

学生時代、私は日本という国があまり好きではなかった。
しかし、ジャーナリストとして外国で取材を続ける中で、少しずつ日本が好きになった。
それは、戦後、どの国にも侵略せず平和主義を貫いてまじめに働いて来たという事実、そして、いろんな便利なものを発明し、それが世界中の人々を幸せにして来た事実が、外国人から高く評価されているということを知ったからだ。

最近では「クール・ジャパン」と言われている。

私の愛国心は、世界中を回って、自分なりに自分の心の中に築いたものだ。だから、総理大臣や政府や軍から、強制されたくない。

私にとっての「美しい国」は、私の心の中にある。

(松野良一 記)

投稿者 matsuno : 00:11

2007年07月10日

日本海の夏、高浜の夏

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日本海側にある若狭高浜の「漁火想」。
前夜祭で行われたナイヤガラ花火(2005年7月に撮影)。

名物の「水中花火」とは、一味違う美しさがある。

今月最後の土日は、いよいよ「漁火想」だ。
晴れると、また美しい花火を見ることができる。

「漁火想」プロジェクトは2003年から始まっているので、今年で5年目だ。
日本海側の小さな町が、一番輝く時かもしれない。
忘れていた日本らしい日本を感じることができる場所だ。

投稿者 matsuno : 00:06

2007年07月06日

そろそろ、沖縄か

最近、このブログを更新してないことを、「ゼミのアライグマ氏」に指摘されたので、気軽に更新!

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このところ、雑用に追われまくり、なかなか休息できない。
そろそろ、東京脱出を図りたいところである。

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沖縄というところの風景は、何気ないものでも、「絵」になる。

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そろそろですか・・・。

投稿者 matsuno : 00:07

2007年05月16日

そろそろ沖縄病・・・

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最近では、さんぴん茶(ジャスミン茶)は、東京でも販売されているようだ。
しかし、これを飲むと、沖縄病を発症しそうになる。

今年も地域情報化プロジェクトで沖縄には行く予定。
次回は、那覇空港から見える島々にも渡ってみたい。

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投稿者 matsuno : 23:01

2007年05月13日

君は「ジンギスカンまん」を見たか?!

稚内のノシャップ岬にある土産物屋兼レストランの建物の中で、「それ」を発見した。


なんと、「ジンギスカンまん」である。

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でかい!
味は、どうかというと・・・。
残念ながら、食事の後だったので、試食する余裕がなかった。
次回、ぜひ食べてみたい。


さて、稚内に来たら、メインディッシュは、やはり「タコシャブ」である。

当地では、レタスを入れるのが普通らしい。
だが、南国で育った私は、レタスを鍋料理に使うのは初めてだった。驚いた。

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味は、最高である。
レタスは鍋にけっこう合います。

投稿者 matsuno : 22:21

2007年05月01日

稚内の新しい名所

稚内は、「何もないが、ある」というのがキャッチフレーズだったらしいが、ついに、新しい名所が誕生した。「副港市場」。

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樺太への連絡港、鰊漁の基地としてにぎわった稚内だが、ソ連軍による占領、200海里問題による減船により、すっかり活気を失ってしまった。

町の活性化策の1つとして鳴り物入りで建設されたのがこの「副港市場」である。昭和30年代が再現されている。さらに、ロシア料理店、海産物市場、温泉もある。けっこう楽しめる場所である。

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南樺太を日本が領有していた時代の様子がわかる。そして、ソ連参戦で逃げ惑いながら日本を目指した人たちの悲劇なども、証言映像で知ることができる。

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現在の樺太(サハリン)の様子についても、映像で紹介されている。稚内北星学園大学の学生が作ったNPO法人「ムーブユー」が、現地で撮影し編集したものだ。

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日本最北の近現代史を知る上で、大変役立つ場所である。

投稿者 matsuno : 00:04

2007年04月30日

最北の春は遅い

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日本の最北の地、稚内。利尻富士にもまだ雪が残っていた。
町の中にあった桜の木を見ると、まだつぼみだった。

投稿者 matsuno : 21:02

2007年03月18日

ガジュマル

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沖縄の小学校には、必ず「ガジュマル」の木がある。
今回訪れた南城市大里北小学校にも、樹齢100年以上といわれるガジュマルの木があった。

熱帯系の樹木で、枝から「気根」といわれる根がぶら下がっているのが特徴。とにかく、ジャングルを想像させるのにふさわしい繁り方をする。

この小学校のガジュマルは、登ることが出来るほど幹が太い。撮影は、この木の周辺で行われ、ラストシーンにふさわしい絵が撮れた。

こういう大きな自然いっぱいの木が、校庭にあるというのは、なかなかよいものだと思う。時代はどんどん変わっていくが、ガジュマルの木だけは、どっしりと根付いて、静かに時の流れを受けとめている。


投稿者 matsuno : 17:29

2007年03月15日

木に咲く花

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甲州街道沿いの木に、モクレン系の花が満開になっているのを発見した。

毎日、通る道なのに、花がいつ咲いたのかもわからなかった。

木に花が咲くのは、なぜか楽しい。春が来るぞーという感じがする。

ボストンの春もそうだった。なにしろ、一年の半分は冬みたいな所だから、春の訪れは本当にうれしかった。

その春の兆しは、木に一斉に花が咲くこと。

ちなみに、ボストンで「ああ、春だなあ」と実感したのは、日本でいうゴールデンウィークの後ぐらいだった。

日本も、最近、なぜか急に寒くなったが、これから一気に暖かくなるのだろうか。

投稿者 matsuno : 00:12

2007年03月09日

初春の房総

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旅というのは、わいわい楽しいのも良いが、やはり、限りなくわびしくて寂しい方が、私は好きであるように思う。

房総半島の南端、千倉の海岸にたたずむと、初春の明るい日差しの中で、なんともいえない虚無感を感じてしまった。

その虚しさが、どこから来るのかは、はっきりはわからない。ただ、1つだけ感じたのは、有限である自分という存在に比べ、こうした自然は悠久の中にあるという現実である。その現実を、この風景は、痛いほど思い知らせてくれるのである。

ただ、その虚無感は、私にはなぜか心地よい。ある意味、あきらめの境地に近いからかもしれない・・・。

この風景を見ていると、デジャブーに陥ってしまう。風紋の砂浜、昼下がりの少し弱まった太陽光線。菜の花。これらは、子どもの頃から、南九州で何度も見てきた風景である。

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投稿者 matsuno : 23:45

2007年03月02日

沖縄県北谷町で食する

以前、沖縄のぜんざいは、カキ氷だと書いたことがあるが、北谷町でも食してみることにした。

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なかなか、こじんまりしておいしかった。せんべいがお口直しにちょうど良い。

もう1つ、この北谷町には、嘉手納基地の将兵が集まるすし屋がある。
このすし屋で「おまかせ」で頼むと出てくるのが、マグロのカマである。

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やはり、うまい。沖縄料理とすしもあわせて食って、意外と安かった。


投稿者 matsuno : 23:36 | トラックバック

2007年03月01日

浜川小学校

「ブログで新聞を制作し、印刷も可能」・・・という夢のようなプロジェクトで、沖縄の北谷町に行ってきた。
実験の場所は、浜川小学校という嘉手納基地の南側にある小学校。参加したのは、6年生38名。

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小学校6年生ともなれば、生意気なのかなと思いきや、みんなピュアで人なつっこく、明るくて最高に面白かった。

新聞作りは、映像と違って、けっこう頭を使う。
最初、教室での授業で、「作文の嫌いな人は?」と手を上げさせたら、みんな手をあげるではないか。
これは、どうなることやら・・・と思った。が、実際にやってみると、すいすいと出来た。
つまり、取材して、説明する文章を書くのは、意外と簡単なのである。

材料があれば、誰でも作文するのは難しくない。
それと、「書きたい」という強いパッションがあれば、なおさら書きやすくなる。

今回は、いろんなことを小学生から学ばせてもらった。

学校給食というものを、何年ぶりに食べた。
メニューはマーボー豆腐と春雨サラダ、ご飯、牛乳、グレープフルーツだった。子どもたちと一緒に教室で食べると不思議と仲良くなるものだ。

心が洗われた一日だった。

私は教育学部出身で、専攻は心理学だが、大学時代は教員になろうとは思っていなかった。なんだか、寂しい仕事だと感じていたからだ。毎年毎年、子どもたちと別れを経験しなければいけない。子どもは成長していくのに、自分は学校という場所にとどまるというのが耐えられないと思っていたからだ。

しかし、最近、小学校でいろんなプロジェクトをやっていると、小学校の先生というのは、素晴らしい仕事ではないかと思うようになってきた。子どもたちって、やはり先生の方を一心に向いているんだなと思う。一生懸命、先生に気に入られようとしているのがわかる。先生からほめられると、やっぱりうれしいんだろうな。

今回のプロジェクトでも、みな一生懸命に取り組んでいた。大学では学生を叱ってばかりいる私が、小学校では、本当に本心でほめてあげていた。

投稿者 matsuno : 22:09 | トラックバック

2007年02月13日

久高島

久高島に船で渡る。島の地面に、降り立つ。
ああ、なんだか、懐かしいところに来たみたいだ。

自転車を借りる。これも、中学、高校生が乗っていたような自転車。つまり通学用の自転車を貸し出している。

空気が違う。不思議な空間。

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小学校の門には、シーサー。


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島の先端に向かって、自転車をこぐ。
すると、一本の真っ白い道が、海に向かって走っていた・・・。

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その道の先端まで行くと、こうなっていた・・・。

投稿者 matsuno : 19:35 | トラックバック

2007年02月12日

沖縄の海

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そろそろ、「沖縄病」を発症しそうな雰囲気になってきた。

この写真は、一昨年3月20日に、知念村(現在は南城市)で、撮影した。
この浜辺は、あまり知られていない。地元の人の案内で訪れた場所。

この場所から、ニライカナイ伝説の久高島が見える。

美しい・・・。

投稿者 matsuno : 23:45

2007年01月31日

「能登」の発見③-漆器と鯛

能登の町を歩いていると、思わぬものを発見した。
「漆器病院」。

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漆器は、補修して長く使えるものだという。
高価なものもあり、補修する技術も発展したらしい。
そういうところに、手作りというか、伝統というか、地域に根ざした「技」のすばらしさがある。

この街には、漆器や沈金などを学ぶ学校もある。
時間があれば、国内留学したいとさえ思った。
鮮やかだが、和風の渋みもあるところが、日本人の心に沁みる。

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ついでに、この「能登」で感動したのは、鯛の料理だ。
芸術と食い物では、かなり違うジャンルなのだが、旅と言ったらやはり土地の食べ物は欠かせない。

ゼミのあるチームが、漁船に乗って漁を撮影した。
そのときに、鯛を持ち帰った。それも、数匹。
この鯛を宿泊先近くの居酒屋に頼んで料理してもらった。

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刺身、煮付け、焼き物・・・。
「能登」で食べる獲れたての鯛は、実にうまかった。

博多弁でいうと、「能登の鯛は、うまかっタイ」。うーん、今2つぐらいだな・・・。

投稿者 matsuno : 13:10

「能登」の発見②-「恋路行」の切符は・・・

「恋路海岸」というとロマンチックだが、実は、悲恋物語。

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昔、この村に、恋に落ちた若いカップルがいた。沖合いの島に住む娘は毎晩火を焚いた。青年はその火を目印に海を渡って娘に会いに行っていたという。

しかし、この若い娘に恋心を抱く別の男が登場。いわゆる恋敵だ。この男が、娘を監禁し、別の危険な場所で火を焚いたそうな。その火にだまされた青年は、海の深みにはまり、命を落とした。

その事を知った娘は、あまりの悲しみから海へ身を投げたそうな。

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恋敵が別の危険なところで火を焚いたぐらいで、海の深みにはまるのだろうか、などという疑問を抱いていてはいけない。当時は、街灯もなければネオンもない。夜は、まさに「漆黒の闇」だったわけだから。

この場所にたたずむ。
まさに白砂青松。海も青く澄み、とても美しい。

毎年7月27日には、この悲話の主人公の男女を慰霊する「火祭り」が行われるらしい。たいまつが、海を赤く染めるそうだ。一度、祭りの日に訪れてみたいものだ。


しかし、、この事件の後に、残された恋敵の男はどうなったのだろうか。娘が身を投げたことで、後悔したのだろうか。あるいは、そのカップルの愛の深さを知り供養したのだろうか。いやいや、そんなことはない。また、別の娘に手を出したに違いない。

まあ、どうでもいいのだが、気になるのは、取材を職業にしていたクセなのだろうか。

海に浮かぶ「弁天島」は、引き潮のときには歩いて渡ることができる。満ち潮になると道がなくなる。それは、この伝説の当時と同じらしい。

能登鉄道が廃止される前は、この近くに「恋路駅」があった。この駅行きの切符には、「恋路行」と印刷されるので、昔ブームになった記憶がある。今は残念ながら、鉄道廃止で、ここでは「恋路行」切符は入手できない。

学生諸君、「恋路行」の切符は、自分の心の中で発券してください。

投稿者 matsuno : 12:03

2007年01月30日

「能登」の発見①-和とズージャ

これまで、ゼミの合宿でいろんなところに行った。
国内各地だけでなく、米国東海岸にも行った。

どこも印象深かったのだが、街の雰囲気で言えば、能登半島の輪島はなかなか良かった。

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漆器の街らしく、どの店に入っても、「黒」が映えた。

まち全体が、日本の良さをかもし出していた。

どの店先にも、風鈴がかざってあった。
こうした演出が、輪島という街の好印象を旅人に与えるのだろう。

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午前中は、朝市が開かれ、観光客がひっきりなしに行きかう。

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昼すぎには、出店がたたまれ、街の中に、静かにジャズが流れる。
日本的な街の隅々に、乾いたメロディーが染みとおる。

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町を歩きながら、たまらなく心地良かった・・・。

投稿者 matsuno : 21:09

2007年01月26日

子どもとお年寄りの交流

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沖縄県南城市のある小学校の教室にかかっていたサンシン(三味線)。

クラブ活動で弾いているそうだが、教えているのは、地域のお年寄りだそうだ。お年寄りの技を子どもたちに伝承する。地域に根ざした文化や芸術、表現を、次世代につないで、大事にしていく。

そういうところが、沖縄の良さだと、改めて思った。

投稿者 matsuno : 22:49

2007年01月25日

「待て!」を覚える

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「待て!」を覚えることが、犬には大事だ。厳しい態度で臨むことが重要だ!

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うーん。しかし、こういう顔には、弱い。そういう顔をされると、「待て!」を解除したくなるのだ。
うーん、おねだり顔には、負けてしまうのであった・・・。
あんまり、訓練になっていないなあ。

「学生には厳しいが、犬には弱い」の巻でした・・・。

投稿者 matsuno : 22:00

もう桜が!

沖縄にプロジェクトの打ち合わせに行った。
そこで、見つけたのは、咲き始めたヒカンザクラの花!

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ああ、やっぱり、暖かいところが、いい!

このサクラ、実は、寒さを感じると咲くらしい。
だから、山の方から里へ向かって咲き始めるらしい。
沖縄も、北の国頭から那覇へ開花が下ってくるという話だった。
まことに、面白い。

投稿者 matsuno : 21:07

2007年01月20日

昔、無機質だった町と、今も無機質なキャンパスを考える。

茨城県には、通算で4年間ほど住んだ。
ちょうど、科学万博をはさんでいたので、激動の4年間だった。

最初、あの茨城弁には、ショックを受けた。「ここは、東北か」と思った。ただすぐに、アクセントは宮崎弁の抑揚に似ているということに気づいた。転校転校で養った順応性で、茨城弁もすぐに覚えた。いまでも話せる。

茨城では、けっこう苦しい思い出もあるのだが、海があったことと、様々な大型開発プロジェクト、あふれる自然と食べ物、基地問題、原子力問題、筑波研究学園都市、土建政治と選挙、があったことで、記者として実に鍛えられた4年間だった。今思えば、良いところだった。その中でも、筑波は、茨城の中の未来都市みたいなところで、不思議な町だった。

最近、つくばエキスプレスに乗りたいと思い立ち、久しぶりに筑波に出かけた。わずか45分で、秋葉原からつくばまで行ってしまう。少々、運賃は高いのだが、なんと言っても早い。乗っていて気づいたのは、沿線は開発ラッシュであるということ。住宅造成で、風に砂煙が舞っていた。

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つくばに着くと、そこには、かなり整備された「筑波研究学園都市」の姿があった。マンションの数が増えたような気がする。記者時代に「セイダカアワダチソウの中に、銀色の研究所が立ち並ぶ人工的な町」と表現した筑波は、すっかり人間の顔をした町になっていた。

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その昔、あまりにも辺鄙で、人工的で、研究者の自殺者が多かった。「筑波病」とまで名づけられた。単身赴任の科学者たちが、業績をあげなければというプレッシャーに負けて次々と自殺した。

筑波大の精神医学者などにも取材をしたが、皆、「界隈」がないのが原因としていた。つまり、「人間の顔とにおい」のするドヤ街みたいなものだ。東京でいえば、新橋とか有楽町のガード下の焼き鳥屋街みたいなものだ。筑波はけっこう寒いので、冬の雨の日は、精神的にはつらかっただろうと思う。
今は、映画館はあるし、飲み屋街もある。

隣りの韓国は、筑波で研究者の自殺が多いことも研究し、大田(テジョン)の近郊に作った大徳研究学園都市は、高速道路でダウンタウンと30分で結んで、「筑波病」を予防できるように設計した。韓国でも、「筑波病」は有名だったことは、現地で取材してみて、本当に驚いた。

さて、中央大学はどうかというと、これがまったく人間性を無視した人工的で幾何学的なキャンパスである。大学の外に町はなく、界隈もない。大学外の市民や町とも隔絶されている。ただ、ひたすら国家試験や公務員試験の勉強をしろとでもいうのだろうか。

大学は、社会から隔絶したり、閉じこもったりするべきではない。やはり、みんなが、来たくなるようなアメニティのレベルが高いものに設計しなければならないと思う。

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センター試験でここを訪れる受験生は、どう思うだろうか。
遠くから受験に来る学生は、どう思うだろうか。
本来は、試験会場に来たら、「ああ、ぜひこのキャンパスで青春を謳歌したい」と思えるような設計であるべきだ。現状では、「ここにだけは、来たくない」と思う学生もいるかもしれない。

私が学長ならば、まず学内にコンビニとスタバを入れるだろう。すでに東大だって学内にコンビニ入れているぐらいだから、なぜ私立にできないのだろうか。さらに、ビルの色を変え、夏はキャンパスをカフェ風にアレンジするだろう。

そして、さっさと、都心にメインキャンパスを移転させ、学部も大学院も、時代のニーズにあったものに、大幅に改編してしまうだろう。どんなに学問的にすばらしいと言っても、高校生に「ここに来たい」と思わせないことには、どんどん都心にある他大学に流れていく。

無機質で寒々としたキャンパスは、この少子化の時代、若者から見捨てられる可能性がある。そして、「筑波病」のようなシンドロームを発生させる可能性もある。

「快適なキャンパス」という発想が、必要だと痛切に思う。みんなでアイデアを出し合い改善していく方法を考え、提案をしていきたい。今年はそろそろ。無視されるかもしれないが。

投稿者 matsuno : 23:45

2007年01月18日

ここは、アジアの怪しい○○か・・・

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沖縄と言えば、首里城。ということで、入場料800円也を払って中に入った。沖縄の人が言うには、「一度で十分だよ。800円の価値があるかどうかはわからんねー」。

しかし、せっかく来たので、中に入った。すべて復元物である。よく作ったものだー、とは思ったが、やはり作り物である。こういう風になっていたのか、と勉強にはなったが、やはり、「一回でいいや」と思ったのである。

中で流れていたビデオも、NHK制作ですな、あれは。大河ドラマの舞台だったわけだから、当然と言えば当然なんですが・・・。

さて、この首里城で一番衝撃的だったのは、その後である。

城(沖縄では、グスク)を見学し終わって、坂をくだっていると、「お兄さーん、お兄さーん」という声が聞こえる。誰を呼んでいるのかと見れば、私を呼んでいるではないか。

「ハイサイ、おじさんだよー」と言うと、「いいえ、ハイサイ、お兄さーんですよー」と答える。

いったい、これは何だ?
早い話が、ズラリと並んだアイスクリーム屋なのである。

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こういう風景は、アジアの怪しい場所と同じ感じがするのである。「お兄さーん」「社長さーん」などというのは、アジアの怪しいドヤ街を歩いていると、左右から浴びせかけられる声なのである。

ここは日本なのだが、最も「アジア」に近い琉球らしい雰囲気を感じてしまったのである。

そこで、「ハイサイ、お兄さーん」は、紅芋アイスを食べてしまいました、とさ。

追記:
ちなみに、パリのムーラン・ルージュ前の通りでは、「ニーハオ」と声をかけられ、自分が限りなく、ウラルアルタイ語族であることを認識。

ソウルでも、韓国のオノボリさんたちから、まったく違和感なくハングルで話しかけられる。いつも・・・。
「アーニョ、イルボンサラムイムニダ」と答えると、「アーニョ、ウリサラムイムニダ」と返された。

・・・、私はこよなく、アジアが好きだ。

投稿者 matsuno : 23:55

2007年01月16日

ああ、亀さんよ・・・。

日本国内の某所で見つけたゾウガメ。
背中を良く見ると張り紙があった。

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「このかめはつかれているので乗らないで下さい」

子どもをゾウガメに乗せてくれる動植物園が国内にいくつかある。中には、親も一緒に乗れるところもある。また、ゾウガメに乗るのに、別料金を取るところもある。

確かに、子どもが「乗りたい」と言えば、親心としては、乗せてあげたいだろう。また、子どもがゾウガメに乗っているのを見たら、別の子どもも「乗りたい」と言い出すに違いない。そうなると、親は、これはなんらかの動物虐待になるのではないか、あるいは、「かわいそうかな」と思っていても、動物園が良いと言っているのだから問題ないだろうと子どもを乗せてしまうだろう。

あるいは、「かわいそう」などとは、すこしも思わないかもしれない。親としては、ただ、ひたすら子どもの喜ぶ顔が見たいだけだろう。

しかし、こうして、ゾウガメも疲れるんだ、という現実を見せられると、やはり、かわいそうになってくる。生き物に不必要な苦痛を与えることはやはりまずい。動物愛護管理法(動物の愛護及び管理に関する法律)の見地からも、ゾウガメが疲れるまで人間を乗せるのは、問題があるだろう。ましてや、金を取って、人間を乗せることを商売にすること自体、いかがなものかと思う。

「えさは食べさせてもいいです」

疲れているので乗ってはいけない。でも、えさは食べさせてもいいです。

張った人は一応、カメの状態を把握し心配して張ったのかもしれないが、なんだか、人間の身勝手さを感じてしまう。

カメは長寿といわれるが、こういう状況だと、早死にしてしまう可能性がある。やはり、ゾウガメは、乗ることができるといっても、乗らないほうがよいに決まっている。

投稿者 matsuno : 22:08

2007年01月14日

沖縄のある市場で

沖縄のある小さな野菜市場に行ったら、こういう張り紙があった。

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しかし、この張り紙の下を見ると、こんなにでかい野菜が。

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これは、冬瓜(とうがん)と呼ばれるもので、実際に、あんかけなどの料理に使われる。
味はあまりないが、ヘルシーであることだけは確かだ。

しかし、こんな大きくて重い冬瓜を万引きする人がいるのだろうか?
たぶん、以前に、何がしかの万引きがあったので、こういう張り紙が張られたことは間違いない。

・・・とすると、
その人は、そんなに「冬瓜」が食いたかったのだろうか・・・。

投稿者 matsuno : 21:22

「禁煙フロア」という名の・・・

沖縄県那覇市のあるビジネスホテル。

「禁煙フロア」に宿泊したのだが、エレベーターホールに来てみたら、なんと!!

そこには、灰皿と消し忘れのタバコが!!あたりには、もちろん煙が充満しているのである。

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これじゃ、禁煙フロアと銘打って宣伝する意味が、「ないじゃ、あーりませんか?(ちょっと古い)」と、フロントに聞いてみた。

すると、ホテル側は、
「喫煙フロアが満室になった場合に、禁煙フロアーにお客さんを回します。その関係で、灰皿は準備させていただいております」
ということだった。

うーん、私が頭が悪いせいか、その場は、妙に納得してチェックアウトしたのだが、帰りの飛行機の中で、なんとなく納得がいかないのだ。

やはり、禁煙フロアなら、灰皿やタバコとは一切縁を切ったフロアしてこそ「禁煙フロアー」だろうと思うのである。何事も「けじめ」が大事で、あいまいなルールは、ないのといっしょじゃないかと思うのである。

まあまあ、そう厳密に言わなくともよいではないか、という意見もありますが、「禁煙フロア」の名が泣くような気がしますね。「禁煙フロア」があるから宿泊している旅行客もいるわけですから・・・。

禁煙フロアのエレベーターホールに、灰皿が設置してあるホテルはどれくらいの割合であるのだろうか。
確かに、外国のホテルでいくつか見かけたが、そのほとんがアジアのホテルだった記憶がある。それだけ、タバコは欧米から締め出され、アジアに市場を求めているのかもしれない。

米国留学中のことだが、ハーバード大学公衆衛生大学院の講義で、「現代のアヘン戦争」というのがあった。米国のタバコ会社は訴訟で負け続け、結果的に販路をアジアに求めて外交で圧力をかけ続けているというものだった。統計学的に立証されたものだったので、かなり納得した。

そういえば、私が学生時代に外国のタバコ「洋モク」を吸うのは夢だった。つまり、高くて吸えなかったのだ。しかし、最近では、学生でも若い女性でもガンガン「洋モク」を吸っているからねー。米国タバコの戦略は、けっこううまく行っているのかもしれない。
しかし、複雑な心境ですな・・・。

喫煙権も禁煙権も、私は認めておりますが、いずれにしろ、ルールだけは守りたいものですね。

投稿者 matsuno : 19:20

「ゴルフ禁止」の看板

江戸川の河川敷で見つけた看板。

看板には、「ゴルフ禁止」とあるのに、なぜ子どもがおぼれているのか。

ゴルフ禁止.JPG

たぶん、この看板は、元々は、「遊泳禁止」とか、「川で遊ばないで下さい」とか、単純に「あぶない」という内容だったと思われる。

ペンキが剥がれ落ちて、真っ白になったところに、「ゴルフ禁止」が書き込まれたのだろう。

しかし、子どもがおぼれている絵だけが残っているのはなぜだろうか。ペンキの種類が違うからだろうか。

散歩のついでに、ちょっとばかり考えてみました、とさ。

投稿者 matsuno : 19:06

2007年01月13日

水中花火(福井県高浜町)-体感する花火!

毎年7月、福井県高浜町で、ゼミのプロジェクト「高浜子ども放送局」を行っている。
7月下旬に高浜町観光協会などが主催するお祭り「漁火想」を、地元の小中学生がリポートし、完成した番組は、地元のCATV局で放送される。

炎天下のお祭りなので、子どもたちも学生も、歩いて取材して撮影してリポートするのは大変。
でも、最後に「感動」が待っている。それが、全国でも珍しい水中花火である。

PIC_0011.JPG

美しさもすばらしいのだが、この花火は「目」で楽しむというよりも、「体」で楽しむと言ったほうがよいかもしれない。音と風圧がすごいのである。まさに、「花火を体感する」という表現がふさわしい。

爆発.JPG

船が水面に花火を浮かべて、それが水上で爆発するのである。だから、「水中花火」というよりも、「水上花火」と言ったほうが良いかもしれない。

水中花火.JPG

写真を見てもらえばわかるが、とにかく人にも火の粉が降りかからんとするぐらいの状況なのである。
あまりにすさまじいので、祭りの実行委員が、花火を仕掛ける船に「もっと離れろ」と無線連絡するのであるが、やはり花火を見せるほうは良い花火を見せたいのだろう。相変わらず「すごい」を演出するのである。

昔は、この水中花火は、全国で数箇所あったらしいのだが、漁業に影響が出るという理由で中止になったところが多いらしい。

私個人としては、不思議な縁で、この福井県高浜町の「漁火想」を毎年体験できることは、まことにありがたいことだと思っている。この水中花火を見ると、「ああ、夏だー」と、最近では実感するようになっている。

投稿者 matsuno : 22:35

2007年01月07日

島ぞうり

首里から県庁前まで、夜遅い時間にゆいレールに乗った。
誰も乗っていない。車両には、私だけだ。

窓から外を眺めると、那覇新都心の夜景が見える。

ここで、誰もいない風景を写真に残しておこうと思い立つ。
しかし、あまりにも殺風景だ。
そうだ!
座席に「島ぞうり」をのせて撮ろう。
そうすれば、すこしは沖縄の雰囲気がでるかもしれない、と思った。


島ぞうり.JPG

「うーん、決まったね!」と、1人で思うことにする。
座席が汚れないように、島ぞうりをビニールで包んだところに、私という人間のやさしさがにじみ出ていると自己満足する(マナーとして当然のことだが・・・)。

この「島ぞうり」、単なるビーチサンダルじゃないかと思われるかもしれないが、その通りである。最もシンプルなビーチサンダルを、沖縄の人は「島ぞうり」と呼ぶのである。

いつでも、どこでも、好きな海に入れるように、沖縄では、この「島ぞうり」は必需品なのである。沖縄の若者に会ったら、足下を見るといい。必ず、島ぞうりのVサイン焼けができているから。

ちなみに、ビーチサンダルは、英語では「フリップフロップ」、スペイン語では「サヨナラ」というそうだ。スペイン語圏に行ったら、ほんとうに「サヨナラ」なのかどうか、確かめてみたい。

投稿者 matsuno : 14:28

2007年01月06日

夕焼けのきれいな日に・・・。

私の好きな散歩コースの1つに、江戸川の河川敷がある。
対岸は東京都、こちらは千葉県市川市。

ichikawa.JPG


市川市には松林が多く残り、昔から多くの文化人が別荘を持ち移り住んだ場所でもある。「濹東綺譚」を書いた永井荷風も、この市川市で最期を迎えている。

この江戸川の河川敷は、文化人の別荘地に連続し、さらに、江戸の下町に連続している。、そして、ちょっと下流に行けば、山本周五郎の「青べか物語」で有名な浦安市と接する。ここは昔、漁業の町だった。

文化人の別荘と江戸の下町と漁業の町。それらに挟まれた江戸川河川敷は、不思議な空間と時間にひたれる場所である。

川面.JPG

この河川敷からながめる夕日は美しい。川面に静かに波が立ち、ねぐらに帰る鳥の声が聞こえる。風が吹くたびに、ヨシワラの葉のざわめきに、一帯が包まれる。

都会の喧騒を忘れ、一瞬だが、無我の境地に入ることができる場所である。


投稿者 matsuno : 21:12

2007年01月03日

夕日の名所は・・・

二見が浦.JPG

九州大学の新キャンパスができた伊都地区に行ったついでに、足を運んだのがここ。福岡市に程近い、桜井二見ヶ浦。
実に、20数年ぶりに訪れた。

日本の渚100選に指定されたらしく、
三重県の二見ケ浦の朝日に対し、ここは「夕日の二見ケ浦」として有名なのだそうだ。
玄界灘に沈む落日はとても美しいのだが、やはり、冬は寒い。

波も荒い。「1に玄海、2に遠江海、3に日向の赤江灘」というぐらいだから、当然、波が砕け散って、泡を飛ばしていた(写真の場所は、波はさほどないが・・・)。

しめ縄で結ばれた夫婦岩は、桜井神社 の社領になっていて、代々黒田藩主の崇敬を受けてきたという。長い間、福岡に住んでいたが、初めて知った。

もう1つ、日本人というのは、こういう岩に神様が宿るとして、信仰の対象にしてきたんだ、ということにあらためて気付いた。こういう夫婦岩の信仰は、全国にあるらしい。

ここには掲載されていないが、山口県豊浦郡豊北町にも、夫婦岩があり注連縄(しめなわ)張りは、勇壮らしい!


投稿者 matsuno : 23:49

2007年01月02日

沖縄のぜんざい

「ぜんざい」というものは、基本的に熱くてお餅が入っているもの、というのが常識であるが、
その常識を覆す「ぜんざい」が沖縄にある。

これが沖縄のぜんざい。

ぜんざい.JPG

つまり、「カキ氷ぜんざい」なのである。
豆も、小豆ではなく、きんとき豆ではないかと思われる。

場所が変われば、食べ物も変わる。
熱いぜんざいはナイチャー(内地人)の常識だが、ウチナー(沖縄)では冷たいぜんざいが常識である。
常識は常識であって、常識でない。

頭は、絶えず柔軟にしておく必要を感じながら、この「沖縄のぜんざい」を、おいしくいただいたのである。


*量が多いので、2人で1つを分けて食べたほうがいいかも。

投稿者 matsuno : 22:42

ノニを飲んでみたノニ・・・

沖縄に行った際に、「最近、ノニジュースがはやりだよ」と教えられた。
そのノニというのが、この変わった植物というか果実である。

ノニ.JPG

学術名は、「モリンダ・シトリフォリア」で、日本名は「ヤエヤマアオキ」(八重山青木)というらしい。
沖縄の人に聞いたところ、「ガンにも効くぐらい、素晴らしいという噂だ」ということだったので、さっそく試しに、ジュースになったものを飲んでみた。

ところが!!
これは、「この世のものとは思えないぐらい、まずい!!!」、のである。
お茶か何かで割って飲まないと、ちょっと私には厳しい。
それほど、臭いと味がきつい。

しかし、飲みなれると慣れてくるらしい。

ちなみに、農林水産省の消費者関連のホームページには、
「そのジュースは、俗に糖尿病、高血圧、免疫力の強化、心臓病、ガンの予防、美容や健康に効果があるといわれていますが、ヒトにおける確実な科学的根拠は現時点では見当たりません。動物や細胞の実験において抗ガン作用を示した報告はありますが、その作用についてはさらなる検討が必要とされています。 (参考資料:(独)国立健康・栄養研究所ホームページ公表資料等) 」とあった。

つまり、まだ良く分からない民間療法の範疇に入るということですな・・・。

ただ、民間療法も、最近は見直されてきているという状況もある。
西洋医学とこうした民間療法や東洋医学の統合みたいなものも最近研究が始まっているらしい。

しかし、何はさておき、このまずさだけは、どうにかしてくれないだろうか・・・。

投稿者 matsuno : 22:02

2006年12月26日

ちゅらうみ水族館

年末恒例のPC大掃除をしていたら、いろいろな写真を発見!

ちゅらうみ.JPG

何度行っても、素晴らしい。
沖縄の美ら海水族館。

PIC_0080.JPG

迫力あります。

投稿者 matsuno : 21:45

2006年12月25日

「晋ちゃんまんじゅう」だとさ・・・。

PCの大掃除で発見した写真をもう一枚。

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便乗商法ということだろうが、支持率が下がり始めた現在、売れ行きはどうなのだろうか。

話の種にはなりそうだが、ちょっと、味に不安があったので、土産としては買わなかった。

羽田空港にて。

投稿者 matsuno : 21:02

2006年12月10日

風流な「手洗い所」

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なんということはないのだが、こういう「手洗い所」は、心地よいね。

さりげないけど、こういう風流さが、「この店に、また来ようかな」と思わせてしまう。

とは、言いつつも・・・。
さて、この「手洗い所」があったのは、どこだったか・・・。
あれれ・・・、多摩だったか、沖縄だったか・・・。
忘れてしまった。

・・・と、普通ならここで終わるところだが、今やデジタルの時代。
さっそく、画像のメタデータを見ると、あー、沖縄滞在中の日時となっている。
そうか、あの琉球料理屋で撮影したんだ。思い出したぞ。

デジタルは便利だ!


うーん、でも、なんか、すこしつまんないような気がしたりして・・・。

投稿者 matsuno : 22:24

2千円札を3枚で、6000円か・・・?

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沖縄のモノレール「ゆいレール」のある駅で発見した張り紙。
私は、守礼門がデザインされた2千円札は好きなのだが、なかなか自分のところに回ってこない。

回ってこない理由は、この張り紙の呼びかけにしたがって、沖縄県民が3枚ずつため込んでいるからであろうか。つまり、沖縄県に滞留しているから、ということだろうか。

「流通させましょう」という言葉と矛盾しているような気もしないではないが、それは気のせいということにしておこう。

「ゆいレール」は、那覇空港に直結していることを考えると、この張り紙のメッセージは旅行客にもけっこうインパクトを与えているにちがいない。

では、沖縄ファンの私も、ぜひ「守礼門」を、3枚ためようと思う。
合計で、6000円也だ。

守礼門.JPG

投稿者 matsuno : 22:07

沖縄らしい・・・が、

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沖縄の、ある料理屋のトイレで見つけた張り紙。
車社会である沖縄らしい内容であるが、やはり、飲酒運転はいけませんね。
代行です、やはり、はい。

投稿者 matsuno : 22:00

2006年11月29日

沖縄の料理屋で・・・

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沖縄のある料理屋で撮影。携帯でも、なかなか良く撮れるものだ。

最近、雑用が多くて疲れ気味。そろそろ、沖縄に行きたくなった。
ここの料理屋で、沖縄のある医師と薬剤師さんたちと懇談。医師は、人間のミクロ的病気だけでなく、人間が引き起こす戦争の病理こそ治療対象にすべきだと主張する。

そういえば、今年の生命倫理学会(岡山大学、粟屋剛大会長)も、生命倫理学の射程を戦争と平和にまで広げるべきだというものだった。私もその意見に賛同する。そもそも、ポッターの「生命倫理学」も、環境倫理学的で、どうしたら人間は生き残れるのか、というのが最初の問題設定だった。

いずれにしろ、「生命」に関する倫理であるからして、昨今の医療倫理に収束してしまっている生命倫理学から、本来の意味の生命倫理学に立ち戻る必要があるように思える。そして、そこからあらためて医療を見つめ直すと別の視点を獲得できるかもしれない。

投稿者 matsuno : 22:29

2006年11月26日

マンホールの図柄

旅をするときに、時々注意してみるものがあります。
その1つがマンホールのフタのデザインです。

先日、日本生命倫理学会出席のために訪れた岡山市では、なんと「桃太郎」を発見しました。

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桃太郎のお伴をしているのが、サル、イヌ、キジです。なかなか凝っていますね。


夏のワークショップで訪れた稚内市では、なんと「ゴマフアザラシと宗谷岬の最北記念碑」。
マンホール.JPG
「最北」というのはブランドですが、「おすい」というのはわざわざ書いてある理由はなんでしょうか?

郷土の特徴を表すデザインが、マンホールには施されているんですね。

では、現在住んでいる東京は・・・・。
渋谷区は、うーん、単なるフタでした。

皆さんも、旅の途中で足下を眺めてみると、意外な発見があるかもしれませんね。

投稿者 matsuno : 07:13

2006年11月05日

最終日は晴れた

今回は、あいにくの小雨と曇り空だったが、最終日は晴れた。

夕焼け.JPG


投稿者 matsuno : 23:31

2006年11月04日

紅芋餅とドラゴンフルーツ

紅芋モチ.JPG

今回、初めて食べた「紅芋餅」。あまり甘くなくて、とても食べやすかった。
餅を巻いているのは、「月桃(ゲットウ)」の葉。薬でもあり、かりゆしの繊維にもなるそうだ。


ドラゴン.JPG

ドラゴンフルーツ。確かに、ドラゴンのウロコを思わせる。

投稿者 matsuno : 21:16

2006年11月03日

首里の祭り


祭り2.JPG

祭り1.JPG

たまたま、首里の祭りと出くわした。アジア的雰囲気が心地よい。

投稿者 matsuno : 22:12

2006年11月02日

For Okinawa

翼.JPG

投稿者 matsuno : 22:02

2006年10月16日

痛々しい。


京王高尾駅のホーム。ベンチに座って掲示を眺めていたら、なんと、「とげとげ」を発見!
これは、何だろうと思ったが、ハト除けであろうということに気付いた。
これじゃ、ハトもとまれませんなあ。ましてや、巣作りもできませんね。

しかし、絵柄的にいうと、けっこう痛々しい・・・。

京王高尾駅.jpg

投稿者 matsuno : 16:34

2006年09月24日

奥多摩にて

山小さい.JPG

ゼミ合宿で奥多摩を一年ぶりに訪れた。
さわやかな空と緑。しかし、紅葉が始まっていない。先日、箱根、強羅を訪れたときには、紅葉がうっすらと始まっていたのに・・・。

青々とした針葉樹、特に杉林がめだつ。
これも、植林政策で杉などの針葉樹を植えたために、紅葉する照葉樹林は壊滅状態になったのだろう。
短期間で育ち、金になる杉などの建築材を重要視し植えまくったのはいいが、結局外圧や価格差で輸入材に押され、杉林は放置。荒れ放題の杉林は、毎年、花粉症を引き起こしている。
悲しい限りだ。

徹底した植林政策が始まる前は、この奥多摩は、秋になると色鮮やかな紅葉が見られたことだろう。
ところどころに、まだ照葉樹が残っているのがせめてもの救いだ。

kawasmall.JPG

宮崎県の綾町に残る照葉樹林も、その保存を巡っていろいろもめた。
九州電力が、高圧線を建てるのを阻止しようと、全国から数万の署名が集まった。
しかし、結果的には、高圧線は建ったらしい。
なんという貧困なる精神。当面の利益のために、もっと大きな価値あるものをだめにするとは・・・。
ぜひ、美しい森を残して欲しいものだ。

投稿者 matsuno : 22:55

2006年09月16日

最北の夏は・・・

日本の最北端・稚内で、映像制作のワークショップを始めたのは、2001年。
あれから、たくさんの作品が生まれ、たくさんの賞も取った。
修了生の中には、今や高校教師、大学の先生になった人もいる。

空と校舎.JPG
(稚内北星学園大学)

今年は、昔のパワーがなくなったが、Web2.0の技術を使った新しいプロジェクトを展開してみた。
GPS携帯とマッピング、動画の3つを組み合わせて、地域情報を発信する仕組みである。
http://www.ashi-ato.jp

昔のように、一週間で3本の映像作品をつくるわけではないが、最終日にはWeb上にアップされるので、充実感があった。

ハナナスの実.JPG(ハナマスの実は熟していた)

投稿者 matsuno : 16:40

2006年09月06日

最北で③

最北の石造りの招き猫.jpg

最北の地・稚内で、「招き猫」を発見!
石造のネコは、迫力満点!

つい頭をなでてしまうのは、ご利益を願う、典型的で平凡な日本人でしょうか・・・。

投稿者 matsuno : 15:29 | トラックバック

最北で②

最北の冷蔵庫にあったものは、なんと!

最北の冷蔵庫.jpg

宗谷黒牛ハンバーグ、ホッケ、ニシンの燻製、そして、スイカ!!

投稿者 matsuno : 15:27 | トラックバック

最北で・・・①

沖縄で食べていたが、今度は、最北の地・稚内で食べる。

ウニ丼.jpg

刺身定食(680円)を注文し、ウニ(800円)を単独で追加注文する。ウニを大盛りご飯(+100円)にかければ、「ウニ丼刺身定食」の出来上がり。合計1580円。味噌汁は、カニ汁なので、最終的には、「ウニ丼・刺身・かに汁定食」となる。すばらしい。

投稿者 matsuno : 15:20 | トラックバック