2009年07月01日
自然の中で蘇る生命感
2009年飛騨高山ドキュメンタリー映画祭で、審査員特別賞を受賞した作品「今、蘇る」を、再びゼミで視聴した。
この作品の監督は、ゼミのOG(現在、東京芸大大学院生)。彼女がゼミ活動の一環で制作したものだ。当時は、1人1ドキュメンタリーを制作するというのを課題にしていたのだが、1作目で力作を完成させた。
この作品は、あるサラリーマンの挫折と再生を描いたものである。
学校卒業後に社会にでて世間のスピードと市場原理に飲み込まれ、無味乾燥な日々の中でもがき苦しむ。そして、音楽だけを生きがいに池袋で路上ライブをやりながら、なんとか生きていた。しかし、最後は疲れきって挫折する。
そんな彼を故郷・昭島に連れ戻し、自然の中においたのは父親だった。
草刈りのときのにおい、そして小川に足をつけたときの感動。
サラリーマン生活の中で喪失していた生命感を、彼は昭島の自然の中で少しずつ取り戻していく。
そして、父親が取り組んでいる昭島ホタルの保護と育成事業に、自らもギター片手に取り組み始める。
彼は、人間らしい生活を昭島の大地の上で、もういちど築いていこうとする。
その一連の彼の姿を描いたのが、この作品である。
私は制作者にけっこう厳しい指導をした記憶がある。
それはなぜかというと、真っ向から対象者と向き合わず、ほとんどをナレーションで説明しようとしていたからだ。
ドキュメンタリーの面白さというのは、その対象に肉薄し、その生き様や哲学や、本人も気づかなかった本音を引き出すところにある。その真剣勝負のプロセスの部分では、長い説明などは要らないのである。
そこを結構厳しく言った。結局、制作者は一度泣いた。
しかし、制作者の能力とセンスは、そこから爆発的に育ち発揮されたように思う。
そして、取材対象者に、サラリーマン時代に路上ライブをやった池袋にいっしょに行ってもらい、当時の心情について語ってもらった。さらに、昭島の川に行って水の中に足を突っ込んでもらい、本音でインタビューを撮らせてもらった。
彼は池袋の地下道で昔を思い出し泣き、そして昭島の川にざぶざぶつかって笑顔を見せた。
そのリアルな表情を映像はあますところなく素直に描ききった。
だから、この作品は、サラリーマンが見ると泣くのかもしれない。
誰でも、日常の仕事の中で、少なからず無味乾燥さを覚えるから、共感するところは大きい。
きっと、「大手町-新橋-汐留」のサラリーマンゾーンで上映すれば、号泣者続出かもしれない。
ドキュメンタリーのディレクターの能力とセンスは、当事者に再度現場に行ってもらい、再度当時の状況を語ってもらうことができるかどうかに、ある部分はかかっていると言っても過言ではない。これは、私が「報道特集」で番組を制作していたときにも、強く感じたことだ。
その点でいうと、この作品の制作者は、その能力が潜在的にあったのだろう。少なくとも、対象者が嫌がらずに協力してくれるようなオーラをもっていることは確かだ。
この作品の制作者は、この1作目につづいて、こんどはミャンマーで医療活動を続ける日本人医師を対象にしてドキュメンタリーを制作した。この作品「いのち輝くとき-歴史に生きる日本人医師-」はたくさんの賞を受賞した。
その後、彼女は東京芸大大学院に進み、現在、卒業制作の映画をプロデュースしている。
教員としては、ゼミ生の才能を発見し、それをすこしでも開花させられたときほど、感動を覚えることはない。
投稿者 matsuno : 23:27
2009年06月25日
「待て!」

この犬は、以前も紹介したNPO調査隊おきなわのマスコット犬「チル」さん。チルとは、沖縄で「つる」のこと。昔は、女性の名前は、つる、かめ、うし、なべ、などだったそうだ。
左足に載っているのは、犬用のジャーキー。
「待て!」で、じっと耐えています。
でも、しばらくすると、目に涙が・・・。
やはり、この愛くるしい犬の涙目には、勝てません。参りました。

「よし!」の合図で、一気に食べました。
しかし、よく我慢した。えらい!
投稿者 matsuno : 10:22
2009年06月19日
忘れていた血が騒ぎ出すドラマ
NHKで放送が始まった「スポットライト」。
テレビ局社会部の女性記者の成長を描いた生々しいドラマ。
韓国と日本の記者の生態が驚くほど似ているのに驚いた。
まあ、基本的に怒鳴られまくられ、いやみを言われまくられ、なぜか奇妙な家族意識があり、そして、壮絶なライバル社との競争がある。社内でも政治部、経済部、社会部でさまざまな軋轢がある。
警察署の記者クラブには泊り込む場面もあったが、これも日本と同じ。
テレビ局の視聴率競争も同じだし、報道のスクープ競争も同じ。
主人公の社会部女性記者ソ・ウジンを演じるのは、 ソン・イェジン。映画「私の頭の中の消しゴム」に出ていたのを記憶している。さらに、厳しい社会部キャップ役は、チ・ジニ。これは、現在の韓国のトップスターを使った贅沢なドラマ。
いずれにしろ、忘れかけていた現場の感覚がよみがえるようなドラマだ。
実際は、社会部の記者はつらいことが多いが、でもどうしても血が騒ぐ。
投稿者 matsuno : 23:17
2009年04月28日
「耳をすませば」-「バロン」をめぐる伏線
先日、調査で聖蹟桜ヶ丘に行ったのだが、そこで同町がアニメ映画「耳をすませば」のモデルになった旨の案内板が立っていた。
「耳をすませば」は、正直まじめにみたことはなかった。
昨年、日本テレビで放送しているのを録画しておいたのだが、残念ながら見ないまま削除してしまった。
私にとっては、NHKスペシャルを録画するハードディスクを確保する方が、「耳すま」よりも大事だったからである。
消したとはいえ、一度録画したのは、「多摩探検隊」をやっている以上、多摩を舞台にした映画を見ておこうかと思ったからである。
さて、今回、実際に聖蹟桜ヶ丘に用事で行ったことで、思い切ってみることにした。漫画「りぼん」に連載されたものが原作らしい。宮崎駿が、山小屋で読んで感動したのがきっかけになったという。
感想はというと・・・。
まあ、中学生の淡い恋と、自分の将来の進路に迷うという青春らしさが、この映画のテーマでしょうか。時代は変わっても、中学生たちには、さわやかさとともに夢と希望を与えてくれる映画かもしれない。
ただ、この映画には、伏線がある。それがネコの人形「バロン」の物語だ。
この点に触れているブログはあまりないので、私が書いておきたい。
主人公の女子中学生・雫(しずく)が出会った少年のお爺さんが営む骨董品屋というか骨董修理屋さんには、ネコの人形「バロン」が置いてあった。その「バロン」にまつわる物語だ。
バロンには対になっている女のネコの人形があった話。そして、お爺さんのドイツ留学時代の恋人の話。この2つの話が錯綜して物語を描きあげる。
お爺さん(当時は青年)がドイツのある町で、バロンの人形を見つけ、これがほしいと言うと、店主は「このバロンには女の連れがいる。一緒じゃないと売れない。その人形はいま修理に出してある」という。お爺さんの当時の彼女が、「連れの人形が修理から戻ってきたら、私が引き取りに行くわ」と約束する。そして、お爺さんはドイツを後にして、ドイツに残る彼女と別れ別れになるのだ。
しかし、第2次世界大戦が勃発し、バロンの連れの人形も彼女も行方不明になる。お爺さんは、戦後にドイツに渡り探し回るが、結局、どちらも見つからないのだ。残ったのは、バロンの人形とお爺さんだけだった。
この戦争による悲しい恋物語があるからこそ、このさわやかな中学生同士の恋物語は輝いているのだろう。
この「耳すま」には、熱狂的なファンがたくさんいることをネットで知った。
なかには、ジブリ作品のベスト1に上げている人もいる。
ただ、私は、イタリアにバイオリンの職人修行に旅立つ青年と小説家を目指す少女の恋のさわやかさと感動は、この「バロン」をめぐる戦争と悲恋という伏線があるからこそ、際立って心に迫ってくるのだろうと思う。
「命短し、恋せよ乙女」だろうか。
お爺さんの青春時代の恋を、もう少し多く描いてほしかったような気もする。
森鴎外の「舞姫」を少しだけ思い出した。
最後に、映画に登場する太ったネコは、やはり良い意味でキャッチになっている。
ムーン、おたま、ブタと、さまざまな名前で呼ばれているところも、おもしろかった。

投稿者 matsuno : 21:41
2009年04月20日
沖縄伊江島二度目の戦争

「シマが基地になった日-沖縄伊江島二度目の戦争」(金の星社)、真鍋和子著。
厚生省中央児童福祉審議会推薦、第47回産経児童出版文化賞受賞。
これは、小学生向けの本である。12刷も重ねている。
「新聞ブログキャラバン」で愛知県の小学校に行ったとき、たまたま図書館の机の上においてあったのを見つけた。このときに、沖縄の基地問題が、小学校向けの書籍になるのか?と驚いた。そんな難しくハードなテーマをどうやって小学生向けに落とし込むことができるのか、大変興味をもった。
沖縄については、高校時代以来、こよなく興味を持ち続けている者としては、読まずにはいられなかった。
伊江島の阿波根昌鴻さんの戦いについては、新聞記者時代に岩波新書を読んで知っていたが、すっかり内容を忘れていた。それで、今回、この書籍を読んで、以前よりも、もっと強く感動した。そして、今回は、沖縄の農民の戦いという事実もさることならが、米軍や琉球政府、日本政府を相手に戦った阿波根さんの精神性そのものに感銘を受けた。
「大学教授にもなって、小学生向けの書籍を読んで感動するな!もっと難しい本を読め」と怒られるかもしれないが、小学生の書籍であるがゆえに感動したのだろうと思う。それだけ、簡潔にわかりやすくまとめられていて、大人が読んでも良い本だと思う。
貧しくても学業への熱い思いを忘れなかったこと、キューバやペルーでの移民生活、無教会主義の洗礼、非暴力反戦運動、沖縄戦ですべてを失い、戦後、せっかく開拓した畑も米軍に収用され、「乞食行進」を展開して自分たちの農地をすこしずつ戻してきた経緯。その歴史的な運動は、反戦だけでなく、生きること、大地や自然と人間の根幹についても、教えられることは多い。
私が今回、特に感銘した点は、2つほどある。
1つは、一人息子を沖縄地上戦でなくしたこと。そして、ガマの中で出会った幼い姉妹を「親をなくした子どもは、わたしたちの子ども」と夫婦で引き取っこと。
もう1つは、戦後に土地を接収した米軍政府に対して「陳情規定」を設けたこと。その中に、非暴力が貫かれていること。「耳より上に手をあげないこと「けっして短気をおこしたり、相手の悪口は言わないこと」「愛情をもって道理をつくし、幼な子を教えみちびいてゆく態度で、話し合うこと」などがあげられている。
学者のように平和論や反戦論を難しく抽象的言説で展開するのではなく、「あらゆるものに宿る命を大切にする」という素朴な基本から発している。
ある意味、沖縄のガンジーのような存在だったのだろうと思う。
なぜ、絶望的な状況の中で、最後まで世界平和の夢をわすれずに戦い生き続け、多くの人に感動を与え続けられたのか。この人の精神性はどうやって育まれたのかについて、知りたいと思った。
伊江島のある1人の平和運動家として紹介されることが多いが、私は、彼の生きる哲学にこそこれだけの途方もない運動の力の源があるのではないかと思った。
投稿者 matsuno : 21:32
2009年02月09日
深呼吸の必要

D社のK氏から、「仕事でいらいらしている時に、見ると良い映画」というお勧めをもらったので、さっそく見た。というより、長い間、放置していたDVDを、この時期に見たといったほうがいい。
まあ、映画としてはB級。ビッグになる前の長澤まさみが出ているのが話題。
ただ、物語としては、ウォーターボーイズ、スイングガールズに似ている展開でもあり、一気にみることができる。
「きび刈り隊」というのは、サトウキビの収穫のときに、内地からアルバイトというか期間労働者として応援にくる人たちのことを言う。北海道の昆布干しとか牧場のバイトと同じで、われわれが大学生の時にはみな行っていた。ただ、サトウキビ刈りだけは、知らなかった。
この映画では、7万本のサトウキビを35日間で刈り取らなければならないという設定になっている。その35日間を追った物語。
実際に宮古島と沖永良部島でロケしている。
サトウキビ刈りに参加しているのは内地から来た7人だが、やはり何か過去をもつものばかり。
でも過去は問わないというのがルールだ。
そして、35日間に、たどりつく結論が、「あたしでいいんだ」、である。
全体的に淡々としている。なぜB級かというと、7人の一人ひとりの物語の描き方が表層的なところ。
ただ、それも監督のねらいだったのかもしれないが・・・。
とにかく、淡々と35日間を描き続けるのである。
ネタバレになるので書かないが、それぞれの過去を抱えながら、7万本のキビを刈り取るのである。
その結果、何が見えてきたのか、というところだ。
ラストシーンだけは、うまい!と思った。
さて、話は自分のことになるが、
昔、某テレビ局に勤務していたときに、八重山諸島を取材したことがある。
その時に、ある島に長期間滞在していたのだが、やはり同じようなグループと一緒になったことがある。
女の子たちはみな、勤務していた会社を辞め、退職金をもらって島に来たという。
お世話をしていた男性は関西弁。民宿のヘルパーをしているうちに、島に住み着いたという。
ほかにも、いろいろな人がいた。
うつ病にかかったサラリーマン。
離婚した女性。
生き方がわからないなくなったというOL。
大学を中退して専門学校に通い始めたという女性。
自殺しようと思ってきたが、なぜかできなかったOL。
あとは、この映画でも指摘される司法試験、公認会計士、医学部受験などの失敗組もいた。
しかし、南の島で、人は生きている。
東京で一旗あげようという野心とはまったく別のところで、人は生きているのだ。
ある島で、わらべ歌を撮影するためにオバアたちに集まってもらったら、
90歳で自転車で駆けつけてくれた人もいた。
子どもたちも一緒に撮影をするとき、がけから飛び降りるシーンがあった。
撮影前に、あるオバアが、御獄で「みんながけがしないようにねー」とお祈りをしてくれた。
それを撮影しようとしたら、ダメと断られた。
シーンと静まりかえり、ガジュマルの木の葉が風に擦れる音だけがしていた。
そこに、お祈りの声が荘厳に聞こえる。
子どもたちもおしゃべりせずに静かにしていた。
カメラマンを横目でそっと見たら、目を真っ赤にして泣きそうだった。
何が心の琴線に触れたのかわからない。
それを見て、私もうるうるきた。
なぜかわからない。
ただ、生きているという実感があった。
映画のメッセージである「あたしでいいんだ」と同じものを感じた。
いつわりのない自分。
なにもかざらなくていい自分。
ただ、存在している自分。
自然の中の一生命体でいい自分。
なんとか飯は食える自分。
生きていることだけで幸せを感じることができる。
そこはかとない、島の持つ力を感じることができる。
だから、人は病んだら南の島へいくのだろうか。
その島に滞在中に、毎晩、夜空を見上げた。
星雲を肉眼でみることができた。
生きていて良かったとおもった。
映画はB級だが、やはり南の島に行きたくさせる映画である。
主役の香里奈は、演技力やインパクトでは今ひとつだが、雰囲気は映画によく合っている。
こういう映画もありかなと思ったりする。
疲れた時には、よい映画かもしれない。
投稿者 matsuno : 22:15
2008年12月27日
図工ではなく、アート
昭島市立東小学校の学習発表会が体育館で行われていた。
その中でも、驚いたのが、図工の作品展示である。
我々が小学校時代の図工というのは、まあ、何かの風景の写生であり、または工作の類だった。
とても、具象的というか写実的であった。
しかし、東小の展示は、アートだった。そのレベルの高さに、驚いた。

絵画にはタイトルがついていて、しばし物思いにふけったほどだ。
タイトルは哲学的なもので、はっとさせられるものがいくつかあった。
6年生の工作にも、タイトルが付いているのだが、これがなかなかシニカルだった。
「戦争反対」というタイトルのついたティッシュボックスは戦車だった。
また、「豚丼になる前夜の豚」という物入れもあった。
抽象的な概念と具象的な物の融合みたいなものを感じて、昔の図工とはかなりの違いを感じた。
投稿者 matsuno : 21:54
2008年12月24日
あの戦争は何だったのか
演出を担当された鴨下さんから、「甲高い声が、東条英機とビートたけしに共通点があって、役柄は想像以上に一致した」というコメントを事前にいただいていたので、視聴した。
ドラマはさすがに面白かった。
東条英機が真面目な事務屋であり、統帥権とはまた違う位置にあったことが良くわかった。
しかし、ドキュメンタリー部分が、ひどい!
一言でいうと、「取材不足!」。
活字をただ映像に置き換えただけ。
東条英機の獄中メモについても、スクープとは言っているが、ディレクターサイドでの熟考がなされていない。
ただ、紹介しただけなのか?スタッフサイドの調査報道がない。
音声だけの出演についても、ほとんどがこれまで文献で明らかになっているものばかり。
洞察と熟考が欠如している。
けっきょく、何が言いたかったのか?
通信傍受の部分についても、本の焼き直しをただ外国取材しているだけ。
だから、何が言いたかったのでしょうか?
新事実は何だったのでしょうか?
ディレクターの映像へ写りこみも、全く必要ない。
なぜ、ディレクターが写りたがるのかわからない。
昔の報道特集のように、取材者が、対象と向き合うわけではない。
ただ、紹介しているだけでしょう。
それなのに、Dを写す必要ないと思いますが・・・。
ドラマのインパクトの大きさに比べて、ドキュメンタリー部分の力不足が目立った番組でした。
TBSの報道は、もうすこししっかり、「取材」して欲しいね。
今回のドラマの面白さは、
真珠湾攻撃の前に、どういうことがあったのかをわかりやすく解説してくれたことだ。
日本史の授業では、ひととおり習うのだが、そんなことを入学試験が終了した後も、大学生覚えているとは思いがたい。
「戦争」と言えば、すべて真珠湾攻撃から始まったと思いがち。しかし、大事なことは、明治維新以降、日本は大陸にどうやって進出して活路を見出そうとしたのかだ。いや、よその国の領土に踏みこんで別の国を作って支配するのだから、侵略が適当となる。当時は、関東軍の暴走の結果を、日本国民が活路として歓迎したとされている。日清戦争、日露戦争、第一次大戦、満州事変、上海事変・・。事変という名前でカムフラージュした日中戦争。国際連盟脱退などなど、真珠湾攻撃の前のプロセスが、実は大変重要である。そのあたりは、構成上の問題はあったが、一応わかりやすく作られていたような気がする。
しかし、徳富蘇峰が新聞記者に語る部分は、フィクションとは言え、ありえないのではないかと思った。
いや、私が知らないだけかもしれない。本当に、あそこまで話しているのかもしれない。
ただ、徳富蘇峰は、日本国の大陸進出を擁護し、拡大をあおり、体制を批判したかと思うと体制に擦り寄るなど、ジャーナリストとは言いがたい存在。
ジャーナリストというよりは、時代の流れを洞察し察知し、国民の心をうまく捕まえることができるアジテーターという存在だったのかもしれない。
投稿者 matsuno : 23:55
2008年10月14日
キューバのこと
「モーターサイクルダイアリーズ」という映画があるのだが、もう何回見ただろうか。
キューバ革命のカリスマといわれるチェ・ゲバラ。彼は医学生だった時代に南米をバイクで縦断する。そして、権力による収奪と貧困、病人を見ながら、彼が精神的に成長していく過程を描いた作品である。
この映画は、大して派手なアクションもなければ銃撃戦もない。はらはらうきうきする恋愛ものでもない。
淡々としたロードムービーである。しかし、映像の底辺に流れる若者の純粋な熱い思いを感じることができる。それがあるから、最後まで見続けることができるのだろう。描き方もドキュメンタリータッチだ。

「チェ・ゲバラは、なぜ革命家になったのか」、という問いの答えが、この映画の中にある。キューバ革命の後に、彼は再び革命家として南米のゲリラとなるが、最後はCIAに射殺される。
このチェ・ゲバラには、社会主義者や共産主義者じゃなくても、ファンが多い。それは彼が、弱い者、少数者、病人などの味方であり、貧困を作り出す収奪システムを改革しようとした純粋な思いをもっていたからであろう。それと、あのかっこよい風貌にもカリスマ性があるのだろう。
もう1つ、この映画から見えてくるのは、「帝国主義」とは何かということである。武器や火薬を発明し大量生産した強い国、産業革命をいち早く成し遂げ経済発展した国、はおのずから“未開の地”へ進出していく。そして、原住民を追い出したり、土地を奪ったり、町を征服したりする。元々あった文化は根こそぎ破壊しつくす。
そして、植民地化されて、大規模なモノカルチャー的収奪が行われる。原住民は、みな政治的、軍事的、経済的に従属させられていく。やはり、強い者は弱い者を支配するのである。中南米においては、昔はスペイン、今は米国だと考える人もいるだろう。日本も明治維新以降、富国強兵政策で発展したものの、中国を植民地化しようとして逆に欧米の反感を買い経済封鎖されて悲惨な戦争に突入していった歴史がある。
では、帝国主義ではない方法とは何だろうか。そこが大事なところだ。そして、弱い者、少数者、貧困者に温かい社会、文化を大事にする政策とは何だろうか。平和で貧困のない民主的な世界を作るにはどうしたらよいのだろうか。
貧困が蔓延し、貧富の差が拡大すれば、必ず社会主義や共産主義的な要素を求める声が大きくなる。
昨今、中南米で反米政権や社会主義政権が次々と誕生している現実を見ると、グローバル化というのは新しい形の米国帝国主義だと人々が感じているのではないかと思ったりもする。
ソ連が崩壊した時、私もキューバに取材に行った。ガソリンが入ってこなくなり、町には中国から輸入された自転車があふれていた。通訳をしてくれた若者にチップを渡すと、彼はその金を、老人に渡していた。
それを見て、この国は米国から経済封鎖されて貧しいが、温かさがあるとを感じた。
サトウキビ畑に夕日が沈むころ、皆といっしょにトラックに乗って、首都ハバナまで帰った。
そのときに、彼らが歌っていた歌のメロディが、今でも心に残っている。
投稿者 matsuno : 12:41
2008年10月12日
基礎知識①
カメリハ: カメラリハーサルの略で、収録前にダミーの演者さんを使っての動きと一連の流れをチェックすること。
ドライ: 演技のリハーサルでカメラを通さないで直接現場で各セクションのスタッフも含めて演技を見て照明の微調整や音声のマイクの位置カメラの動きの最終確認をすること。
ランスルー: カメラを使って本番同様のリハーサルをしてモニターを通して確認をすること。
アナログ地上波の画面サイズはSDサイズ。640×480ピクセルの縦横比4:3。
地上デジタル放送はHDサイズ。1280×720 1920×1080ピクセルの縦横比率16:9。
投稿者 matsuno : 14:16
2008年10月04日
だんだん
NHKの朝ドラ「だんだん」は、物語の展開に期待できるような気がする。まだ、気がするだけである。
やはり、東京局よりも大阪局のほうが、作る内容に味があるのかもしれない。
「瞳」は、主人公の周囲に、豪華な脇役を並べたが、肝心の主人公がぱっとしなかった。
物語展開も、子どもを出せばいいというものではないですね。
最後の父親が出てきたあたりから、すこしは見られるようになったものの、やはり、最後までもりあがらなかった。ここのところ、最低の視聴率だったというのも、うなづける。
最後まで我慢して見ていたが、結局、見なくても良かった感あり。
主人公は、演技が下手でも、それでも何か視聴者をひきつける魅力が必要ですな。
あの表情のなさ、演技のど下手度、さらに子ども出せばいいという安易な脚本はいただけません。
最低だったのは、主人公が時々カメラ目線になること。これは、撮り直してほしいぐらいでした。
まあ、「ちりとてちん」の時も、三脚が写っていたことがありましたが、主人公のカメラ目線はやはりいけませんね。
救いだったのは、安田ケンとトリプルAの宇野みさこ展開ぐらいだった。
「どんど晴れ」も「ちりとてちん」も、物語展開が早いし、どんでん返しがあり、ハラハラもあり、笑いと涙があった。しかし、「瞳」は、最近、まれに見る駄作だった。
ところで、「だんだん」は、脚本の立体構成がうまい。
今後に期待しながら、見ることにしよう。
投稿者 matsuno : 21:26
2008年09月23日
ドキュメンタリーの時代復活か?!
9月23日付けの産経新聞に、こんな見出しがあった。
「各民放10月の番組改編 『ドキュメンタリー』回帰 世の中の風、変わる」
民放キー局10月改編で、TBSとテレビ朝日がゴールデンタイムに、ドキュメンタリー枠を設けたのだ。
ドキュメンタリーは、昔から視聴率全部集めても25%しかならない、とよく言われてきた。
私は、そんなことないだろうと思っていたのだが、硬派になればなるほど、視聴率は取れなかった。
面白さや物語、事件性があると視聴率は取れるとは思っていたが、テレビメディアそのものが刹那的で、刺激的で、浅薄なのかと思ったこともあった。
しかし、本当に人間の本質や生き方に迫るものは、20%超えるものもあった。
津田投手を追ったNスペ「もう一度、投げたかった」などである。
しかし、時代は変わってきた。作りものにうつつを抜かすよりも、現実の前の問題に向き合わなければならなくなったからだろうか。
記事にはこうある。
「クローズアップ現代など硬派な番組が2ケタ視聴率を取り、世の中の風が変わってきた」(TBS)との読みがあり、ライバルはずばりNHK。娯楽重視だった民放の編成姿勢へ、変化が生まれてきた。 TBSは水曜夜、3本の報道・ドキュメンタリー系新番組を連ねた。なかでも「水曜ノンフィクション」は「高品質のドキュメンタリー」が軸という。吉崎隆編成局長は「人生や老後について『こんなはずじゃなかった』と思っている人が、フィクションや笑いだけを求めているのだろうか。冒険だが、一度真面目に世の中に向き合いたい」と、視聴者ニーズを見詰め直すことを強調した。
テレビ朝日は報道局内にドキュメンタリー制作班を新設。月曜の「報道発 ドキュメンタリ宣言」では、「『現象』ではなく『人間』にこだわり、ニュースの真相に迫る」。
(一部抜粋)
ならば、大変良いことだろう。
吉崎氏も、多々問題はあったが、ついに編成局長まで上り詰めたのか。
彼は、例の「日米兵士の昼食会」のD。番組「報道特集」時代には、数々の名作を世に出した。ドキュメンタリーへの思いが、心のどこかにあったのだろう。
多摩探検隊も、良いものを作るという本来の目的に立ち返るべきだろう。
投稿者 matsuno : 14:57
2008年09月21日
穴沢利夫さんとの再会
中央評論で特集した「戦争を生きた先輩たち」でも描かれた穴沢利夫さんについてのドキュメントドラマがあった。
「なでしこ隊~少女達だけが見た“特攻隊”封印された23日間~」
は、ドラマとドキュメンタリーが混合されたドキュメンタリードラマ。2時間という大作。
よくできているところと、いまひとつのところが混在。
穴沢利夫少尉の物語は、ドラマとドキュメントを組み合わせて、わかりやすかった。
穴沢利夫少尉が、特攻出撃しては機体の故障や天候不良で、幾度となく帰還していたという事実も、初めて知った。
そして、その帰還の背景には、婚約者への断ち切れぬ思いがあったのではないかという視点で描かれていた。
しかし、その穴沢少尉も、第2次総攻撃の時には、ついに帰らぬ人となった。
最後に、婚約者の伊達智恵子さんが、穴沢利夫さんの実家を訪ねて、残された軍服と対面するシーンがある。
行李を空けると穴沢さんが着ていた軍服が出てくる。
そのとき、智恵子さんが「あらー」と驚いた声をだし、軍服を手にとる。
そして、折りたたんで、しっかりと抱きしめる。軍服の中に顔をうずめて号泣される。
まるで、穴沢さんと再会して、婚約者の胸に顔を埋めてないておられるようだった。
この部分には、さすがに泣けた。
と同時に、戦争というものが引き起こす悲劇の現実に、なんともやるせない気持ちになった。
戦争、特攻隊という歴史的現実が、婚約していた2人を引き裂いた。
智恵子さんの思いは、63年前とまったく変わっていない。
表面的には人は老いていく。しかし、気持ちだけはまったくかわらないでいるのだということを、あらためて思い知った場面だった。
投稿者 matsuno : 21:56
2008年07月20日
「ヒロシマ独立論」

広島には、学生時代から、5,6回は行っただろうか。
しかし、この本を読んで、戦前の軍都だった「廣島」と、被爆した「ヒロシマ」と、そして戦後に発展してきた「広島」の3つがあることを初めて知った。
この「ヒロシマ独立論」というのは、物理的な独立ではなくて、心の中に本当の平和な空間を構築するという意味で、「独立」という言葉を使っている。最後まで読むとわかる。
では、なぜそういう「ヒロシマ独立論」を唱えるのか。
著者の発想は、こうだ。
「唯一の被爆国」という発想はおかしい。
実際は、在日の人々、アジア諸国の留学生、アメリカ兵捕虜、などが被爆している。「唯一の被爆国」とすると、ナショナリズム的な反核に転化してしまう危険性がある。
原爆を投下したのは米国という「国家」であった。それは、戦争勝利、国益のためには、手段や方法を選ばないという「国家」という装置がなしたことであった。
被爆国を強調しながら、被爆国をアリバイに、憲法9条を変えて軍隊を保持する普通の「国家」になろうという動きを注視しなければいけない。
原爆で一瞬にして10万人が消滅したという事実は、国家とか国民という視点ではなく、それを超越した世界的、人類的な視点で捕らえられるべき。ならば、「ヒロシマ」を、超国家、超宗教の、世界に開かれた「独立空間」にしてしまえばどうか、と主張する。
廣島→ヒロシマ→広島と変化してきた広島、移民が多い広島、ヒロシマをアリバイに徹底的に管理される平和国際文化都市である広島、など、著者の視点は鋭い。
しかし、沖縄との連動を語る付近から、勉強不足であるがゆえに難しいと感じた。「音楽」の章に至っては、著者のもっとも得意とする分野のためか、知らないことが多すぎて、私には難しすぎた。
この本を読んで、もう一度、広島の町を訪れて、ヒロシマという独立空間を考えてみたいと思った。
投稿者 matsuno : 21:26
2008年06月24日
知性だけでなく、身体と生命も・・・。
「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」内山節 講談社現代新書 720円
昔と言っても、1950年代から60年代初めのころの話だ。私はまだ小学校に通う前だったが、いろんな大人から、キツネやタヌキにだまされた話を聞いた。幼稚園に通う身であった私は、その話を信じて、夜道は怖いというイメージを持ってしまった。
自宅から幼稚園に通う道は、一直線に伸び、小川が傍を流れ、草木は青々としていた。
道はまだ舗装されておらず、土のままだった。荷物を運搬する牛や馬が引く車も頻繁に往来していた。
フナは、手でつかみ取れるぐらいたくさんいたし、ヘビが川を泳ぐ姿は何度も目撃した。雨の日は、道をヘビが覆っていたこともあった。でも、そんな自然にあふれていた故郷が、大好きだった。草むらや森を走りまくり、いろんな遊びをした記憶がある。
祖父の家は、母屋と厠(トイレ)が離れていた。夜中に厠に行くときは、庭を通り越していかなければならなかった。まだ小学校に入る前だったから、夜中に1人で庭を歩いて厠に行くのは怖かった。でも、星の明かりは、とても明るいことに気づいた。星明りで、庭の土が輝いていたことを覚えている。
祖父が死んだときは、土葬だった。木の桶に入れられた祖父を、村人が穴の中におろし、みんなで最後の別れをした。そして、一気に土を落としたことを、つい昨日のことのように覚えている。
そういう環境の中で、キツネやタヌキにだまされることがあるという話は、真実味のある話だった。
しかし、1965年を境に、キツネやタヌキにだまされるという話が、消失していった。その原因について、この本は、ある説を展開している。
この本は、生物学、動物学の本ではない。民俗学や宗教学の本でもない。
この本は、歴史哲学、厳密に言えば、哲学の本だと言った方が良いだろう。
「1965年頃を境にして、身体性や生命性と結びついてとらえられてきた歴史が衰弱した。その結果、知性によってとらえられた歴史だけが肥大化した。広大な歴史がみえない歴史になっていった」というのが、筆者の考察である。
知性だけではとらえられないものがある。身体性や生命性を大事にして、自然の中にある自分の存在を見つめなおすことを改めて決意させる良書である。
投稿者 matsuno : 23:42
2008年06月06日
明治時代の書き込み

基礎ゼミで、図書館ツアー。
学生に「古い本を探そう」と言ったところ、明治時代の本を見つけて来た。
125周年の中央大学だから、あるはずだと思っていたが、やっぱりあった。
そして、中身を開いた学生が、「あっ、書き込みがある!」と驚いた。
確かに、赤で書き込みがあった。別の部分には鉛筆で傍線が引いてあった。
今から100年ほど前の学生が、この本を使って勉強していたのだろうか。
薄暗い書庫で、しばし、時空を超えた気分にひたるのであった。
ちなみに、中央大学の蔵書は200万冊。国内でも有数の大学図書館。
投稿者 matsuno : 22:57
2008年06月02日
「ハンティング・パーティ」というA級でB級な映画
封切りと同時に見たが、感想を書いていなかったので、書いておく。
題材はボスニア・ヘルツエゴビナ紛争の民族浄化問題と指導者の生け捕り作戦をするジャーナリストの物語。
題材はA級なのだが、作りが残念ながらB級。
ハンバーガーのメガサイズを問題にした「スーパーサイズミー」のような雰囲気が、映画全編に流れているように感じるのは私だけだろうか。
どこまで実話で、どこからがフィクションなのかはわからない。ただ、民族浄化を扇動したセルビア人指導者・カラジッチ氏が、未だに逃亡中であること、そして、CIA、NATO、国連などが逮捕にやる気がないという現実について、この映画は鋭く突いている。
映画では、ジャーナリスト3人が、CIAなどよりも早く、短期間の努力で、生け捕り寸前にまで追い詰める物語が展開され、公的な機関の怠慢ぶりを暴露した形になっている。
映画全体がジャーナリズム的といえば、そうなんだが、作りがなにしろ安っぽいのが残念。
ただ、特種を狙ってメシを食っている戦場ジャーナリストは、世界中にいることは確かだ。
それが良いか悪いかは別にして。
投稿者 matsuno : 21:48
2008年06月01日
「城山三郎」の由来

『そうか、もう君はいないのか』 城山三郎、新潮社
城山三郎さんの自伝的純愛ノンフィクションになっている。
当時まだ高校生だった奥さんとの最初の出会いについて、「間違って妖精が落ちてきた感じ」と書いてある。
それからかなり時間がたって、偶然の再会。
事実とは小説より奇なり。そういうこともあるのか、とその「縁」の深さに驚く。
「城山三郎」は、名古屋の城山地区に3月にひっこした時にペンネームにしたそうだ。
日本の経済小説、社会派小説を引っ張った「城山三郎」は、意外なところで誕生していた。
『指揮官たちの特攻』も、奥さんの存在が反映されたものだったとは初めて知った。
「妖精」が先に亡くなるという悲劇を味わいながらも執筆活動を続けた城山三郎の心の支えは、やはり「妖精」だったのだろう。
この本は、短期間で、増刷を繰り返している。
137ページ目の写真を見れば、その理由がきっとわかるだろう。
投稿者 matsuno : 23:11
2008年05月27日
「オットーと呼ばれる日本人」とは
ゾルゲ事件で逮捕・絞首刑になった元朝日新聞記者で、近衛内閣のブレインだった尾崎秀実は、オットーと呼ばれる日本人だった。芝居からも、尾崎がかなりのインテリだったことがわかる。
尾崎のスパイ行為は、日本が戦争で崩壊する前に、日本を救うためにやったことである-それを前提に物語は展開していく。
尾崎が、ゾルゲのインターナショナルな発想に対し、あくまで日本民族であるというナショナルな考えを捨てないところが面白い。
驚いたのは、尾崎が関東軍参謀だった石原莞爾の主張に同調する意見をもち、一度会ってみたいと話すところだ。
芝居は言葉だ、とつくづく感じる。動きが余りなく、言葉のやりとりで物語が展開していく。
映画とはまったく違う。
メディアでいうと、芝居は新聞みたいなものだ。
投稿者 matsuno : 22:07
2008年05月18日
ジャーナリズムの英語
村上吉男 2008 『国際ジャーナリストの英語術』 朝日新書
筆者の村上さんは、朝日新聞社の中では、チャーリー・村上と呼ばれていた記憶がある。日本を代表する国際ジャーナリストが書いた本。ロッキード事件の際に、コーチャンインタビューをスクープして日本のピューリッツア賞と言われる日本新聞協会賞を受賞している。
この本を読むと、彼の英語力の基礎は、米国留学で博士号取得にいたるまでの厳しいトレーニングにあることがわかる。この基礎が、やがて、アメリカ人よりも本格的な英語を使う日本人記者という評価につながっていったのだろう。博士号を取得して朝日新聞社に入社という経緯については初めて知った。
この本のおもしろさは、実際のジャーナリストとしての体験や、現代のメディアが抱える問題を織り交ぜながら、英語習得の技法が紹介されているところだろう。
情報操作である「スピン」の話や、大使館よりもジャーナリストを米国は重要視している話、さらにはコーチャン氏をどう口説き落としたのか、南部訛りとの格闘、「取材源の秘匿」をめぐる問題など、実践的な話がたくさん出てきておもしろい。
しかし、途中からかなり難しくなる。第4章の「英語の品格」ともなると、難しい英単語が出てくる。ここで、急に教科書的になって挫折しそうになるかもしれない。and, but, soなどの英語をどう品格のある英語に置き換えて話すのかということ。品格のある単語集「英字新聞が読めるようになる200単語」が付録についているが、悲しいかな4分の1ぐらいがわからなかった。「俺は、何年英語をやっているのか」という自己嫌悪にまた陥った(自己嫌悪は成長のエネルギーだ、と思い直す)。
後半に行くに従って、読みごたえのある英語の実践的教科書になっている。英語は、やはり、地道にコツコツやっていくしかないと痛感した。
英語教師から間違った発音を教えられてしまう日本の現状は、なんとかすべきだとつくづく思う。私は米国留学中に、単語の発音がまったく違うことになんども驚いた。小さいときに、発音だけは習得したほうがいいと思う。大学以降だと、発音を矯正するのはかなり難しいような気がする。
投稿者 matsuno : 14:47
2008年05月11日
「テレビ進化論」という本の混迷
境 真良 2008 『テレビ進化論』 講談社現代新書
「テレビ進化論」という本が出た。表題につられて買った。しかし、うーん、面白い指摘もあれば、よくわからないところもある・・・。
大ヒットした「ウェブ進化論」の次を狙ったのだろうが、この本は、ごれまでの議論をまとめただけで、「ウェブ進化論」ほど、インパクトがない。しかし、それはしょうがないのかもしれない。
テレビ業界の人で、この本を買って読んだ人は多いと思うが、「だから何なんだ!」と言いたくなった人は多いだろう。要するに、論の展開も、結論も混迷している、というより、混迷せざるをえないようにも思える。それだけ、テレビの将来はわからないのである。
この本の良いところは、1,2,3章まで。「放送と通信の融合」がなぜうまくいかないのかについて、総務省と文化庁の対立問題を判りやすく説明している。ついでに、経済産業省のスタンスもわかる。ただ、このあたりは、日経新聞を読んでいれば、大体わかるし、テレビ業界の人にとっては常識である。初めて勉強する人には、わかりやすいかもしれない。
テレビ局の強さの秘訣が、「流通」を抑えている点である、という指摘は面白い。番組制作の現場にいた人間にとっては、うなづける指摘である。
テレビ業界の人たちが知りたいと欲しているのは、この著者が設定した「次のテレビ」と「テレビの次」の部分であろう。しかし、これが、混迷しているのである。これまで新聞報道されてきたり、業界内(広告代理店も含め)で言われてきたトピックスはどんどん出てくるが、明確な方向性が示されていない。まあ、それは無理な話だとは思うのだが・・・。
実際、テレビがどうなるのかは、誰にもわからないし、わかりにくい。コンテンツが勝負だというのだけはわかるし、流通を抑えることも大事だということもわかる。しかし、デジタル時代は、流通経路も様々だし、著作権もいまのままだと流通しにくい。広告費には限界があるので、販売促進費までとりこめないかという指摘もかなり前からなされてきた。コンテンツの有料配信だけではなく、コンテンツ配信は無料で広告で収入を狙う方式もすでになされてきている。しかし、どれもはっきりはわからない。
テレビのOSともいえるアクトビラにも期待がかかっているが、本当にそれがうまくいくのかどうか・・・。
そんなことは、まだ誰にもわからない。だから、この本も後半から、可能性の記述と著作権の不備の指摘に終始して、結局、何がいいたいのかわかりにくく感じる。後半部分から、非常に読みづらくなるというのが、率直な感想である。現時点でのトピックスの整理という点では、意味があるのだが…。
また、ギョーカイ関係者、特にテレビ局関係者が、違和感を感じる可能性もある。
それはなぜかというと、「ギョーカイ」に問題があると言いつつ、「ギョーカイ」を評価するというダブルバインドな表現があること。そして、もっとも問題なのは、コンテンツが血と汗の結晶であり、人海戦術で作られているという視点が欠落している点。別の言葉でいえば、番組制作や映像作品制作は、かなり訓練をつまなければできない分野であるという認識がないこと。
コンテンツを、何か工場のベルトコンベアーのように、ボタンを押せば大量生産されるもののように考えているのではないかと感じた。同様の考え方の違いは、ライブドアとフジテレビ、楽天とTBSの問題でも見られたものである。
Web2.0でいうUGCと、プロが制作するコンテンツとは、かなり意味が違う。Web2.0のCGMは、コンテンツを自動生成させる仕組みだが、これもプロが制作する作品とは違う。YoutubeにアップされるUGCとプロが制作する作品群も違う。将来的には重なってくる可能性はあるものの、それらを同一のレベルで論じることには、違和感がある。
さらに、この本では、デジタル時代のジャーナリズムに言及していない。マイチャンネルがビジネスの鍵かもしれないが、それがもつ落とし穴については触れられていない。コンテンツをビジネスの視点だけから論じることは、人間の心理から言っても不十分であるし、違和感を感じてしまう。
歴史的に見れば、映画業界に見放されたテレビ業界が、どんぶり勘定で人間関係だけで契約書も交わさずに番組制作をしてきた経緯があるのは事実である。しかし、一番問題なのは、デジタル時代を想定していなかったということである。つまり、テレビでの一回きりの放送だけを想定していたわけである。
デジタル時代になり、マルチユース(ウィンドウ)が可能になった段階で、テレビはどんぶり勘定で再利用が難しいと言われても、はじめから想定外のことだったのである。
逆に、昔の番組をDVD化するときには、当時のプロデューサーの電話一本でOKがでることもある。それがこれまでのギョーカイの慣習だったことも事実だ。
では、どうすればいいのか。私は、大事なことは2つあると考える。
1つは、最初にオールライツで契約を成立させる慣習をギョーカイ内に定着させていくことである。
そして、もう1つは、通信での配信も、放送と同じ「後払い」になるように、総務省と文化庁の早急な調整が必要だと考える。
この2つで、状況は大幅に改善されるように思う。
最後に、この本を買って読むべきかどうかだが、私は、①買ってもいいが、②前半をしっかり読み、③後半は疑問をぶつけながら参考程度にする、のがよいかと思う。そして、テレビの進化は混迷状態であることを理解するのが良い方法かもしれない。
投稿者 matsuno : 22:21
2008年05月10日
盛り上がらない朝ドラ「瞳」
「どんど晴れ」「ちりとてちん」と来て、今度の「瞳」なのですが、今1つ盛り上がらない。
「どんど晴れ」は、朝からドロドロの人間模様で、物語の展開のアップダウンの面白さとともに、ヒロインのインパクトで最後は視聴率24%をたたきだしている。映像も実にきれいで、カメラワークもよかった。
「ちりとてちん」は、師匠と弟子の物語の面白さのなかにも、泣かせるシーンが盛り込まれて目が離せなかった。
「瞳」は、すべてにわたってインパクトがない。視聴率16%をキープしていることが、不思議でならない。あのつくりなら、12、3%がよいところだろう。しかし、それでも16%をキープしているのは、「朝ドラだから」「いつか面白くなるだろう」と見ている人が多いからではないだろうか。ということは、NHK朝ドラは、15%ぐらいの基礎票はあるということか。
朝ドラ見ている世代で、朝から、下品な若者の振る舞いとひどい言葉づかい、ヒップホップダンスを見たい人はあまりいないだろう。瞳の着ている迷彩服に反感を覚える人もいるかもしれない。ある意味、こういうドラマ設定は、NHKでは冒険だったのかもしれない。
最近、このドラマは「崩壊した家族の再生物語」であるということが、すこしずつだが見えてきている。
主人公が、崩壊した家庭の再生のきっかけになるという展開は、「どんど晴れ」「ちりとてちん」と同じ設定ではある。しかし、根本的に、「瞳」の物語は面白くない。キャスティングも狙いはいいが、強引というか、ベテラン陣の中で主人公が浮いている感じがする。
と言いつつも、これから、すこしずつ面白くなるのだろうと期待しながら、あきらめずに見ることにしたい。ただ、何度も、見るのを辞めようとおもった崖っぷちの視聴者であることには変わりはない。
結局、そう思って見ているうちに、盛り上がりがないまま最終回がくるかもしれないが・・・。
投稿者 matsuno : 09:32
2008年04月26日
サーバーが・・・
休憩中でございます。

投稿者 matsuno : 09:33
2008年04月14日
新版「夜と霧」、そして「生きる意味」

新しい訳の「夜と霧」(V.E.フランクル)が出ていたというのは知っていたが、忙しさにかまけて読まなかった。が、なぜか、急に読みたくなった。今回は、数時間で読破した。
旧版の霜山先生が訳されたものは、学部生時代に読んだが、けっこう歯ごたえがあった。
が、この新版はあっという間に読み終えた。
(新版の訳は、池田香代子さんが担当されている。旧版には、分厚い解説と写真集がついている)
そして、改めて、この本のもっている力に驚き、感謝した。
アウシュビッツ収容所で、絶えず死に直面しながらも、最後まで生き残った心理学者であり精神科医の体験的分析記録である。
新版を読んで、いくつか再度噛み締めた。
生きる意味は、苦しみや死を含む全体としての生きる意味であるということ。
苦しむこととはなにかをなしとげること。
つまり、現在の苦しみや絶望的な状態から逃げて、過去の栄光や来るべきはずもない妄想に取り付かれることなく、苦しみや死も含めて生きることに意味があるということだ。
1944年のクリスマスから1945年の新年にかけて、多くの被収容者が死んだそうだ。
それは、多くの被収容者が、クリスマスには家に帰れるという、ありきたりの希望にすがっていたからだと、フランクルは書いている。クリスマスになっても解放されず、人々は落胆と失望にうちひしがれ抵抗力がなくなって大量死につながったとしている。
「生きる意味」とは何か、というのは、誰でも考えたことがあるテーマであろう。
しかし、フランクルは、コペルニクス的転回が必要であると主張している。
「生きる意味」とは何か、を問うのではなく、我々自身が、その問いに立っているという事実。
つまり、我々自身の行動によって、答えは出てくるということだ。
「人間は苦しみと向き合い、この苦しみに満ちた運命とともに全宇宙にたった一度、そしてふたつとないあり方で存在しているのだという意識にまで到達しなければならない」としている。
ここまで来ると、実存主義と似ていると思われる方もいるだろうが、実際に、フランクルは「実存分析」という心理療法の元祖である。
今の苦しみもまた、自分のもので、それを生きること自体が、自分の生きる意味であるということは、
なんと、すがすがしいことであろうか。
「涙を恥じることはない。この涙は、苦しむ勇気をもっていることの証だからだ」と。
「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」
という言葉も実存的だ。
自分が経験してきたことが、自分という本質を形作っていくというのが実存主義。
つまり、自分の人生は、自分の歩み方しだいであるということだ。
だから、苦しみを生きることも意味があるし、死を含めて生きることが、生きる意味であるということだ。
実に、さわやかである。
あるエピソードも紹介されている。
被収容者たちは、カロリーのない味の薄いスープと、ひとかけらのパンだけしか与えられず、日に日にやせ衰えていった。
ある日、1人のドイツ側の現場監督が小さなパンをそっとくれた。それは、監督が自分の朝食から取り置いたものだったという。それをもらったフランクルは涙をぼろぼろこぼしたという。
それは、「パン」というものに泣いたのではなく、その男が示した「人間らしさ」に対してだったと書いている。
そして、苦しいとき、自分の愛する人(誰でも良い)と心の中で対話することが、
どれだけ力となるのかも、この本を再読して気づいた。
心の中の自由までは、誰も奪うことができない。
最後に、フランクルは、心理学者の目をもっていたことも、生き延びた力になったと言っている。
つまり、「極限状態に置かれた人間は、いったいどうなるのだ」、という客観的分析の視点を持っていたことだ。自らも極限状態に置かれていたのに、よくそういう視点を保持できたなあと思う。
しかし、これは、ジャーナリストにも共通するものだ。
自分と他者がいる。しかし、もう1人、記者としての自分もいる。そういう感覚を持ったことがあるジャーナリストは多いだろう。自分という存在、そして観察者としての自分の存在。ルポルタージュを一度書くと、その心境はなんとなくわかる。
いずれにせよ、古今東西、大学生にとって必読の書であることは変わらない。
学部時代にはわからなくても、社会人になったら、よくわかるようになるはずだ。
「星の王子様」と同じように・・・。
投稿者 matsuno : 21:35
2008年04月10日
映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」
あさま山荘事件に関連する映画として、警察側の視点で描かれた映画「突入せよ! あさま山荘事件(2002)」がある。
この映画は、どーも佐々淳行の自慢話になっているし、役所広司が演じていてなんとなく違和感があった。
ただし、この映画の面白いところは、警察という組織体、警察庁という組織体の実情がわかるところである。警視庁機動隊の2機と9機、さらには長野県警との確執。それに後藤田長官の考え方などが、わかる。
この事件は、多くの学生が「総括」という名のリンチで死亡しているし、警察官も殉職している。その後の赤軍派が起こした世界的なテロの数から言っても、当然、連合赤軍側からの視点、当時の学生紛争当事者の視点で描かれた映画がみたかった。
そして、若松孝二監督の映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」が封切られた。なかなか見にいけなかったが、やっと見た。
すさまじかった。
私が小学校、中学校のときに学生運動はピークだった。
東大安田講堂の闘争、よど号ハイジャック事件、そして「あさま山荘」事件・・・。テレビに釘付けになった。生中継というテレビの威力がいかんなく発揮された。
その中でも、「あさま山荘」事件は、実際に銃で打つという事件が生中継されてお茶の間に届けられた。これは、テレビの歴史でも初めてのことだった。事件当時のVTRを見ると、実況中継しているアナウンサーもそういうテレビメディアの威力とともに悲劇的なメディアの現実を語っている。テレビ放送史上最高の視聴率(NHKで89.7%)を記録している。
この映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を見て、初めて事件のバックグラウンドがわかったような気がする。
当時の三派全学連、ブント、そして、赤軍派の誕生、革命左派(京浜安保共闘)と「連合赤軍」の結成。
重信房子と永田洋子の2人のキャスティングには、なるほどと思った。
「総括」として、自分で自分の顔が変形するまで殴らされる遠山美枝子を坂井真紀が演じている。この壮絶な場面には、ショックを受けた。当時、流行語にまでなった「総括」とは、こういうことだったのかとあらためて認識した。
また、この「あさま山荘」事件には、加藤3兄弟というのが出てくる。しかし、一番上の兄は「総括」される。2人の弟たちも、兄を殴るのである。一番下の弟は、まだ高校生だった。兄はその後、極寒の中に放置され死亡する。
革命的精神が足らないとか、自らを共産主義化しろとか、反革命的、スターリン主義的という理由で処刑されていく。10人以上が総括の名の下に殺されていく事実は、もはや狂気としか思えない。
あさま山荘から銃を打っていた光景を「革命的」と評していた人たちも、その後に総括の事実が明らかになるにつれて、驚愕と落胆を隠し得なかったのではないだろうか。
この映画を見ると、人間とはなにか、ということを考えざるをえなくなる。
この映画の中には、中央大学も登場する。学生がロックアウトする中央大学内部の様子が描かれている。当時は、中庭が校舎に囲まれていて、比較的安全であり、かつ出撃基地としては格好の場所だったらしい。法学部長室で彼らが議論する場面も出てくる。ある意味、中央大学は、拠点だったようだ。
私は記者時代に、こうした学生紛争時代の問題も取材したのだが、その中で、赤軍派議長の塩見孝也氏に京都大学でインタビューしたときのことが印象に残っている。
彼は、「赤軍派と革命左派がいっしょになって、うまくいくはずがなかった」と、総括事件の原因は「連合」にあったと分析していた。
また、ある赤軍派(よど号ハイジャック犯)が実は国内の町工場で働いていて逮捕された事件、別のメンバーが米国で逮捕された事件も取材した。そして1人が箱崎のバスターミナルで逮捕された事件については、取材中に意外な事実を聞いた。
赤軍派は、重信房子被告がすでに解散宣言を出している。
こうした関連の事件については、多くの書物が出ているが、この若松孝二監督の映画も、この事件だけでなく人間とは何かについて理解を深める上で必見だろうと思う。
投稿者 matsuno : 22:00
2008年03月29日
ちりとてちん最終回のがっかり
「おかあちゃんみたいにはなりたくないんやー」と言って小浜を飛び出し、
そして苦労して女流落語家になった若狭。
最後に、落語家辞めて「おかあちゃんみたいになりたい」で締めくくる。
脚本家は、計算して最後のきめ台詞を書いたのだろう。
でもね、
仕事とかキャリアって、そんなに簡単なものなのでしょうか?
すごく、違和感があった。
この違和感を感じているのは、私だけではないでしょう、きっと。
主婦は大変な仕事だと思いますし、
女性にとっての幸せは何かを考えれば、今回の展開はありかもしれません。
でも、それって、ドラマの展開としては、あまりにもありきたりではございませんか。
糸子には糸子の人生、若狭には若狭の人生があってよかったのではないでしょうか。
脚本の落としどころは、どうにでもなったような気がします。
草々の分娩室前の号泣も、できれば彼の1人ぼっちだったことからの回想シーンぐらい入れて欲しかった。あれでは、余りにもどこかのドラマで見た風景で、泣けませんでした。泣きたかったのですが。
郷里を飛び出して、苦労して見つけた落語家の道を、「なんか違う気がする」という一言で、
母親やおかみさんになるんでしょうか?
すごく不自然な感じがします。
師匠の落語を受け継いでいくと、若狭さんは言っていたのではないでしょうか?
祖父がかけるテープで落語を聞きながら育ってきたのではなかったのでしょうか。
女流落語家というキャリアを、そんなに簡単に捨てられるものでしょうか。
このドラマの面白さは、何がやりたいかわからない女子高生が、女流落語家になっていくというキャリアにもあった。だから、応援していた人もいたかも。でも、あっさりやめました。
世の中で、サラリーマンやって、仕事やっている人には、どういう風に見えたのでしょうか?
キャリアをつんでいる女性にはどう思えたのでしょうか?
落語家って、サラリーマンじゃなくて、自由業ですから、
別に辞めなくてもいいのではないでしょうか。
あるいは、休業でもいいんじゃないか、と思ってしまいます。
ちりとてちんも、師匠が復帰するところまで、草々が破門され、そして戻ってくるまで、師匠が亡くなるまで、そこまでが一番面白かった。
その後に、うそばっかりつく弟子が入ってきてから、展開が今ひとつ盛り上がらないし、ストーリーテリングと演出がかみ合わない。回想シーンには、なんと「三脚らしきもの」まで映っていたような・・・。
師匠亡き後は、小草若が小浜で落語に復帰するところ、四草までが「そこぬけにー」と言って迎えた場面は泣けました。しかし残念ながら、あとは、なんだか感動もなく、平凡に終わってしまった感じかな。
どんど晴れは、最終回で24.8%の視聴率をたたき出していたが、今回はどうでしょうか?
ただ、全体的に見れば、ちりとてちんは、すごく良いドラマだった。
特に、弟子たちの友情が。それに、師匠の演技力が。脚本も途中までは、最高によかったですね。
これまで見てきた連ドラの中では、個人的にはベスト5に入るかもしれない。
と、最後は、フォローしておきたい。続編に期待したい。もし、あるなら。
続編では、若狭は、落語家に復帰して欲しい。もしかしたら、そういう風に、すでに脚本ができているのかもしれませんね。もし、そうだとすれば、かなりの仕込みだと思いますが…。
投稿者 matsuno : 22:10
2008年03月26日
花
研究室の 花瓶に花の ある日かな
(松野、1人静かに詠む)

投稿者 matsuno : 15:50
2008年03月22日
生きる力
この時期は、毎年毎年、卒業生を送り出さなければいけない。
濃いゼミ活動をしているせいか、送別会のたびにうるうる来たり笑ったりしなければならなくて、けっこう大学の教員というものは、ハードである。
そのたびに、自分は老いていくのかあ、と思ったりもする。
みんな、社会に出たら、大学とは世界が違うので、けっこう落ち込むことがあるかもしれない。
私は落ち込んだときは、必ず思い出す言葉がある。
それは、高校時代にはまって読んだサルトルの一連の文章だ。
まあ、わかりやすくいうと、
どんなにぼろぼろになっても、失敗しても、
もうだめだと思っても、自分の存在理由がわからなくても、自分が透明な存在に思えても、
それでもまだ、自分の目の前には、真っ白な未来が広がっているということだ。
その真っ白な未来をどう生きるか、どう色づけるか、どう形作るかは、自分の自由だ!
ということだ。
いろんな物は、まず本質が決められて生産されている。
PCも机も、ペンも。
しかし、人間はまずこの世に産み出されてしまう。
そして、そこからどういう人間になるのか、その人間の生き方で本質が決まっていく。
つまり、人間は「実存」が「本質」に先行するわけだ。
だから、自分を未来に投企して生きることで、あとから自分の本質が作られていく。
自分の人生は、自分でデザインできるし、自分なりの生き方ができるということですな。
サルトルの思想は、その後いろいろ批判された部分もあるのだが、
悩めるときに、救ってくれることは間違いない。
人間とは何か、という問題を立ち止まって考えるよりは、
まず歩き出したいね。
自分の頭で考え、戦略を練り、行動する。
自分を未来に投企して、生きたい。
どんな絶望の底にあっても、まだ自分の前には、真っ白な未来が転がっている。
私は、いつも、そう考えることにしている。
それは、高校時代から、変わらない。
卒業していく皆さんに、幸多からんことを、お祈りします。
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在校生についで言っておくと、
表現活動というのは、未来に自分を投企して生きることと同じですね。
企画して、取材して、執筆したり、番組作ったりして、何か新しいものを創造していく。
でも、本当は、その一連の活動を通して、自分自身の本質を少しずつ形作っているわけですね。
だから、自分を振り返って、ブログを更新するように言っておる訳ですよ。
(まあ、なかなか更新してくれませんが・・・)
自分の行動を振り返ってみる。一連の取材過程、表現過程を振り返ってみて、自分で何かに気づくこと。
その瞬間に、人間は成長するものです。
だから、「振り返り、見つけたことを記録しておく」ことは、極めて重要だと思いますね。
ということで、プロジェクト終了後は、ブログは、必ず更新のくせを。自分の成長のためですぞ。
投稿者 matsuno : 22:55
2008年03月21日
38度線と関門海峡
下関が舞台の「チルソクの夏」を、再び見た。
「チルソク」とは、7月7日の七夕のこと。
下関と釜山で交互に1年に一度開かれる親善陸上競技大会を舞台にした、
釜山の男子高校生と下関の女子高生の淡い恋物語である。

この映画で一番好きなシーンは、関門海峡の人道で、山口県と福岡県の境界をまたいで、2人が語り合うシーンである。
自分は外交官になって38度線で分断された北と南を統一するのが夢だ、と青年が語る。
それに大して女子高生の郁子が、17歳でよくそんなこと考えられるね、という。
日本は平和で、テレビ番組のことや誰がかっこいいとかそんなことしか話さないと語る。
それに、青年が語る。
「コリアも、そんな平和な国になりたい」、と。
ここで「韓国」ではなくて、「コリア」と言わせているところが、監督の北と南の双方への配慮を思わせる。
在日の多い下関出身の監督らしい表現だ。
この映画の時代は、朴正煕大統領暗殺事件、光州事件などの大事件が起きたころだ。
そして、私が最初に韓国に仕事で出されたときにも、夜12時以降は外出禁止令が出されていた。
高速バスでソウルからテジョンに向かっていると、M16自動小銃を持った兵士に職務質問を受けたこともあった。
あれから25年以上が経った。
しかし、まだ朝鮮半島は38度線で分断されている。
あくまで「休戦ライン」であって、戦争は継続している。
北朝鮮にも4回取材に行った。
38度線の板門店は、南からも北からも訪れた。
なぜか、北からのほうが、安心できた。
南から入ると、「銃撃で死亡しても文句言わない」と署名させられるからだ。
私が学生時代、バイトで教えていた塾に、父親が外交官という韓国人の中学生がいた。
名前は、そういえば「李」くんだった。
彼は、ソウル大学に行って、無事に外交官になっているだろうか・・・。
この「チルソクの夏」には、歌手の山本譲二も出てくる。
彼は、下関出身である。
彼が挿入歌で歌う五木ひろしの「雨に咲く花」が心にしみる。
この映画には、上野樹里も出演しているが、まだ無名の時代である。
ただ、主役を食うぐらいの存在感がある。
監督は佐々部清。「陽はまた昇る」「半落ち」「カーテンコール」「出口のない海」「夕凪の街 桜の国」などを手がけている。
彼もまた下関出身。だから、この「チルソクの夏」には、かなり強い思い入れがあるのだろうと思う。
投稿者 matsuno : 23:30
2008年03月16日
高浜町長暗殺???
コンビニに立ち寄ったところ、物騒な見出しを発見。
なんだ、なんだ!
毎年夏に訪れている福井県高浜町で、何が?
「高浜子ども放送局」に毎年出演してもらっている、今井町長に何が?

週刊現代3月29日号
夏に「漁火想」というイベントが行われる平和そのものの町だが、そうだ、原発の町だったことを思い出した。
プルサーマル計画が進められようとしていた矢先に、問題が発生。
内容は、英国の核燃料会社がMOX燃料のデータを改ざんしたことが発覚したため、今井理一町長が計画の見直しを求めた。このためプルサーマル計画推進派の電力会社関係者が、今井町長さえいなければ、同計画を進められると、町長の暗殺を業者に指示したという内容。
うーん、なんか極端な話ではあるが・・・。
これが本当かどうか、どの程度の話なのか、そして、詳細な事実関係は不明。次号の週刊現代と、関西電力側の今後の対応を待つしかない。
しかし、「プルサーマル」とか「MOX燃料」とか、原発関係は専門用語がいっぱい出てくるので、しっかり調べて読んで欲しい。
投稿者 matsuno : 23:44
2008年03月01日
「フルスイング」というドラマと中大の関係
NHKの土曜ドラマといえば、鶴田浩二が主演した「男たちの旅路」の印象が強い。
それ以外は、あまり印象に残っていない。
それ以降、土曜ドラマは視聴率も低迷していたらしい。
しかし、今回放送された「フルスイング」は、14%以上を記録したらしい。
私は、高橋克美と蘭ちゃん(キャンディーズ全盛時代を知っている世代らしい)がキャスティングされているので、かかさず見た。
いやー、高橋克美が良かった。実に良かった。
さらに、ドラマの主題歌となった夏川りみの「あの花のように」も、内容にピッたしでした。
エンドロールだけで、感動してしまった。
このドラマには、中央大学が2つ関係している。
1つは、高橋克美が演じた主人公・高畠導宏さんは、中大野球部出身。南海ホークスに入団したものの、ケガで打撃コーチに回った。
ロッテオリオンズ、ヤクルトスワローズ、ダイエーホークス、中日ドラゴンズ、オリックスブルーウェーブ、千葉ロッテマリーンズの7球団で、落合、イチロー、小久保などのべ30人以上の著名バッターを育てたという。
この高畠さんがコーチから福岡県私立筑紫台高校の社会科教諭に就任。その高校での巻き起こったいろんな学生との波乱と感動の物語をモチーフにしたドラマ。
博多弁がとても懐かしかった。若戸大橋が映っていたので、ロケ地は北九州も入っていたのだろう。また、野球のシーンなどは、多摩地区で撮影されているそうだ。
さて、もう1つ、中央大学が関係しているのは、原案となった本「甲子園への遺言~高畠導宏の生涯」を書いた門田氏は、中大法学部出身、本名は門脇。現在、週刊新潮のデスク。マスクラット・りようきちとI内がインターンシップで世話になった先輩。
中央大学出身者も、いろんなところで活躍している。
ちなみに、この原案は、最初、某民放に持ち込まれたらしいが、ドラマ化したのはNHKだったそうな。
結果的には、正解だった。
ついでだが、伊藤蘭が出た映画では、「ヒポクラテスたち」(大森一樹 監督)が一番印象に残っている。
この映画の中で、伊藤蘭に、「蘭」という当時売れ筋のタバコを吸わせている。
まあ、「フルスイング」とは関係ないのだが。
蘭ちゃんは、アイドル歌手から引退していたのだが、この映画で女優としてデビューしている。
そして、その延長線上に「フルスイング」がある、と考えれば、関係はありますな。
投稿者 matsuno : 22:40
2008年02月26日
二・二六事件、72年目の慰霊
渋谷の法務局の前を通りかかった。
NHKのちょうど反対側。
一升瓶、花束、そして線香の煙がたなびいているのが、目に入ってきた。

よく見ると「二・二六事件・・・」という文字があった。説明を読んだ。
旧東京陸軍刑務所跡。
そうか、ここで青年将校ら17名が処刑されたのか・・・。
二・二六事件の記録映像を見ると、都心は大雪である。
しかし、今日は、春のように暖かかった。
温暖化の影響なのか、それとも72年前が異常だったのか。

二・二六事件については、軍がこの事件をきっかけに政治に大きな力を持ち始めると習った。
しかし、北一輝や青年将校に関する本を読むと、当時の腐敗した政治と財閥支配を憂えて行動したことがわかる。彼らは「昭和維新断行・尊皇討奸」を掲げていた。
しかし、青年将校らは「反乱軍」となり、処刑される。
私も、二・二六事件に関しては、ドキュメンタリーを制作しようとして完パケできなかったことがある。
あまりにも情報があいまいかつ錯綜して、放送に出せるまで行かなかった。
ある有名な作家が、青年将校に檄文を送っていた事実や、
青年将校が処刑されずに、高砂義勇軍の指揮官としてニューギニア戦線で戦ったという未確認情報などである。
いまだに、謎の残る事件だが、この事件を当時の軍部は大いに活用する。
軍のクーデターを押さえ込めるのは、軍しかないからだ。
そして、日本は、泥沼の戦争へと突き進んでいくことになる。
投稿者 matsuno : 21:43
2008年02月25日
加藤虎ノ介は四草そのものだった。
ドラマ「ちりとてちん」の中で、徒然亭四草を演じている加藤虎ノ介が、NHKスタジオパークに出演しているのを、たまたま途中から都内某所で見た。
彼は、ドラマの中の四草と、ほぼ同じ雰囲気というか、そのまんまですな。
あだ名は「野良猫」と言っていたが、その「野良猫」を今回のドラマのスタッフが拾ったそうな。
番組途中に、脚本家からのメッセージが読み上げられたが、涙をこらえ切れなかった。彼の売れなかった時代の人生を垣間見たような気がした。場末の劇場の舞台に立っていた売れない俳優が、いつのまにかドラマの役柄が当たってスターになったわけですからね。
「無名の自分を選んでくれたスタッフの人たちの顔に泥を塗ることは出来ない! 」
この言葉、しびれましたなあ。視聴者の人気をとろうとかそんなことではなく、プロとしての覚悟がこめられていると思いました。
この俳優の演技は、実に心に残る。
クールさ、非情さの中に、人間的な悲しさや優しさを、垣間見せるから。
なんでも、小学校一年生の時に病気で入院し、学校に通えなかった経験があるそうだ。
その経験が、あの演技とは思えないクールさの根底にあるのかもしれません。
スタジオパークは、たまに時間があるときに見るが、今日の生放送は、ドラマ「ちりとてちん」と同じぐらい面白く感動的だった。NHKスタッフの仕掛けもうまかった。
投稿者 matsuno : 22:21
2008年02月23日
修士と博士
これは、何だと思われるか?
ハンバーグ?
それもチーズが上にのった、イタリアンハンバーグ?

答えは、焼きリンゴにアイスを乗せたもの。
焼きリンゴのすっぱさとアイスの甘さが混ざって、それはそれは美味しい。
ただ、量が多すぎた。
なぜこれを食べたのか。
今日は一応、大学院生のお疲れさん会でした。
今年度は、大学院博士前期課程で5人が修士号を取得する見込みだ。
5人も面倒見るのは大変だったが、内容はそこそこ良かった。
オリジナリティあふれるものばかりで、読んでいても面白かった。
この5人のうちから2人は博士後期課程に進み、今度は博士号取得を目指す。
査読付きの学術論文誌に2本の論文を掲載し、さらに、博士候補者試験をパスし、
そして博士論文を書き上げて提出し、1時間の公聴会、1時間の質疑応答、1時間の口述試験をこなして審査を受ける。外国語も2ヶ国語できることが条件だ。
道のりは長いが、コツは1つだけ。それは、自分の論文を自分が面白いと思うこと。
自分の論文が、いかに面白く新しい発見があるのかを心に留めて、自信を持って書き上げプレゼンすること。
自分の修士論文を書き上げて燃え尽きて、そのまま放置してしまう人が多い。
しかし、自分の論文を自分が「面白いですよ」と他人にプレゼンできれば、自分が自分の論文をよくわかっているということ。そして、博士論文への道は見えてくるはず。
何が面白いのか、もう一度、考えてみると良い。
私のゼミは、マスコミに就職するものが多いが、最近は大学院進学者も多くなってきた。
自分の大学の修士課程に進んで欲しいとは思うが、やはり他の大学の大学院で修行して欲しいとも思う。不思議な心境だ。
判断基準は、1つ。中央大学で研究するより他大学院のほうが研究環境が良い場合は、惜しみなく送り出す。しかし、私の研究領域については自信を持って、中央大学に残るように薦めている。
投稿者 matsuno : 22:09
2008年02月15日
あおばみんメディアリポーター
横浜市青葉区が中心となり、CATVのイッツコムが協力して開催した「あおばみんメディア・リポーター養成講座」が無事に終了した。上映会の後に、認定証と修了証が授与された。

全部で7回の講座。内容が濃く、私は内心、スタッフは倒れるんじゃないかと心配していたが、なんとか無事に7本の作品が完成した。私も2回ほどお手伝いさせていただいたが、なかなか面白かった。役所のTさんも、市民の中核のNさんも、なかなかのマネジメント能力だと思う。
上映された作品は、普通の記録作品からインタビューまでが入ったドキュメンタリーまで様々だった。驚いたのは、「鉄(くろがね)の獅子舞」という作品。感動しました。
昔ながらの獅子舞が地域に残っていて、各家を回って無病息災を願う。もちろん、子どもは獅子舞に泣きそうになるのだが、その後、ひょっとこが出てくると笑顔に変わる。そのあたりが、実に素直に描けていてよかった。
地域映像とか市民映像というのは、こういう何気ない獅子舞とひょっとこの踊りに、人の幸せとか温かさとか生命感を感じるからすばらしい。映像はすごく荒削りだけど、あの映像は、地域の人にしか撮れないと思う。
「落ち葉のプールとやきいも」という作品も、面白かった。焼き芋って、ぬれた新聞紙でくるみ、さらにアルミホイルでくるむとおいしくやけるなどということは初めて知った。
出初式も、お寺の年越しも、どの作品も、面白い。地域にありながら、地域の人は知らないのではないだろうか。
横浜市青葉区といえば、ドラマの舞台にもなった田園都市線のおしゃれな町。しかし、実は土着のものがたくさん残っている歴史ある町なんですな。あらためて気づかされました。実に面白かったですね。
イッツコムは、大手のCATV会社だが、1チャンネルを市民に開放している。これから、定期的に市民制作番組の放送が始まるらしいが、楽しみである。私も、イッツコム視聴世帯なので・・・。
投稿者 matsuno : 21:05
2008年01月30日
ネコの存在意義

近くを走る首都高速道路。
喧騒の中、すさまじい勢いで会社へ向かうサラリーマンの群れ。
安っぽいコーヒー屋で朝食を駆け込んでいるOLたち。
いつも利用している都心の地下鉄の駅付近の光景である。
でも、天気の良い日に時々、この毛並みのいいトラネコが、
堂々と歩道のど真ん中に鎮座していることがある。
殺気立っている人たちも、このネコを見つけると、自然と顔をほころばす。
「キャーかわいい」と写メする人たちに対しても、けっして動じることもなく、このネコは堂々たるポーズを維持しつづけるのである。
このネコの存在が、この駅を利用する人たち、そしてこの近辺の人たちに、どれだけの癒しを与えているのだろうか。想像すると、かなりのものだろうと思う。
少しでも余裕がある人なら、誰でもケータイで写真を撮りたくなるようなネコである。
私も急いでいたので、こういう写真しか撮れなかったが、次回は、じっくりと撮りたいと思う。
ネコは視聴率を取れるということで、私が制作した映像作品にも、ネコは多用した。
ただ、どーも、今考えてみると、私自身がネコとかイヌが結構好きなんだなと思う。
引退したら、春は菜の花、夏はひまわり、秋はコスモス、冬は椿の花咲く庭のある田舎の一軒屋で、イヌとネコと一緒に、自給自足の暮らしをしたいものだと思う。
投稿者 matsuno : 18:21
2007年12月31日
2007年のご愛顧ありがとうございました。
2007年もいろいろありました。
一番大きなニュースは、プロデュースした「新聞ブログ」が、工業デザイン最高の賞である「グッドデザイン賞」を受賞したことでした。
そして、この一年、このブログを読んでくださった読者の皆様、誠にありがとうございました。


投稿者 matsuno : 16:36
2007年12月22日
「手持ち」多用の時代?
「ちりとてちん」第12週は、また1つの盛り上がりでした。。
脚本も、演出も、そして手持ちを連発するカメラワークが、実によかった。
ステディカムを使っているカットも多数ありましたなあ。
物語の展開も、伏線を張りまくり。さらには、2つの物語展開を同時進行させるあたりが、演出のうまさでしょうか。
幼くして親を失った草々は落語家の草若に拾われる。しかし、草若には実の息子の小草若がいた。ことあるごとにけんかする草々と小草若。あるとき、小草若は人をどつくのだが、それを草々が「自分が殴った」と嘘を言って小草若をかばうのである。しかし、殴った相手がわるすぎ。結局、師匠の草若は事態を収拾するために、草々を破門にしてしまうのである。
その後、再び戻ってくるシーンがあるのだが、たった15分1回の展開が、それはそれは涙なくしては見れません。カメラワークも、音楽のタイミングも、実によく計算してあります。詳細は述べません、というより、述べると面白くないので、いつか再放送の時にでも見てください。
若狭の役(貫地谷しほり)も、映画「スィングガール」の時よりも、実に味のある演技を披露してますなあ。これほど、演技力があるとは思わなかった。驚いた。
このドラマは、やっぱり大阪局にしかできないですね。兄弟弟子の掛け合いは、やはり関西のノリでないと無理です。
しかし、「三脚でフィックス」という基本を見事に打ちくだき、「手持ち」を多用するカメラワークは、やはり登場人物の心を描くうえでは極めて効果的です。
投稿者 matsuno : 22:40
2007年12月14日
まだ紅葉・・・
多摩キャンパスも、すっかり寒くなったが、昼間はまだなんとか楽しめる。

都心の紅葉は今ひとつだが、さすが多摩だけに、紅葉は学内でもきれい。

でも、なんだか寒々としているなあ。これが大学のPRになるのかならないのかは、見る人の心境によるでしょう。なるだけ、前向きに見てほしいね。前向き、前向き・・・。
投稿者 matsuno : 21:00
2007年12月05日
「恋空」とケータイ
映画「恋空」をぼろくそに批評したが、メディア論的に見れば、いくつか発見があった。
1、ケータイなくして「恋空」なし。
まあ、そもそもケータイ小説だから、ケータイが中心にあるのだが、ここまでケータイが高校生のコミュニケーションの中核をなしているのかと驚いた。ケータイがきっかけで出会いがあり、ケータイで連絡を取り合い、最後の別れもケータイの「テレビ電話」だった。
とくに、ヒロがガンで、病状が急変する場面。ミカが写真のプリントをもって病院にもどる途中に、ヒロの病状が急変して危篤に陥る。ミカが走りながらテレビ電話でヒロと最後のやりとりをする場面が出てくる。こういうのって、まさにケータイの進化があって成り立つシーンである。FOMAあってのシーンだった。
2、ケータイが作り出す社会性に乏しいバーチャル・メディア世界に住んでいる高校生。
私が違和感をもったのは、集団強姦という一級犯罪が起きて首謀者もわかっているのに警察に通報しないこと。親もまったく行動しないこと。これはある意味、社会性とはまったく無縁の世界の中に住んでいる人間の発想でしかない。妊娠しているのに、突き飛ばされ流産する。でも被害者はなんら抗議することがない。本来なら刑事、民事ともに問える事件である。しかし、そういう社会的行動にでない。両親もまったく行動しない。
この物語が、「実話に基づいた」と言っている割には非常識な部分が多くて、これは社会的な常識を欠いた人の創作に思える。「法の上に眠るものは救われず」という言葉もしらないことだろう。
ヒロとミカのやっていることも、きわめてオツムの悪い高校生のやることで、自己中心的である。「激流に飲み込まれた」という表現を使えばきれいだが、社会性があるとは到底言えない。
学校という現実社会とは隔絶された窒息しそうな世界に住んでいる高校生にとっては、こういう社会性のない主人公が織り成す社会性の無い世界の物語が、逆に真実性をもって迫ってくるのかもしれない。だから、ガキの物語なのだ。社会人であれば、大変なことになるだろう。
3、ケータイは保護者、家の概念を崩壊させている。
固定電話時代には、彼女の家に電話するのに、誰もが緊張した。親父でも出ようものなら、大変だからである。1対1がコミュニケーションするなんてことは不可能だった。しかし、ケータイの出現で、それが可能になり、別に相手の親父など関係なく電話することができるようになった。これは便利だが、社会性やコミュニケーション能力は壊滅的打撃を被っているに違いない。
ガキは、固定電話によって成長していたのに、ガキはケータイによって成長が停止してしまったのかもしれない。
無防備なまま、出会い系サイトに入り込み、そのままだまされたケースは後を絶たない。罠をかけるほうはきわめて問題だが、罠にかかるほうも問題である。
そして、ケータイに対するリテラシー教育をしないケータイ会社、教育現場、ケータイサイト運営者も問題である。これだけケータイは非社会的空間を生み出しているのに、なんら教育がされてないことは恐るべきことである。
「恋空」という映画のヒットは、ケータイが作り出した非現実的、社会性欠如のバーチャル・メディアワールドに、若者たちが取り込まれてしまっている現実を浮き彫りにしているのではないだろうか。
投稿者 matsuno : 22:21
2007年12月02日
「恋空」という気絶もんの○○
携帯Webサイト魔法のiらんどに連載され、書籍化され、さらに映画化された。
TBSが制作に関係しているので、見に行くことに。とても、おやじが見に行くような映画ではない。プレビューか試写会で見ればよかったものの、機会を逸していた。私がそれでも行ったのは、ある意味、携帯小説が映画化されるとどうなるかに興味があったから。
http://koizora-movie.jp/index.html
しかし、結果は、あまりにも、がっくり。
軽すぎるし、過激なものを詰め込みすぎだし、断片的だし、演出がぼろぼろだし・・・。つまり、「電車の中で携帯で見るなら刺激的で感動するかもしれないが、映画では感動できない」ということだ。
これは、携帯、小説、映画という3つの媒体がもたらす情緒の伝達の違いかもしれないと思ってしまった。
しかし、そもそも、この「実話にもとづく」というのが、どーもうさん臭く思ってしまうのだ。清純な女子高生が1年生の時に、「恋愛、元彼女の依頼による集団強姦、学校内でのH、妊娠、流産、別離」を経験し、さらに「別の大学生との恋愛、元彼のガン、そして、よりを戻し、死別」を経験するのである。
視聴率狙い、ヒット狙いのキャッチイベントを次々と並べたてたとしか思いようがないのである。
「実話にもとづく」なら、その証拠を明らかにしてはどうでしょうか?
大体、ガンや白血病などを物語の展開に使用するワンパターンには、「またか!」とあきれると同時に、本当にそういう病気になったひとの身になってみてほしいと苛立ちさえ感じた。
携帯なら、こうした過激でバラバラのものを、せつな的に読めるのかもしれない。それに、学校に閉じ込められている中高生なら、こういう物語にひきつけられるのかもしれない。気持ちはわかるような気がする。
しかし、社会人からすれば、頭スカスカのガキ、不良少年少女の子どもの物語にすぎないような気がする。一見すれば、そうだ。
ただ、この物語がヒットした根幹には、頭スカスカのガキが織り成すお馬鹿な内容の中に、「純粋なもの」を皆が感じるからかもしれない。つまり、どーしようもない物語の展開なのだが、「純愛」が見え隠れするからだろう。
でも、私は、この映画「恋空」を見ることを、お勧めしない。目の肥えた方々、メディアリテラシーの高い方々なら、きっと「金返せー!」ということになるから。
原作、脚本、演出、プロデュースのどれも、B級。この映画を見て泣けた人は、作り手の罠に簡単に落ちた「おめでたい方々」でしょう。こういう作品に、新垣結衣を投入したとは悲しい。新垣結衣は、視聴率、ヒット狙いのPの犠牲になった特攻隊みたいなものだと感じた。よく事務所が許したものだ。
この映画の制作にはTBSが関係しているが、なんだかTBSの凋落ぶりを象徴するような作品だと感じた。話題のもの、視聴率狙いの過激なものオンパレード、旬なタレント、安易なオキマリのパターン、を追いかけているとは嘆かわしい。
重厚なドラマや映画を作っていたTBSの復活を強く願う。
最後に、この映画で1人だけ味を出していたのが、2番目の彼氏になる関西弁の大学生。この人物は、小出恵介。「パッチギ」「リンダ・リンダ・リンダ」で好演していたので覚えていた。この役者は、きっと息が長い。ちなみに新垣結衣は、沖縄出身だから許す。
・・・・「恋空」について、こういう厳しいことを書いた自分は、もう若くないねー。自分が高校生だったら、正直言って、感動してたかもね。すこしばかり、そう思う。
投稿者 matsuno : 21:18
2007年11月25日
「点と線」
松本清張原作の「点と線」は、大学時代に読んだ。
「東京駅13番ホームの4分間」をめぐるミステリーは、詳細な記憶はなくなっていたが、ストーリーだけはいまだに覚えていた。
この複雑で、二転三転する物語展開をどう映像化するのか、大変興味があったが、やはり感動した。
http://www.tv-asahi.co.jp/tentosen/
テレビ朝日も、よくぞこの大作に挑んだものだと思った。テレビ朝日のドラマ制作技術も進化したと思った。この手のドラマは、民放ではTBSしか作れないと思っていたので・・・。
今回、小説を映像化するとこうなるのかという驚きとともに、昭和30年代がCGとセットで見事に描かれて、大変懐かしかった。
新しい発見は、これは反戦ドラマの味わいがあったのだということだ。鳥飼刑事は上海に駐屯していた日本陸軍の兵隊あがり。上等兵までしか上がれず、戦友は皆死んだと語る部分に、松本清張の強い反戦意識を読み取った。大学時代には、気づかなかった部分だ。上層部が逃走するのに、虫けらみたいない一兵卒は死ぬまで戦うことを強いられた。自分も死にたくない、相手も殺したくない、早く故郷に帰りたかったんだ、と鳥飼刑事に語らせている。
たけしという役者は、やはりすごい。朴訥な単調なしゃべりで表情を変えない演技だが、それがすごみとともに、なんともいえない深い味をもたらす。視聴者をして、彼の心情を汲み取らなければならないという作業を喚起させるのだ。そして、突然の彼の行動に、いつしか目を離せなくなる魅力を内包している。
鳥飼刑事が、安田に戦友の話をするとき、妻の安田亮子に自分の推理をぶちまけるとき、警視庁を去るとき、そして、博多に向かう電車の中でつぶやくシーンには、実に感動させられた。「女はかわいそうなんです。男にほれて死んでいくんです」というセリフは、渋くて深い。
最後に、老いた三原刑事の鳥飼刑事の手紙を読んで嗚咽し語った言葉。「生きているうちに泣けてよかった」というセリフにも、視聴者の多くが泣けたことだろう。
事件の舞台となった福岡県の香椎には、花園と遊園地がいっしょになったような所があって、学生時代に何度か行った場所である。デートだったり、合コンだったりで・・・。だから、あまり小説が好きでなかった私が、この小説だけは読んだ。
松本清張は社会派ミステリーの草分けでもある。ドラマを見ていると、自分が東京地検特捜部を担当していた時代を思い出した。政治家は、法務省を通じて圧力を検察にかけてくる。いつもは、反権力で公正中立である記者も、そういう時は、特捜部の検事を応援したくなる。(ただ、圧力に負けると、記者は検察をたたくのだが・・・)。もう2度と、検察担当はごめんだが、一生にもっともきつく華やかな最高の事件記者の現場を体験できたことは、私の宝である。
ゼミ生の中からも、いつか、大物政治家を逮捕できる東京地検特捜部の事件を担当する記者が出てきてほしいものだ。残念ながら、現状ではかなり難しい状況ではあるが、かすかな望みだけは持っておこう・・・。
投稿者 matsuno : 23:02
2007年11月17日
師匠がついに
「ちりとてちん」は、この日、師匠がついに高座にあがったことで、一幕終了という感じですね。
来週からは、新しい幕開けですな。
師匠が「3年間、道に迷ってしまいました」と述べていたが、こういう展開で、また高座にあがることになるとは・・・。
しかし、ひっぱるだけひっぱりましたなあ。
物語も、いよいよ面白くなってきた。視聴率も、そろそろ上向いてくるような気もしますな。
今回は、おじいちゃんが聞いていたあの「あたごやま」の声の主が、目の前に登場したわけですね。驚いた小浜の方々の表情が実に面白く、かつ感動的でした。みな、おじいちゃんのことを思い出したわけですから。
古いカセットテープの映像と師匠の落語の映像をオーバーラップさせる編集は、古典的ですが効果的でした。
脚本家も、こういうふうに仕掛けたわけですなあ。そもそも、テープでしか聞いたことがなかった師匠の落語を、師匠の高座復帰のこの場面で、小浜の一家が本人から聞くことになる。そして、弟子4人も、師匠の復帰を目の当たりにするという「2大感動」を一場面に凝縮させたわけですね。
小浜の物語と弟子の物語という、2つのラインが交錯した感動的な瞬間でした。そして、ここからB子の弟子入りへつながっていくんですなあ。実に、うまいです。
今後が楽しみです。
投稿者 matsuno : 12:02
2007年11月16日
「ちりとてちん」の、初うるうる
NHKの朝ドラ「ちりとてちん」も、今日放送分で、やっとうるうる来た。
「どんど晴れ」よりも遅かった。
やっと、師匠が高座をすっぽかした理由がわかった。
それを聞いた息子の反応が、泣けますなあ。
今後の展開で、きっともっとうるうる来るかもしれないなあ。
それは、師匠が、高座にもう一度上がるときだろうな。
しかし、渡瀬恒彦はかっこいい。ああいう老けかたをしたいものだ。
さて、ドラマというものは、壊れてしまった家族というもの、あるいは、家族みたいなものが、たまたま現れた存在、あるいは災難をきっかけに、もういちど集まっていくという物語が多い。今回も同じだし、「どんど晴れ」も同じだった。
実際には、崩壊した家族は、もとに戻らないことが多いし、いつまでもいがみあったりする。でも、「どんど晴れ」とか「ちりとてちん」を見ていると、何かが(それがたとえ不幸であっても)きっかけに、もういちど家族や一門が集まって、長い間の恩讐を乗り越えようとすることはありえるなあと思う。
家族とか集団とかいうものは、実にもろい。何かのきっかけで、壊れることは日常茶飯事。でも、こういうドラマを見ていると、最後の最後の可能性を信じたくなるのである。
私は基本的には、ドキュメンタリーの方がすきだが、気分落ち込んだときはドラマや映画を見ることにしている。見ると、いっぺんに落ち込んだ気分は吹き飛ぶからだ。作り物の映像は実にうまくできている。ある意味、カウンセリング的効果を内包していると言ってもよいかもしれない。
今回の朝ドラが、「どんど晴れ」と同じように、思い切り感動させくれるのかどうか、楽しみだ。
投稿者 matsuno : 23:08
2007年11月13日
復帰前の沖縄の医療
クララさん(著者をそう呼ばせていただく)の文章の中で、沖縄が復帰前は、医療保険がなかったと書いてあった。だから、街中の薬局が市民の頼みだったそうだ。
確かに、日本は国民皆保険である。しかし、米国は基本的には企業の医療保険である。低所得者と高齢者のための、メディアケアとメディケイドという国家が関与する保険はある。しかし、基本的には、企業が運営する医療保険に入る必要がある。大きな会社に勤務している場合は、会社が保険をかけてくれるが、そうでない場合は自腹だ。だから、健康保険に入っていない人も多い。
それに、歯医者は別なのだ。基本的に米国人で歯科の医療保険に入っている人は非常に少ない。これには、私も驚いた。日本の健康保険は、歯科も含めて適用されることは、実は大変ありがたいことだ。
私が米国留学中にみた公立病院の光景は、ひどいものだった。頭を怪我して、すぐにでも手術が必要な患者も、保険がないからと廊下に放置されているのを見て、すごいショックを受けた。
私はアメリカ政府からかなり良い保険をもらっていたのだが、それでも病院に行くのはいやだった。一回だけ風邪をひき、1週間ほど寝込んだことがあった。扁桃腺がはれて、「これは抗生物質を飲まないとだめかも」と思い、病院にいったのだが、「予約がない」と診療は受け付けてくれなかった。日本のように、保険証だけ握り締めて病院にいけばなんとかなるというものではない。
とにかく、不便なのだ。だから、結局、薬局に多くの人が行くことになる。
アメリカの薬局で売られている薬は、実は日本人にはとてつもなく強力である。2錠と書いてあったら、1錠でいいかもしれない。薬局で風邪薬を買って飲んだが、これが強力で、丸1日眠り続けた末に、完全に治ってしまった。
私が通っていたハーバードメディカルスクールの病院群は、世界最高級だったが、そこには勉強以外でお世話になることはなかった。良かった。外国では、健康第一である。
投稿者 matsuno : 15:11
問題意識を持つ
作文を書く練習用のテキストに使用しているのが、「薬剤師クララがいく!」である。著者の宮城敦子さんは、薬剤師でありながらCATVのキャスターをやっている方だ。
この本をなぜテキストにしているか。いろいろ理由があるのだが、簡単にいうと沖縄文化とスピリチュアリティと薬剤師と健康のことを知るにはもってこいだからだ。それに、理系的な文章にもなれてほしいからだ。
基本的に「私立文系」という限りなく理系からは程遠い人達は、きっと数学も理科もあまりすきじゃなかったんだろう。だから、このテキストをきちっと読むにはつらい部分もあるかもしれない。だが、やはり理系的な内容も読みこなしてほしい。
ジャーナリストになれば、原発問題、医療問題、生命倫理問題、ITとデジタルなど、科学に関する取材はたくさんある。農業問題でも、農薬や化学、生物の知識を多少なりとも必要とする可能性がある。自然災害なども、ある程度は専門知識が必要となる。
新聞記者は、専門的なものを、一般の読者にわかりやすく伝える仕事をするわけだが、理系のテーマでも、それを理解して、わかりやすく伝えようという強い意思が必要である。
私はふりだしが水戸支局だったので、原発問題についてはかなり知識を詰め込んだ。原発の中にも入ったことがある。また、水産業、農林業、自然や動物問題、筑波研究学園都市問題、科学万博、さらには航空問題についても勉強した。そういうことを専門にやっているのは科学部の記者だが、社会部の記者も勉強せざるを得ない。
また、事件についても、警視庁や東京地検担当になれば、刑訴法と刑法、一部税法の知識は必要となる。さらに、業界用語もマスターする必要があるのだ。
ジャーナリストには、問題意識を絶えず持ち続けることと、たゆまぬ勉強が必要である。だから、このテキストを読破する段階で、へばっているようでは、とてもジャーナリズムをめざすことなど無理である。いくつかゼミ生が書いた文章を読んでいて、あまりのお粗末さに、絶望的な気分になるのである。
なぜお粗末な文章しか書けないのか。それは、経験の浅さというのもあるのだが、一番は、問題意識が浅いということだろう。1つの読みきりの文章から、自分が興味を抱いた部分を抜き出し、自分の経験を織り交ぜて、調べた知識を使いながら、文章を構成するということが必要である。
クララさんの文章から、いくらでも自分の世界を展開することが可能である。ただ、数行の短い感想を書くだけで終わっているということは、いかに、想像力に乏しく、問題意識が浅く、調べる能力と意欲が欠けているかを露呈しているようなものである。
文章を書くことは、スポーツとよく似ていて、やればやるだけ上達するのだ。スキーも、1シーズン1,2回しか行かないのと、20回、30回行くのでは大違いである。自分なりに、滑り方のコツや、コースの攻め方を考えて上達するものである。
映像は身体性の脳の部位を使い、言語は高度な意味解釈の部位を使用する。読書も、音読が身体的であるのに対し、黙読は別の部位を使用している。だから、それに、映像は、身体性だけでなく、情緒性も含んでいる。身も心もぼろぼろになる。頭脳という高度なものは、やはり、文章の読み書きでしか育成されない。
投稿者 matsuno : 14:45
2007年11月11日
最近、はやりの・・・「ねこ鍋」
ネコは、やはり憎めませんなー。
これって、youTube→ニコニコ動画でブレイクして、NHKにも取り上げられたわけですが、
やはり、ネコは、視聴率の王様ということでしょうか。
岩手のある女性が投稿したものが、あっという間に話題になった。「Web→NHK・マスメディア」という経路をたどったわけで、Webでもキラーコンテンツはマスメディアにも伝播し、さらに2度目のブレイクにつながるんですね。
「しばわんこ和の心」のヒットといい、「ねこ鍋」のブレイクといい、癒しを求め続ける日本独特の現象なのでしょうか。
ただ、NHKの番組で見た、投稿者の自宅付近の情景に、私はのどかさを感じて癒されました。これだけのネコを飼えること自体、余裕と豊かさがありますね。
ちなみに、日本の自殺者は、9年連続して3万人超。日本という国は、本当に豊かなのでしょうか。こういう「ネコ鍋」がブレイクする背景には、市場原理の中で懸命に生きている人たちの苦痛がありそうな気もします。
投稿者 matsuno : 18:26
2007年10月11日
thank you very much!

ゼミ生の皆様、誠にありがとうございました。
なかなか凝った演出、すっかりはまってしまいました。フェイントが最高でした。一瞬、気付きませんでした。
なんだか、本当にひさしぶりに感動しました。この職業を選択して、よかったです。
また、明日から楽しんで生きていこうと思いました。
I would like to express my deepest appreciation to you all for nice happy birthday direction!!
投稿者 matsuno : 22:03
2007年10月08日
やかんとグラス

最近、なかなかラーメンなどというものを食べに行かなかった。
しかし、ひさしぶりに、千葉県内に来たこともあって、寄ってみた。
この店のラーメンは、ゆず入りでニボシのダシでヘルシーなので気に入っていたこともある。行列ができるほどのパンチはない。しかし、なんとなく上品な味がするのである。
うーん、それに、チャーシューを炭火で焼いて出すところも、この店のラーメンのおいしいところかもしれません。
以前は気づかなかったのだが、アルマイトのやかんとカラフルなグラス。なんだか昭和30年代を彷彿とさせる。
やかんの中に入っていたのは、水でも麦茶でもない。この味は・・・・・・・、そうだ、グァバ茶だ。
投稿者 matsuno : 21:54
2007年10月07日
someday I will love spring best,
新宿御苑を20年ぶりぐらいに散歩する。
200円取られるだけあって、さすがに代々木公園とは違う。きれいだ。
それに、人が少ない。

今年もまた、ドングリを見つける。もう、秋か・・・。
夏から秋へというこの時期、大変過ごしやすいのであるが、一番寂しさを感じる時でもある。
その人が見る風景は、それを見る人の心理状態を反映するわけであるから、やはり秋には、限りなく寂しくなるのであろう。

公園の中で、1本だけ秋に咲くサクラにであった。確かにサクラなのであるが、やはり春とは違った寂しさがあふれている。いずれにしろ、秋は寂しいのである。

昔は、「秋」が一番好きだった。肌寒さを感じる風にコスモスが揺れているのを見るのが心地よかった。しかし、いつの間にか「夏」が好きになった。
もっと、年をとると、きっと「春」が好きになるのかもしれない。
投稿者 matsuno : 21:29
2007年09月29日
「どんど晴れ」
「どんど晴れ」が終了した。
朝ドラは、「ちゅらさん」以外は、あまり見たことがなかった。「ちゅらさん」は、沖縄が半分舞台なので見ていたのだが、途中からはまってしまった。やはり、物語の面白さと主役のすがすがしさ、この殺伐とした現代における癒しがあったからだろうか。
「どんど晴れ」は、たまたま第1回から見た。それも、主役が沖縄出身だったから。しかし、舞台は盛岡と横浜だから、途中で見なくなるだろうと思っていたら、なんと、全編見てしまった。
http://www3.nhk.or.jp/asadora/dondo/index.html
なぜだろうか。朝ドラらしくないどろどろした部分はあるわ、物語は昨今のM&Aはあるわ、結婚式の日に大女将は亡くなるわ、とんでもない展開。いつのまにかはまっていた。毎回最後に出てくる「どんど晴れ」は、かかさず見た。だから、最終回のラストの「どんど晴れ」の場面、そして、CGの本が閉じるところはよくできていると思った。
脚本は、小松江里子。TBSとかなり多くの仕事をしている。旦那がTBSにいるからか。
最終回に、柾樹に「この桜を見上げると、いつも寂しい気持ちがしていた。けど、夏美に出会って笑顔で見上げられるようになったよ」といわせるあたりが、うまい。
(ただ、柾樹(内田)のしゃべり方はいまいちだったが)。
脚本がよくできていただけでなく、演出やカメラワークがうまい。一回見た後に、音量を小さくしてカメラワークやカット割りをこれだけ何回も見たドラマは珍しい。絵がダイナミックだった。
今回の主役を務めた比嘉愛未は、完全に夫役の内田朝陽を食ってしまっていた。それだけ、比嘉愛未という新人女優の素質の素晴らしさがにじみ出たということだろうか。
草笛、宮本、長門という大俳優の演技のうまさも、あらためて知った。やはり、うまい。キャスティングをしたプロデューサーのセンスもいい。
東北を舞台にするというのは、かなり難しいのではないかと思ったが、今回のドラマで岩手や盛岡のイメージは大きくアップしたような気がする。さんさ踊りもいつか見に行きたいものだ。さんさ踊りに、実際にキャストを出演させるあたりは、かなりの腕前だった。(観客席の場面は明らかに別撮りだったが・・・)。さんさ踊りの場面の挿入は、ドキュメント的な手法だから、実にリアル感があった。うまいねー。警備が大変だったのではないだろうか。
感激した場面はたくさんあったが、個人的に一番感動した場面は、遠野の回。柾樹が行方不明の父親に再会する場面。遠野物語と宮澤賢治の世界があちこちにちりばめられていて、映像的にも美しかった。
全編を通して見ると、限りなく寂しい男・柾樹が、すこしずつ幸せになっていく展開でもあった。
4月以降、このドラマでなんども元気づけられた。「ちゅらさん」以来のよくできたドラマだと思った。忘れていた日本の良さも、あらためて思い出させてもらった。
ゼミ生からも、いつの日か、NHKの朝ドラを制作するような人物が出てきて欲しいものだ。日本全国の人を、朝から勇気付けるドラマを作れるような人物が・・・。
「どんど晴れ!」
投稿者 matsuno : 21:34
2007年07月21日
私の「美しい国」
私はこれまで数十カ国で取材活動を行って来たが、一番驚いたのは、日本を尊敬している人が想像以上に多いということだ。
特に、我々の日常生活の中で、あまり縁のない中東、アフリカ、中南米、東欧の人々は、多くの人が日本を尊敬している。
あるブラジル人は「日本はミラクルカントリー」だといい、あるチェコ人は「電化製品は世界一」だといい、「あるキューバ人は「イチ(座頭市)を生んだ国」だと、握手を求めてきた。彼らに共通しているのは、日本が敗北の中から立ち上がり平和主義を貫いて経済発展を成し遂げてきたという事実を評価していることだ。
日本ではフツーの存在である、トヨタ、ニッサン、ホンダ、キャノン、ニコン、ソニー、パナソニック。これらは、世界中どこへ行っても看板があるし、誰でも知っている。それが日本の企業であることも、もちろん知っている。そして、それらの製品が、世界で一番故障が少なく信頼されているということも。
だから私はいつも、外国で取材を終えて帰国すると、改めて日本という国に感心しなおす。そしてそれと同時に、几帳面で勤勉な日本人を尊敬し直すのである。
米国で暮らしていたとき、あまりに停電と電話の断線が多いので辟易した。さらに、ホテルの予約間違い、他人の電話代の請求、電車のダイヤの乱れなど、ひどいものがあった。米国の労働力の質の悪さには、ほんとうにあきれる。「カスタマーサービス」が繁盛するのもよくわかる。
それに一部を除いて、学生の学力も、態度もたいしたことはない。一部のエリートが国を動かしているということが良くわかる。
(ただし、学生の必死さは日本とは比べ物にならない。それは、「知=パワー=社会的階層」の関係があり、死活問題に直結するからだ)
中南米取材で、気付いたことがある。
それは、彼らが握手を求めてくる時、彼らの態度は、白人に対するものと同じではなく、同じ有色人種として親近感があふれているということだ。同じ有色人種なのに、ここまで頑張っているのは素晴らしいという意味があると感じた。つまり、彼らは我々日本人を同じ同僚、同じ人種と感じ、愛着を持っているのだ。
そして、「座頭市」というシリーズ映画が中南米で果たした影響も大きい。「強きをくじき弱きを助ける座頭市」は、貧しい中南米の人々、特にキューバ人には人気だった。それが日本人への親近感を少なからず醸成したことは間違いないだろう。
日本人が評価されている点は、工業製品だけではない。人柄もそうだ。それは、「座頭市」が果たした役割だけではない。世界中で働く日本人の姿、態度が、現地の人の評価を高めているのだろうと思う。
バングラデシュ・ダッカでの取材の際、取材拠点としていたホテルで毎日、タクシーをチャーターしていた。
そのとき、タクシーの運転手が、こう言っていた。
「俺は以前、米国大使館に運転手として勤務していたが、米国人は口笛で俺たちを呼ぶ。でも、俺は、犬じゃない。それに対して、日本人は口笛で呼ぶようなことはしない。人間として、同僚のように扱ってくれる。日本人は素晴らしい」と。
几帳面でまじめに働き、礼儀正しい日本人。
どんな人種にも対等に接する日本人。
大戦の痛手から平和主義を貫き、奇跡的な経済復興をなし遂げた日本人。
そして、白人ではない日本人。
もちろん、尊敬ばかりではない。歴史的に深い傷をアジア各国に与えたことは事実だ。
そして、経済発展の過程で、様々な問題を日本企業が引き起こしたことも事実だ。
しかし、取材を通して知ったのは、個々の日本人は基本的にまじめでよく働くこと。現地の人にも家族的に接するということだ。戦後一貫してはぐくまれた日本人への印象が、彼らの尊敬と握手につながっているのだろうと思う。
学生時代、私は日本という国があまり好きではなかった。
しかし、ジャーナリストとして外国で取材を続ける中で、少しずつ日本が好きになった。
それは、戦後、どの国にも侵略せず平和主義を貫いてまじめに働いて来たという事実、そして、いろんな便利なものを発明し、それが世界中の人々を幸せにして来た事実が、外国人から高く評価されているということを知ったからだ。
最近では「クール・ジャパン」と言われている。
私の愛国心は、世界中を回って、自分なりに自分の心の中に築いたものだ。だから、総理大臣や政府や軍から、強制されたくない。
私にとっての「美しい国」は、私の心の中にある。
(松野良一 記)
投稿者 matsuno : 00:11
2007年07月09日
「孤独から逃亡する者に成長なし」-気疲れの日常の原因を探る
クリエイティブになるには、情報を遮断することが大事であるということは、いろんな人が言っていることである。コシノジュンコさんも、スティーブン・キングもそうだ。
大学に通っていると、会社にいるときよりも処理しなければいけない情報がたくさんありすぎる。会社より大学の方が時間にゆとりがあり知的作業ができると思っていたが、とんでもない間違いだった。
その処理しなければいけない情報というのは、「気疲れ」。学生が、自分でものを思考できないので、いろいろ教えてあげなければいけないということ。最近の学生は、ここまで子どもになったのかと・・・。自分で考える努力をしない。
自分の学生時代を振り返っても、「自分の道は自分で切り開く」という強い意思があった。だから、一生懸命に考えた。私の周囲も、みなそうだった。日常的に議論しあっていた。天下国家についても、青い議論を重ねていた。教授と話をする時も、事前にかなりの準備をしていったものだ。
しかし、現在の学生は大違いだ。実習、研究計画、構成、カンパケ、就職活動まで、すべて面倒みてやらなければいけないというこの現実には、本当に疲れる。私にとって「処理しなければいけない過多な情報」とは、こうした自分の力で解決できない学生の悩みを引き受けて、それを解決しなければいけないということだ。
あまりにも、「思考をやめた学生」が多い。文章も極めて稚拙なものを書く。小学生が書いたのだろうかというものもある。就職活動前なのに、語彙力も漢字力も不足している。絶望的な気持ちにもなる。
決められた仕事をきちんとこなすことはできても、そこから少し離れた複雑な課題となると、なかなかできない。ある意味、「線形」な思考はできるが、「非線形」なものは苦手というのが現状である。
(「リニア」編集はできるが「ノンリニア」編集は不得意ということか・・・?)
言葉を変えれば、いろいろな事象から一般化できない。複雑な事象を図式化したり、単純なモデルを想定してみて、よりわかりやすく一般化するという能力が育っていない。意味のないもの、必要のないものは、どんどん捨て、重要なものを抽出する訓練をしなければならない。
高校までの教育はどうなっているのだろうか?皆と同じであればいい、学校のいいなりにやっていればよい、という教育を受けてきたからだろうか。それとも、危機感や自意識が足らないのだろうか。情報を必要なものだけに刈り込んでいく、そして、他者との相互作用をこなして、自分を確かなものにしていくという作業を行うことが必要だ。
それを阻害しているものは何だろうか。どーも、それが過剰なmixiへの依存だったり、ケータイ依存だったりするような気がする。自分だけにカスタマイズされた空間、他者からの返答への期待が、自分でものを考えるという力を低下させているような気がする。
そして、若者が「孤独」ときちんと対峙しなくなったことが問題の中心にあると思っている。いつでも、誰とでもケータイでつながることができ、メールでやりとりでき、mixiでやりとりをする。「孤独」とちゃんと向き合って、自分の存在について考えない。というよりも、そこから逃げている。「孤独」になって、自分でものを考えることが怖いのかもしれない。
しかし、「孤独」から逃亡する者は、成長しない。
それに、友人と面と向かって激論しあうという習慣は、どこに行ったのだろうか。本を読むという作業は、今の大学生には高等すぎるのだろうか。面倒だし、孤独な作業であるから避けたいのだろうか。ならば、映画やドキュメンタリーを見て議論するというのでもいい。とにかく、自分で感じて、考えて、それを他者と議論する。そしてまた考えるということを少しでもいいからやってほしいものだ。
最新の脳に関する理論によれば、人間はあふれかえる情報を感知し、そこから一般化をはかり、そこから自分の体と環境との相互作用で自分というものを据え置き、それで環境に働きかけて、自分の世界を広げていくというプロセスを展開しているそうである。「私」が働きかけた環境の変化をさらに感知し、そこからまた一般化を繰り返すというサイクルを想定できるという。
そこから考えると、余りにも処理しなければいけない情報は、刈り込む必要がある。そうしないと、正常な日常行動へのプロセスである一般化ができずにパニックを起こす可能性があるという。
現状の自分からすれば、いささか、処理しなければいけない情報が過多であるということであろう。学生も、すこしは独り立ちしてくれないと困るとつくづく思う。社会に出て、本当にやっていけるのだろうかと不安に思う。いや、私が心配することなく、さっさと、社会に任せたほうが良いのかもしれない。
自分で情報を処理して、自分でものを考えて、自分で行動してみる。そして、また行動の結果の情報を集めて分析し、さらに思考して、行動する。このサイクルを身に付けて欲しいものだ。
投稿者 matsuno : 00:38
2007年06月10日
「あなたは、なぜここにいるのか」。
人体の不思議展なるものを見た。

昔、ドイツ人だったか、欧州でこの手の新しい保存方法を開発したという話を聞いた。そして、その展示会が物議をかもしたというニュースがあった。
今回の展示も、欧州人なのかと思って見たが、よく観察するとアジア系の献体だった。すべて、生前に献体について合意されていますと表示されていた。しかし、本人は、死後に特殊なプラスチック加工をされて、こういうふうに衆目にさらされることまで了解していたのだろうか。
よく見ると、中国人とある。死刑囚からの臓器移植がたびたび報道されていたこともあり、この表示されている「生存の合意」については、どこまでなされていたのかと気になった。
しかし、そうしたインフォームドコンセントの問題、生命倫理的問題は別にして、これらの献体標本は、大変興味深いものであった。人間の体の構造を知る上では、実にすばらしいものだと思った。医学的科学的には、こうした新しい保存技術を使った人体標本を観察できることは有益なのかもしれない。
ただ、この献体標本は本物の人間である。特殊加工され、様々な動きをつけられた(演出された)人、弓を射る人、走る人、輪切りになった人。最後に、その人たちの「目」を見ると、なんとなく悲しげに見えた。まぶたの様子から、明らかにアジア系とわかった瞬間に、この標本になった人の過去に思いをめぐらせてしまった。
どうして亡くなったのだろうか。どうして献体を許諾したのだろうか。解剖ではなく、標本になることになぜ同意したのだろうか。ボランティアだったのだろうか、それとも残された家族のために何某かの金銭をもらったのだろうか。あるいは、・・・。
フィリピンで臓器売買を合法化しようという動きがあるなか、ふと、献体の人の過去を想像してしまった。
皮をはがれ、筋肉組織と臓器がむき出しになった身元不明のアジア人に、私はそっと話しかけた。
「あなたは、なぜここにいるのか」。
そして、同じことを、自分にも問いかけた。
会場の出口付近で、DVDが売られていた。一瞬、買おうかと思ったが、買わずに会場の外に出た。
外には、さわやかな青空が広がっていた・・・。
投稿者 matsuno : 18:43
2007年05月10日
桃李無言、下自成蹊

調布市のあるファミレスで見つけた言葉。「桃李無言、下自成蹊」 。
高校の漢文の時間に習ったのは、「無」でなく「不」であったが、意味は同じ。
私は、とても好きな故事である。
「桃李不言、下自成蹊」 (桃李言はざれど、下自ら蹊を成す) 出典は、『史記』の李将軍伝賛。
桃李言はざれど、下自ら蹊を成す。つまり、桃やすももは何も言わないが、美しい花やおいしい実があるため、自然と人々が集まるので、その下には、おのずから小道ができる、という意味である。転じて、人望がある人のところには、派手に宣伝したり、政治的に動かなくても、自然と人々が集まってきて尊敬を集めるという意味だと習った。
世の中には、実力もないのに、声だけ大きくて、政治力だけで動かそうとするが多すぎる。困ったものだ。やはり、本人の努力とほとばしる人間性によって人望を集め、自然と人々が集まってくるというのが理想である。
私も日々、精進したいと思った次第である。
良く見たら、「桃李不言、下自成蹊」もありました。
投稿者 matsuno : 22:18
2007年05月02日
教職に向いている学生(「新聞ブログ」秘話③)
今回の沖縄における「新聞ブログ」プロジェクトで、もう1つ、わかったことがある。それは、教職に向いている者と向いていない者の違いである。
北谷町のプロジェクトに参加していたゼミ生に、担任の先生が声をかけた。「君たち、子どもたちの扱いがうまいねー。先生に向いているよ。教職とっているの」。しかし、残念ながら、ゼミ生たちは教職をとっていない。
担任の先生の話では、教職に向いているのは、知識があるだけではなく、子どもたちの関心をひき、騒いでいてもピタリと黙らせ、指示をきかせることができるカリスマ的能力を持っていること。そして、それでいて、子どもたちから好かれることだという。
ゼミ生たちは、多摩探検隊、子ども放送局などの厳しいゼミ活動で鍛えられていることもあり、子どもたちをまとめていくことに苦労はなく楽しかったようだ。しかし、そういうプロジェクトを日常的にこなしていない普通の学生が、実際の小学校で6年生たちを指導して「新聞ブログ」を作らせるのは大変であろう。児童が言うことを聞かなくなり、学級崩壊してしまうかもしれない。
昭島子ども放送局でも、校長先生がこういうことを話されていた。「最初、どんなかなと思ってみていたんですが、実際に学生さんが子どもたちを指導する雰囲気、態度を見て、ああ、これなら任せられると判断したんですよ」と。
つまり、我々は、児童を指導できるかどうかの能力、教職としての適性をチェックされていたわけだ。うーん、さすが校長先生である。
つまり、教員に最も必要されるのは、学科もさることながら、その人間性、リーダーシップ、マネジメント能力などであるということだ。現在のままの教職課程、教員採用試験では、学科だけできる者が受かりやすい。学科だけできても、実際の教室にはいったら、不適応を起こしてしまう教員が出てくるだろう。
教職課程、教員採用試験についてはいろいろ工夫がされてきているが、さらに実践的な形に変えていく必要があるだろう。
さて、改めて教職について考えると、昔は、大学生はかなり多くのものが教職の単位を取っていたように記憶している。ところが、最近の学生は教職の単位を取らないのだ。なぜか。とても単位数が多くて教育実習、介護実習もあり、遊ぶヒマがなくなるからかもしれない。
しかし、個人的に思うには、ドブネズミ的サラリーマン生活をするよりは、教職の方がずっと人間的でよいのではと思う。人間を相手にできることは、利益という数字を相手にするよりは、ずっと価値があるような気がする。
ゼミ生の多くは、教職には目もくれずに企業へ就職していく。学校というこれまでいた場所よりも、企業にはもっと広い世界があると思っているのかもしれない。しかし、企業社会に入ったゼミ生の中にはきっと、大学時代に小中学校でやったプロジェクトの方が楽しかったと思う者が出てくるはずだ。
団塊の世代がどっと教職からリタイアする時代。もういちど自分の適性と進路を考え、教育職を目指す学生が出てきても良いのではないかと思う。
ただし、最後に断っておくが、教職としての適性と能力があればの話である。
投稿者 matsuno : 00:19
2007年04月27日
学業の偏差値とは違う「できる子」の発見(「新聞ブログ」秘話②)
今回、沖縄で「新聞ブログ」の実証実験を行って気付いたことの1つは、学業の偏差値とは違う「できる子」がいるということである。
その「できる子」というのは、ペーパー試験で出された問題に対し機械的に解答できる優等生ではない。なんというか、感性が鋭くて写真を撮ったり記事を書くのが上手であること。新聞づくりや映像表現は、通常の学力だけではない能力が必要である。好奇心が旺盛で、クリエイティブで表現能力が高いこと、そして何といっても、新聞を作るのが好きなことである。何かを見つけ、面白がり、そして、表現することが好きなことである。ある意味、これがジャーナリストとしての原点かもしれない。
修学旅行の写真をいくつか選び、そのときの思い出を、5W1Hで構成して記事にしていく作業を班ごとに行った。大変なのだが、そういうものが好きな子はいる。同じ班のメンバーと議論しながら、方向性をマネジメントしていく。構成し終わると、一気に、テンプレートにローマ字打ちしている。それも、班で一番早く打てる子に指示して、全体として新聞作りを進めていっているのである。
私が担当した班にも、2人ほど優秀な子がいた。1人は男の子、1人は女の子だった。新聞が完成した後に、担任の先生に、「あの2人は成績もいいでしょう?」と聞いたら、「いや、普通ですよ」という答が返ってきた。私が驚いたら、担任の先生の方が「へー、あの子どもたちがねー。記者としての才能があるのかも・・・」と喜んでいらっしゃった。
私は、他の班の面倒も少しみたが、ここでもジャーナリストとしての才能のある子はいた。この子についても、担任は「いやー、普通です」。
しかし、そういう新聞作りに向いている「できる子」は、確かにいるのである。これは、これまでの知識伝達型を主流とする学校教育の範疇にはなかった能力ではないだろうか。ジャーナリストとしての才能を持つ子どもがいるということを、この「新聞ブログ」プロジェクトで発見したような気がした。
好奇心を持つ、相手に質問する、面白がる、メモしたものを記事にする、そして新聞として表現することが好き。こういう「できる子」は、何かを作り上げる、表現する、他の人とコミュニケーションするといったことが好きである。
これまでの一方向の授業も、知識伝達する上では重要ではある。が、「新聞ブログ」のような経験型、参加型、双方向型の授業も、どんどん学校教育に取り入れると、子どもたちの様々な能力の開発や育成に役に立つのではないかと思った。
投稿者 matsuno : 22:30
2007年04月25日
作文が好きになる方法(「新聞ブログ」秘話①)
シックスアパート社と共同開発した「新聞ブログ」の運用実験を沖縄県内の2つの小学校でおこなった。
http://www.matsuno-lab.com/newspaper/
その結果、いろんなことがわかった。
1つは、作文がみな嫌いだけど、この「新聞ブログ」を使うと最後は好きになるということである。そんなことがあるのか、と疑問に思われるかもしれないが、本当である。私もびっくりした。
小学校で、原稿用紙を配られて、先生から「作文を書きなさい」と言われると憂鬱だった。作文が好きな子なんて、クラスで国語の好きな女の子が1,2人いるぐらいだった。そもそも、作文の指導にあたっては、「独創的な視点で」とか「感動的な表現」というのが基準にあるらしい。そんなもの、教諭でも書ける人少ないのではないかと思う。
小学校の作文の時間に、書くことがなくて「作文はなぜ嫌いか」を書く児童はクラスに数人はいるらしい。自分の小学校時代を振り返ってみても、「作文嫌い」そのものを題にして作文を書いて先生に怒られていた奴がいたことを記憶している。
今回も、沖縄の北谷町立浜川小学校で「作文嫌いな人は?」と聞いたら、みんな手をあげてしまった。しかし、このプロジェクトが終了し、下校前に「作文好きになった人?」と聞くと、皆手をあげていた。なぜだろうか。
実は私も、その答は、運用実験をやっていて、途中で気付いたのだ。まさに、目からうろこだった。
最初に、この「新聞ブログ」を動かすために、記事の書き方を教えた。新聞記事の基本は、5W1Hである。いつ、どこで、だれが、何を、どのようにどうした(どうなった)、なぜ。
これを教えるのに、ある手法を使った。それは、あるゼミ生を生け贄にして、小学生たちから質問攻めにしたのである。というと聞こえが悪いので、小学生を記者にして、このゼミ生にインタビューを行い、「人物像」を描きださせたということにしておく。
質問は、いろいろ出た。「何歳」「どこから来た」「なぜ来た」「どこに住んでいる」「好きな食べ物は」「沖縄は何回目」「沖縄の好きなところは」など。出色なのは、「なぜ東大に行かなかったんですか?」(行けなかったのですか、の間違いだろうが・・)。
ばらばらに出された答を、5W1Hに並べ変えていくと、不思議にも、新聞の文章になっていく。それも、すらすらと書けていくのである。つまり、書く材料がふんだんにあるので、その材料をうまく文章として料理していけるのである。ばらばらの材料である「情報」を、いろいろ料理して「文章」という形にしていくのである。材料が一杯あるから、400字ぐらいは、あっという間に埋まってしまう。児童たちが、あまりに書きすぎるので、カットする方が大変だった。
事実関係を書き、そして、自分の感想をつけていく。記事だけど、よく読むと、作文になっている。驚いた。
「新聞ブログ」は、トップニュースが400字なので、取材という作業を行うことによって、あっという間に記事を書くことができるのである。
自分たちが持っている「もっと知りたい」という欲求を、質問、インタビューという形でぶつけ、相手から答を引き出すという取材行為は、小学生たちにはとても新鮮で、とても楽しかったみたいだった。そういう経験はあまりないみたいだ。
つまり、現在の国語教育は、文章読解が主である。取材するという能動的な行為を踏まえて材料を集め、それを執筆していくというジャーナリズムの本格的な体験は、やられていない。本当は、これが、児童の内発的動機づけには極めて効果があると思う。
さて、もう1つ、彼らのモチベーションを上げたのは、ブログというツールの面白さである。書き上げた文章をテンプレートに打ち込む。そして、撮影してきた写真をアップロードする。最後に「保存」のボタンを押す。そうすると、一瞬にしてWeb上に自分たちの書いた記事が新聞風のレイアウトで登場するのである。自分たちの取材活動、執筆活動という努力の成果が、目に見える形でWeb上にアップされるのである。
努力の成果のフィードバックがタイムラグなしでなされると、教育効果が大きくなるのは言うまでもない。そして、Web上だけでなく、印刷するとA3版の新聞になる。印刷された自分の記事と写真。それは、小学生たちには、かけがえのないものになったにちがいない。
今回は、小学校の隣りにあるそば屋とケーキ屋に取材に行ったが、そば屋の親父さん、ケーキ屋の親父さんも快く取材に答えてくれたらしい。そして、やはり児童たちの質問攻めにあったようだ。子どもたちの好奇心あふれる笑顔が想像できる。文章も、書きすぎて削られていた。それだけ、取材という行為は、作文というものへの抵抗感を減少させるだけでなく、文章を書くという行為の面白さにつながっていくのだろうと思った。
私も新聞記者であったが、どんなに苦しくても、楽しかった。それは、記事を書いた翌日には、新聞紙に自分の記事が掲載され、それをしっかりと自分の目で確かめることができるからである。
投稿者 matsuno : 21:26
2007年04月17日
東国原知事の記者会見問題について考える
宮崎県の東国原知事が、「記者会見は定期的にやる必要があるのか。何かあったときだけでいいじゃないか。県民のために時間を使いたい」という発言をして、記者団ともめる一幕があった。
この問題は、いろいろな意味を持っているので書き留めておく。1つは、東国原知事の認識不足の問題。もう1つは、記者は本当に職業倫理を持って、県民の「知る権利」にこたえているのか、という問題。
知事の言い分は、県民のために、という言葉があるので、一見もっともらしいのであるが、実は「記者会見は本来は、県民のため、納税者のため、国民のためにあるのだ」ということを忘れているのではないだろうか。
インターネットの時代、市民メディアの時代になったとはいえ、権力側に接触できるのはマスコミしかない。そもそも、名もなき市民、県民が、知事に面と向かって質問を浴びせたり、インタビューしたり、疑惑を追及できるとは、現時点では思えない。そうなると、まだまだ取材を職業としている記者の力は必要である。
だから、知事が定期的に記者会見を開いて、情報を公開し、さらに記者団からの質問に答えるということは、最終的には県民の「知る権利」にこたえるということにつながる。もし、「何かあった場合に記者会見すればいいでしょう」ということになれば、都合が悪い時、隠したい話題の時には、記者会見を開かないということになりかねない。定例記者会見は、ある意味、権力者と「知る権利」にこたえる使命を持った記者団とのせめぎあいの場所でもあるわけだ。
しかし、ここで問題なのは、記者団は本当に市民、県民、国民のために、「知る権利」にこたえるために、ジャーナリストとしての職業倫理に基づいて仕事をしているのか、ということである。逆に、新聞社、テレビ局の私企業的利益、あるいは個人的利益を優先させ、県民のことを忘れていることはないだろうかということである。
スクープ合戦は、プラスに働くこともあるが、マイナス面も大きい。ただ、他社を出し抜くことだけで満足し、肝心の県民のためにという意識は失われていないだろうか。
また、記者会見に漫然と出席し、ありきたりの質問をし、ありきたりのやりとりだけで、記者が満足していないだろうか。
さらに、「記者クラブ制度」に基づいた既得権にアグラをかき、偉そうな態度で取材してないだろうか。フリーの記者や外国人ジャーナリストに対し、排他的な態度を取っていないだろうか。
東国原知事の発言は、不必要な記者団の反感を買ったように思える。しかし、「記者が本当に県民の立場に立って、ジャーナリストとしての職業倫理をもって仕事しているのか」、という問いかけのようにも聞こえた。
記者は、一体、誰のために仕事をしているのか。単発的なスクープ合戦だけでなく、もっと深みのある熟成した記事を書いて欲しい。
自分の記者経験を自省しながら、書き留めておく。
(松野良一記)
投稿者 matsuno : 13:17
2007年04月16日
選挙カー
統一地方選の後半戦である。
毎日のように、選挙カーがやってくる。
毎日のように、候補者がパフォーマンスを繰り広げている。
自宅で原稿の締め切りに追われている時、選挙カーがやってくると、「あーっ!!」とうめいてしまう。集中力が中断されてしまうからだ。
しょうがないので、演説をしばらく聴く事にした。昔みたいに、絶叫型の演説ではなく、しずかな語り口であった。
演説の内容は、区の予算規模、それで何を作ろうとしているのか、今本当に必要なものは何か、という主張であった。
私は、社会部記者時代に事件ばかり担当していたので、東京都政や区政には詳しくない。それでも、世田谷区が一番進んでいたと記憶している。現在でも、世田谷区は、中学生まで医療費が無料など進んでいる(今では、他の区も、そうなりつつあるが)。
必要な建物は建て替えなければならないが、不必要な建物は要らない。住民が一番望んでいることは、医療、福祉、教育という最も重要な分野のサービスを充実させることだろうと思う。
最近、「安心」と「安全」が行政のキーワードになっているが、それが公共事業ばかりでは困る。本当の住民のニーズを把握し、そのニーズにこたえて欲しいところだ。
住民が本当に望んでいるものと、官が税金でやろうとしているものが、乖離している様を、記者として長年見てきた。いったい、誰のための行政なのか、候補者はもう一度考えてほしい。
投稿者 matsuno : 23:31
2007年04月07日
桜の花は色あせたのか・・・

朝、通りがかりに、桜の花をしばらく見ていたら、近所のおばあさんが声をかけてきた。
「最近の桜は、色あせてねぇー。なんだか、白っぽいんだね。昔は、花びらの色が濃かったんだよー」。
私は、そう言われてみれば、確かに昔に比べると白っぽくなったような気がした。酸性雨のせいだろうか、排気ガスのせいだろうか、それとも地球温暖化のせいだろうかと思いをめぐらせてしまった。
しかし、そんなことがあるのだろうか。桜の品種自体が変化したとは思いがたい。単なる気のせいじゃないだろうか。
一応、おばあさんの言葉にうなづいていると、そのおばあさんは、こう続けた。
「昔の軍人さんは、ぱっと咲いて、ぱっと散っていったんだね。みんな若くして死んでしまって・・・」
桜の花を見つめる、すっかり腰の曲がってしまったおばあさん。その後ろ姿を見ていると、きっとこの方の身内にも戦死者がおられるのだろうと推察した。亡くなった方が親なのか兄弟姉妹なのかは聞かなかった。けれど、なんとなく、わかった。
桜の花の色について、思いをはせた。愛する人たちといっしょに見た桜の花の色は、きっと今よりも濃かったのだろうと・・・。
「それじゃ」と言って、その場を離れようとすると、「いってらっしゃい」と声をかけられた。
駅へ向かう道には、昔より白っぽくなったという桜の花びらが、春風に舞っていた。
(松野良一記)
投稿者 matsuno : 14:14
2007年03月27日
ベネディクト・アンダーソン

あの「想像の共同体」の著者が、慶応大学で講演をするというので、出かけていった。
一番印象的だったのは、デジタルメディアとナショナリズムとの関係である。彼は、インターネットの時代に、情報を個人がカスタマイズできるようになり、自分の気に入った情報にしか接しないようになったと語った。これは、キャス・サスティーンの指摘と同じ。
アンダーソンの指摘が面白かったのは、やはり、ナショナリズムとの関係であった。つまり、これまでは、移民は市民権を得た国に少なからず染まっていくものであったが、現在では、インターネットがあるため、アイデンティティを祖国に持ち続けるのではないかという指摘である。つまり、アイデンティティをPCの中に入れて持ち運んでいるのではないかというのだ。
彼は、これを「ポータブル・ナショナリズム」と読んでいた。
私も米国に住んでいた時に、よく日本の食材屋に行き、ついでに日本語の本を買い、ビデオを借りていた。しかし、それでも米国文化との接触時間の方が、圧倒的に長かった。しかし、現代においては、インターネットがもっている力は大きく、アイデンティティを祖国にもち、PCさえあればそれを持続できるようになった。
インターネットによってフラットな世界になったと指摘したのは、フリードマンだが、それは「言語」によってボーダーレス化が始まったということである。逆にいうと、英語圏、スペイン語圏、中国語圏という「言語」によって、まったくあたらしい空間が誕生し、国境を越え始めたということだろう。「言語圏」による新しいナショナリズムが生まれることにつながるのだろうか。
そういう意味で言えば、日本は孤立化が進むのかもしれない。
良い講演会だった。満足。
投稿者 matsuno : 12:45
2007年03月21日
君たちの将来に幸多からん事を祈る。
FLPゼミ2期生の追い出しコンパがおこなわれた。
就職活動中の3期生に代わって、4期生(2年生)が、仕切った。
私は、そもそも学生を送り出すようなイベントで、これまでウルウル来たことはなかった。ましてや泣くようなことは全くなかった。
本当に手のかかる昨今の学生の将来を心配して、いろいろ面倒見ざるをえないので、やっと就職内定して卒業していくのかあ、とホッとした気持ちで一杯になるのが常だった。
しかし、今回の追コンだけは、不覚にも私も最後のあいさつで、声を詰まらせてしまった。
他の学生の嗚咽にも似た泣き声のBGMが、かなり効いていたのかもしれない。いろんな人が送ってくれた電報が心を打ったのかもしれない。
ただ、はっきり言えるのは、大学の教員になって本当に良かったということである。これから社会へ飛び出していく若者たちが、ゼミで学び何かを得たと言ってくれることほどうれしいことはない。
東大を落ちて失望のまま入学し、たままた叩いた門が、このゼミだったと語った学生は、4月から新聞記者として羽ばたく。
司法試験を目指していた学生は、このゼミに入ったおかげで、「法曹から放送」へと華麗なる(?)転身を図ってしまった。いつかテレビで、彼がリポートしている姿を見ることになるだろう。
他にも、ここには書ききれないほどの様々な物語がゼミで展開された。彼らに、すこしでも生きる力を与え、仕事の面白さを伝えることができたのなら、私は幸せである。
そして、気付いたことがもう1つある。それは、彼らにとって、ゼミ活動というのは学校だけではなかったということだ。私が知らないところで、先輩が後輩の面倒をいろいろ見ていた。だから、後輩たちが嗚咽状態になっていたのだ。
中央大学は、都心から八王子に全面移転するという大きな失敗をしてしまったが、6学部をつないだFLPというゼミを作ったことだけは、正解だったのではないかと思う。
卒業していくゼミ生の皆さんの将来に幸多からんことを祈ります。また、会いましょう。
投稿者 matsuno : 23:39
2007年02月23日
昭島子ども放送局
ゼミで制作している「多摩探検隊」という地域再発見番組の第35回が完成した。今回は、昭島市の湧き水とその水を使ったシイタケ栽培農園のリポート。
「リポート」と書いたが、実際にリポートしているのは大学生ではなく、小学生である。昭島市立つつじが丘南小学校の6年生である。ゼミ生は、TA(ティーチングアシスタント)を務めた。
「昭島子ども放送局」いうプロジェクトを始めて、今年で3年目。小学生たちが番組制作を行って、その番組は実際にCATVに流れる。今回の作品は、「多摩探検隊」として、多摩地区の5つのCATVで放送される予定だ。
このプロジェクトについて、同小の新井啓子校長は、「国語の文章の構造化と同じ」と語る。ばらばらの材料を集めてきて、それを物語になるように構造化し、構成する。そうすると、文字であれば作文になるし、映像だと番組になる。新井校長先生は、「芸術的な表現よりも、説明文が大事」という。つまり、普通の淡々とした描写を、構造化して、並べていくことが、結果的にわかりやすく感動を伝える文章になるというのだ。
これは、映像でも同じである。ナレーションで、コテコテの感情的な表現、たとえば悲しいとかうれしいとかいうダイレクトな表現をするよりも、説明的な文章で表現したほうが物語が良く展開できることに似ている。主人公が悲しければ、悲しいというよりも、北風に舞う枯葉のカットを入れるほうが表現的に優れている。コテコテの表現よりも、きちんと状況を説明するほうが、視聴者には伝わり易い。
これは、小説にも言えることだ。淡々とした説明的表現を読んでいくうちに、より内面的なもの、洞察に満ちた感性を、読者は読み解くことができる。
今回の第35回「多摩探検隊」では、小学生たちが禅寺の和尚さんと、シイタケ栽培農園のおじさんへインタビューをしている。淡々と進むドキュメント風のリポート番組だが、そこには笑いと郷土愛があふれている。いつも思うのだが、小学生たちが作る番組は、不思議な魅力をかもし出すのである。
子どもたちのリポートは、見る人をとってもハッピーにする力を持っていると、プレビューの場で思った。
小学生たちをサポートしたゼミ生の成長ぶりも、光っていた。小学生も大学生も、場を重ねることによって確実に進歩するものだと痛感した。
2007年02月18日
黄昏の校庭
2007年02月16日
何気ないベンチ。実は・・・。

京王線のホーム。何気ない風景。
いつも座っていたベンチが、なんと!
「パスネッ」トでできていたんですね。
今日まで知らなかった。
驚いた。
(知らなかったのは、私だけかも・・・?)

すこし、読みにくいが、
「このベンチは、皆様の使用済みパスネットカード等を再利用し作りました」とある。
いろいろ調べてみたら、切符は、トイレットペーパーに。
定期券やパスネットは、ベンチになるそうな。
いいことやっているじゃないか。
・・・と思ったが、どうも、一説には、リサイクルするには、通常のベンチつくるよりもお金がかかるらしい。
エコは素晴らしいが、経費もかかるということでしょうか。
究極のエコは、やはり非接触型でしょうか。スイカやエディのような。
プラスティックを消費しなくていいので。けっこう、奥が深い。
投稿者 matsuno : 23:49
2007年02月11日
春の兆し
最近、物騒な事件が続いている渋谷区で、「春の兆し」を発見。
沈丁花(ジンチョウゲ)。
まだ、少ししか花が咲いていないのに、その香りは、信号を待つ人たちに確実に届いていました。

投稿者 matsuno : 17:08
2007年02月10日
たかが映像、されど映像・・・
マスコミの世界で20年以上働いて、大学という環境に入ったが、そこで学生に感じたのは、次のようなことだった。
「とろい」
「不真面目」
「無責任」
「いいかげん」
「志(野心)の欠如」
「段取りが下手」
「マネジメント能力欠如」
「リーダーシップ欠如」
「基礎学力不足」
「受身」
「礼儀と敬語知らず」
11もあり、途方に暮れたのである。ほとんどの教員は、こういう問題は大学教育の範疇ではない。本人の問題だと言うのだろう。が、マスコミの現場で修羅場をくぐり抜けてきた者としては、「ゼミ生ぐらいはなんとかしなければ・・・」と思った。
人生は自己責任だから・・・。そう言ってしまえば、大学だから、それで済む。しかし、学生がかわいそうに思えてならない。社会で生きていけない連中が多く、このまま送り出すと、きっと脱落していくのではないかと不安になった。
またやっかいなのは、マスコミ希望者が私のゼミに来るのである。
マスコミは、東大などの有名国立大学、早稲田、慶応といった連中がひしめき、そのなかでも、野心や自尊心の強い「ギラギラした奴」がうごめいている場所である。
まずマスコミに受かるのが大変だし、入ってからも大変である。そもそも就職活動する以前の問題、つまり11個の課題をクリアしなければ、とてもとても、「私は、マスコミ志望です」などと言えないぐらい難しい業界である。
こうした絶望的な状況が、すこしだけ変わるきっかけがあった。
私のゼミでは3年前、「多摩探検隊」という番組を制作して多摩地区のCATVで放送するという活動を開始した。この活動は、地域情報化のツール、市民メディアのモデル作り、機能分析という研究を目的にやりはじめたものだった。
しかし、それは甘かった。11もの問題を抱えた学生が、こういう番組制作などというメディアでも最も難しい作業をこなせるわけがないのだ。だから、最初は、自転車操業状態。私も、体を壊した。
それが不思議なもので、少しずつだが、ノウハウを蓄積し先輩から後輩へ伝承し始めた。毎月放送される番組も、国内のコンテストで入賞するようになった。番組のレベルも、最近はかなり高くなったように思う
私が最も驚いたのは、11もの問題を抱えた学生は、1,2年で、急激に成長し、ある程度改善するという事実だ。
そもそも、普通の社会人でも、この11をすべてこなせる人などいないだろう。程度の差の問題である。最近は、いろんな企業の方やマスコミの方が取材にこられるが、どの方もゼミ生の態度に驚かれる。「まだ2年生なの?4年生かと思った」「鍛えられてますねー」。
番組制作というものは、企画を立て、アポを取り、現地に行って事前取材し、構成を立て、そして撮影に行き、さらに構成を立てて、編集作業を行い、いろんな先輩に叩かれ、そして、一本わずか数分の作品をパッケージ化する。とてつもなく手間がかかり、気絶するぐらい面倒な作業である。
こうした作業は、映像制作というスキルだけでなく、人間性を鍛える上でも役に立つと、最近確信している。身なりや言葉遣い、取材先とのコミュニケーション、安全管理、チームワーク、面白ければ苦労は乗り越えられるという実感、そして、完成させて放送されれば自己効力感も向上する。
すさまじく口の堅い職人さんが、多摩地区にはたくさんいる。「撮影はうっとおしい」と言って断る人もいる。朴訥で、なかなか心の内を語ってくれないガンコ親父もいる。しかし、そういう世代の違う人たちのところに、何回も何回も足を運んで話をする。そうしているうちに、向こうが根負けして、すこしずつ話し出してくれる。最後は、若い学生たちと不思議な信頼関係が芽生えている。
こうした経験は、ジャーナリストになってからも、十分いかせるのではないかと思う。
そしてなにより、自分の足で多摩という地域を歩き、実は多くの未発見のものが存在するのだということに気づくという点が、面白いのである。これもまた、新聞記者になって地方に赴任して取材するときは役に立つし、何より楽しんで仕事ができる。
途中で、「ゼミ活動やっていると遊べない」と言って去っていく者もいる。しかし、最後まで生き残った者は、何某かの成果を握り締めて卒業していく。そのころには、11の問題はかなり改善されている。
大学のサーバーが消滅しない限り、自分が苦労して制作した作品は残り続ける。社会に出てもネットにアクセスして作品を見れば、そこに自分の青春の輝きを見つけることができるのである。
マスコミ業界にも毎年数人は受かるようになった。しかし、それは結果である。それよりも、もっと大事なものを、ゼミ活動を通して体得してくれていれば、私はうれしい。
たかが映像、されど映像である・・・。
*ただ、活字による訓練もあわせてやらないといけないのであるが、その話は、また別の機会に。
投稿者 matsuno : 23:06
2006年12月27日
テーミス像の不思議
大学のキャンパスに突然現れた女神の像。
テーミス像と書いてあるのだが、英語では通常は「Lady Justice」というそうだ。
弁護士事務所を開設している卒業生が寄贈したと記されている。
天秤は公正を、剣は権力・正義を表しているという。

さて、このテーミス像だが、謎が2つほどある。
1つ目は、通常は目隠しをしているのだが、この像はしていない。なぜだろうか。
目隠しは、先入観・偏見の排除を 意味するのだそうだ。
ちなみに、最高裁判所のテーミス像もしていないそうだ。
しかし、法務省の法務大臣室の像は、目隠ししているらしい。
2つ目は、通常は「右手に剣、左手に秤」らしいのだが、この像は逆に持っている。
外国にある像は、ほとんどが右手-剣、左手-秤である。
日本では、最高裁判所が「右手に剣、左手に秤」で外国と同じだが、法務大臣室の像は「右手に秤、左手に剣」で中大の銅像と同じである。
ただ、外国にも稀に「右手に秤、左手に剣」で中大の銅像と同じものもあるらしい。
法学が専門じゃないので、私には分からないのだが、もし根源的に右と左に何か意味があるのであれば、ぜひ教えて欲しい。「目隠し」も、あるなしの意味を知りたい。
まさか、銅像屋さんの好みというわけじゃないでしょうが・・・。
しかし、建立の場所は、もうすこし良いところにして欲しかった。
「斜面」に建てることはないと思いますね。
銅像は、やはり大学のアイデンティティ形成に大きく作用するので、もうすこし良いところに設置して欲しかった。
投稿者 matsuno : 22:06
2006年12月21日
平和で安心して暮らせる民主的な社会
結局、私の研究室にできることは何だろうか。
活字だけでなく、映像、そしてWebという表現ツールを学ぶわけだが、最終的には、何を目標としているのだろうか。
最近、あらためて、そういうことを考えた。
商品を売るためのPRに使うこともできる。
政治的プロパガンダのツールとして使うこともできる。
ヒトラーやゲッペルスがやったように、ナショナリズムや戦意高揚のために使うことももちろん可能だ。
しかし、せっかく様々な表現のツールを学んだのだから、私たちはそれらを崇高な目的のために使うべきではないだろうか。
平和で、人々が貧困や恐怖にあえぐことなく、生涯安心して暮らせる民主的な社会。それが最も尊いものであることを、もう一度、人々に知らせ自ら確認することが大事ではないだろうか。
・・・、という結論に達した。
そういえば、学生たちよ。君たちは61年前にタイムスリップすれば、特攻隊としてゼロ戦に乗っていたかもしれない。沖縄へ水上特攻する戦艦大和のデッキの上に立っていたかもしれない。あるいは、軍需工場に借り出され、毎日、空襲におびえていたかもしれない。
君たちが、戦争体験者の声を直接聞くことができる最後の世代であることは間違いない。
戦争の記憶を記録し、つむいでいく。普通で平和であることがいかに素晴らしいことであるかを表現していくしかない。力まずに、ただ淡々と・・・。
投稿者 matsuno : 15:29
2006年12月20日
「ぜったいうまい!!ぶた」、だそうだ。

そう言われましても・・・。
赤坂、TBS付近で、発見。
投稿者 matsuno : 21:06
2006年12月16日
吉岡秀人医師の講演
ゼミ生が制作したドキュメンタリー「いのち輝くとき~歴史に生きる日本人医師」(江口友起監督)の主人公、吉岡秀人医師が大学に来られたので、講演を聞きに行った。
ドキュメンタリー作品は監修を担当したので何回も見ていた。しかし、さすがに最後の場面ではウルウル来てしまった。
そして、映像も感動的だが、吉岡先生の講演も、実に感動的であった。ドキュメンタリーで彼が語っている内容の意味が、さらに深いところまで理解できたように思う。
1、短期間で山を登ろうとする人と30年かけて山を登ろうとする人は違う。生涯をかけて登り続けようとする人は、「今」を楽しむことができる。「今」を生きれるようになる。
2、断崖絶壁から見る風景は美しい。でも、皆手前10メートルで止まっている。
3、歴史は振り子である。過去の豊かさは未来の豊かさに一致する。
4、墓参りは、自分自身と向き合う作業である。先祖の記憶はDNAの中にある。
5、人の命ははかない。人の死は、明日の自分かもしれない。今を本気で生きたい。
6、吉田松陰、千葉周作の名言など
彼の言う、歴史を自分に宿す、歴史に生きるということがすこしわかったような気がした。
若い人たちには、ぜひ彼の生の講演を聞いて欲しい。
投稿者 matsuno : 21:53
2006年12月14日
漢字検定DS、ふーん。
ふーん。漢字検定の練習がDSでできるとは。
でも、これって、携帯でできたらもっとヒットだろうな。携帯だったら、勉強になるからね。単なる時間つぶしのゲームとは違うから。
投稿者 matsuno : 00:28
2006年10月20日
カラス瓜は、まだ黄色い
自宅近くの小学校のフェンスに、なんとカラス瓜。
まだ黄色い。
しかし、こういうたわいもないものを撮影する場合でも、
やはり、怪しいと思われるのではないかという不安がある。
小学校のフェンスだから、ことさらである。
世知辛い世の中になったものです。
「瓜田に履を納(い)れず 李下に冠を正さず」
ということも十重分かっているのだが、このカラス瓜は、小学生時代に「手りゅう弾」といって、投げあっていた思い出があったので、ついつい写真に収めてしまった。
「手りゅう弾」とは物騒であるが、そのような形をしているのである。
真っ赤に熟れたカラス瓜は、絵になるんですよね。また。
<後日談>
悲しいかな、数日後に塀の大掃除とかで、このカラス瓜は撤去されてしまいました。
ああ、赤くなるまで見たかった・・・。
投稿者 matsuno : 23:51
2006年10月17日
日本ハム優勝の裏に
クローズアップ現代によれば、日本ハムの優勝の裏側には、緻密な評価システムによる人材登用作戦があったという。
日本ハムという会社自体は、不祥事があったことがまだイメージに残っている。野球チーム・日本ハムファイターズも、風采が上がらない在京球団というイメージしか持っていなかった。
しかし、チームが北海道に移動し、なんとなく盛り上がっているなあと思っていたら、今期はいきなり優勝。とても不思議な気持ちがしていた。
クロ現は、その謎について解説をしていたのだが、驚いたことは、独自に開発した評価システムが存在したこと。そしてそのシステムで、一見うだつのあがらない選手をいろいろなところから「安く」集めてきて育て、試合に効果的に投入したという点である。
マイケル中村がセーブ記録を打ち立てたが、そもそもマイケルって誰って感じだった。そういう人材を見つけて育てた極秘システムがあったとは、驚いた。
しかし、あの江夏豊、豊田清の記録も塗り替え、パシフィック・リーグの歴代シーズン最多セーブ記録39セーブを上げたことには、本当に驚いた。
もう1つ、面白かったのは、ヒルマン監督が26歳からメジャーで監督の修行を積んできた点。そして、ヒルマン監督が、日本では日本人のメンタリティに合致した野球をやろうと方向転換を決心した点である。
メジャーリーガーが、がんがん打ってくるのに対し、日本人選手はバントを多用する。
こういうバント作戦について、
①日本人選手は自由よりも役割を与えられると安心する
②日本人選手はパワーで逆転できないが、仕事の質は極めて高い
、の反映だそうだ。
さらに、ヒルマン監督は、リリーフ投手が、経験のある捕手の指示を求めていることを発見し、投手交代の際には、捕手もセットで試合の終盤で代えたそうだ。つまり、抑えの投手と抑えの捕手をセットでマウンドに送ったわけだ。
投手の勢いで、ガンガン攻めるメジャーリーグとは大きく違う作戦を取ったというのだ。
この番組は、日本ハムの優勝秘話という点だけでなく、日本人と野球を考える上で、大変貴重な知見をもたらしてくれたように思う。
投稿者 matsuno : 21:56
2006年10月16日
「虫の音が心地よい」は・・・
外国人が日本に来て、虫の音を「noisy」と言ったのに対し、日本人が「やはり外人には風流はわからん」と言ったという話は良く聞く。
しかし、である。「虫の音が心地よい」のは、それなりのボリュームで聞こえるからであろう。
山の中にある中央大学の多摩キャンパスでも、夕方になると虫が鳴き出す。
しかし、それは「心地よい虫の音」というような代物ではない。
すごい数の虫が一斉に鳴くので、「リーン、リーン」とか「コロコロコロ」ではなく、
なんと、「キーーーーン」と響くのである。
無味乾燥なコンクリートの校舎に、反響しまくるのである。
虫の音が、「キーーーーン」と聞こえるなんて、初めての体験である。
ショックである。
虫の音を「noisy」と言った外人に同情しつつ・・・。

投稿者 matsuno : 21:36
2006年10月09日
「自分のやるべきことをきちっとやる」
NHK プロフェッショナル カメラマン 上田義彦(49)
良く目にする、なんともいえないほんわかしたCMを、この人が撮っていたとは。驚いた。ウーロン茶、とくに黒烏龍茶。そして、某化粧品。
この人の流儀の中にこういうのがあった。
「売ろう売ろうと思わない」
「写真に命を宿らせる」
最近のCGと音楽を使いまくるうるさいCMではなくて、ある意味、この2つの流儀は、オートポイエーシスだなと思った。
「自分を信じる」
これも、そう。
CMの撮影には、とても多くの人が絡むし立ち会う。凄まじい緊張感の中で、最後に自分を信じてシャッターを押せることは素晴らしい。視聴率や商業主義に走ると、最後の自分の中の勝負ができない。つまり、自分を信じることができなくなり、結果的に中途半端な作品で終わってしまう。
彼はまた、女優さんの演技が途切れた瞬間に、自然に体が反応してシャッターを押してしまうという。これもまた、プロの技というものであろう。ドイツ文学者・高橋義孝を撮影するときに、 キッとにらみ合いつづけ、最後に相手が「撮らせてやろう」と表情を緩ませた瞬間を逃さなかったという話には感動した。
最後、中島信也監督との撮影の順番を巡る攻防も、なかなか見せた。こういう静かだがキリキリした攻防の場面を捉えたNHKのカメラマン、ディレクターもなかなかのものである。
写真家 アービング・ペンような写真を撮りたいというスタンスと、広告というスタンス。
その2つのジレンマはどうなっているのか。
最後の言葉は、こうだった。
「自分のやるべきことをきちっとやる。最大限ですね。出し切る。それで、人に迷惑をかけない」
ちなみに、あの黒烏龍茶のCMは、けっこうインパクトあって、コンビニで良く買うようになった。
その撮影の様子が描かれていたが、それはそれは凄まじいものだったんだと、あらためて驚いた。
プロのインパクトのあるCMのお陰で、私はまた今日も、黒烏龍茶を買うことになるだろう。
投稿者 matsuno : 21:21
役所の隠蔽体質がある以上、ジャーナリストの仕事は終わらない
NNNドキュメント
飛鳥美人の涙 高松塚壁画 劣化の深層
読売テレビ ディレクター 波止荘子
この作品は、あの世紀の発見といわれた「高松塚古墳の壁画」が、実はカビだらけになり、そして、ランプの転倒事故で壁画が損傷していたこと、さらに、それらを文化庁が隠蔽していた事実を取り上げたドキュメンタリーである。
まず驚いたのは、明日香村は1980年制定の明日香村特別措置法によって、屋根瓦からビニールハウスの色まで規制され、スーパーもホテルもないということだ。それほど、飛鳥時代の遺跡が散在し、村全体が文化財保護のために生きているような所である。
「高松塚壁画」は歴史的発見と言われた。新聞が一面でカラー刷りで壁画を紹介していたことは、当時まだ中学生だった私もしっかりと覚えている。
お役所は「隠すことが仕事」と言われるぐらい、基本的に隠蔽体質がある。
しかし、今回の壁画のカビと転倒事故による損傷について隠していたことは、情報公開や説明責任の原則からして、まったくお話にならない。特にひどいのは、文化庁の幹部全員が、責任のがれのために、もっともらしい言い訳をして、「大したことない」「不幸中の幸い」などという論法にすり替えてしまっていた点である。
ある幹部などは、「高松塚は、たくさんある文化財のうちの1つ」であるという言い訳をしたらしい。そういう態度であれば、文化庁には任せられないということになる。
政府が管理し、税金を使った公務である以上、ミスは躊躇せずに発表し、情報公開して、その時点で最良の策をとるべきである。
役所に、責任逃れの論法で隠すことにしてしまう体質がある以上、ジャーナリストの仕事は終わりがないということだろう。
考古学は「高松塚壁画」以降、一世を風靡しつづけた感があるが、このところ、ひどい事件が続いているような気がするのは、私だけであろうか・・・。
読売テレビには、今後とも考古学ネタを深く掘り下げて報道してもらいたいものである。
投稿者 matsuno : 21:07
2006年10月06日
どんぐり一個で天下の秋を知る
モノレールの駅から、ペデストリアンデッキを歩くのは味気ない。
郵便局がモノレールの駅の下にあるので、郵便を投函したついでに、久しぶりに「下の道」を歩いた。
さすがに、下の道は、学生がいない。
スケボー野郎が、授業にも出ずに騒いでいる声が、遠くに聞こえるだけだ・・・。
2万人を超える学生がいるキャンパス。その裏道を、1人きりで歩くのは気持ちがいい。
ふと、足元に目をやると、なんと、どんぐり。
一葉落ちて天下の秋を知る(いちようおちててんかのあきをしる)、
ならぬ、「一どんぐり落ちて天下の秋を知る」、だなあと思った。
大学のある環境は自然たっぷりだが、設計がまずいし、ポリシーが硬い。
山の中にあるのはいいが、自然と校舎が、切断されているのだ。
せっかくの自然を生かしきれていない。悲しいことだ。
白い校舎も、なにか非人間的というか非生物的で、極めて無機質な環境を作り出している。
茶色のレンガのペデも、何か無味乾燥である。
キャンパスは、ひたすら勉強して国家試験に合格させるだけの場所ではない。
人格形成には、やはり論理的理性だけでなく、感性や人間性を養うことが大事である。
だから、どういうキャンパスにするかという設計は、極めて大事である。
快適で、生命感を感じることができる空間を設計すべきである。
どんぐりが実った木を、窓から見ることができる校舎であれば、きっとキャンパスを好きになるだろう。
投稿者 matsuno : 23:32
2006年10月02日
電車の座席のガム
奥多摩合宿に行く際、JRに乗った。
青梅で乗り換えて奥多摩行きに。
しばらくして、自分のズボンのすそに違和感を感じた。
何と、座席の下にガムが貼り付けてあり、そのガムがズボンにくっついて糸を引いているではないか。
ショック以外の何でもない。
こんなひどいことをする輩がいるとは・・・。
公共道徳のなさというよりも、こういうことをして、他人に迷惑をかけて喜んでいる連中がいること自体、情けない。
日本も、貧困なる精神を持った連中が増えたものだ。
ガムは、洗濯しても生地によっては、跡が残る。
今回も、ばっちり、そこだけ不思議なテカリが残ってしまった。
こういうことをする奴は、そうたくさんはいないだろうと思っていたが、なんと、都営地下鉄に乗っていたら、アナウンスが流れた。
「前から3両目の車両の座席に、ガムがつけられております。お気をつけください」。
さらに、途中の駅で、駅員がそのガムを処理するために、余計に停車した。それも3人がかりだ。
車内の中で、サラリーマン風の人たちが、「またかよー!」とつぶやく。
ということは、いろんな路線で、座席の下にガムをくっつける輩が出没しているのだろう。
人が迷惑することを見て喜んでいる愉快犯的な人間は、本当に許せないと思ったしだいである。
みなさんも、座席にすわるときは、下の方にガムがつけられていないかどうか、チェックしてから座りましょう。
2006年08月26日
さいたまげた!

埼玉一円を埋め尽くしたポスター。
そこには、「さいたまが凄いことになる。」とある。
なかなか、気に入った。
「凄いことになる!」ではなく、「凄いことになる。」としたところが、凄みがある。重厚感がある。
さいたまが凄いことになったら、どうなるのだろう。
今よりも凄いことになるって・・・。うーん、深読みしすぎた。
世界NO.1バスケ。
広告の基本、attention ゲットしてますなー、このポスターは。
コピー考えたのは誰でしょう?
投稿者 matsuno : 14:21
2006年08月14日
ユナイテッド93
9.11同時多発テロの際に、ハイジャックされたユナイテッド93便が墜落するまでを描いた再現ドキュメント映画。
http://www.united93.jp/top.html
私もボストンに住んでいるときには、ローガン空港をよく利用していた。
この空港から飛び立った2機が、WTCに突っ込んだことは大変ショックだった。

この映画は、WTCとペンタゴンに突っ込んだ3機ではなく、ホワイトハウスをターゲットにしていたとされるユナイテッド93便を中心に描かれたものである。
この映画を見ると、2つのことが描かれ交差して物語が展開されていることがわかる。1つは、9.11のテロに対して、米国の航空行政当局も軍も、まったく想定外で、現場は大混乱に陥っていたこと(航空管制官だけは奮闘していたが)。そして、もう1つは、U93便の乗客たちは、機長と副操縦士が殺されていることに気付き、協力して犯人たちから操縦桿を奪い返そうとしたということである。
結果的に、U93は乗客たちの抵抗により、ホワイトハウスに突っ込まずに、ペンシルバニア州内に墜落した。ある意味では、乗客たちがキャピトルを救ったとも言えるだろう。
この映画が、政府や軍の大混乱ぶりと対照的に乗客の勇気を描き称えているのはわかるし、マスコミ関係者もそう評価している。私はそれはそれで認めるし、テロリストの行為は残虐で到底許せないとは思うが、なにか抜けているような気がする。
それは、ハイジャックしたテロリストたちの物語である。なぜ彼らは、こういう残虐でとんでもないことをやってのけたのか。まだ若くて家族もある彼らが、なぜ米国をうらみ、これほどまでにショッキングなことを引き起こしたのだろうか。
評判は今一つだったが、映画「ミュンヘン」のように反対側からの視点からも史実に基づいて描き出して欲しいと思う。
ブッシュ大統領が、「テロリストとは断固として戦う」と軍事力をバックに強調するのはわかるが、その敵だとする「テロリスト」がなぜ生まれてくるのかを解き明かさない限り、問題はまた別の形で生じてくるだろう。
1997年、米国在住時代に、フェリーから撮った写真にはWTCがしっかりと写っていた。

2006年07月21日
耐震偽装事件
耐震偽装事件(NNNドキュメント)
耐震偽装事件で逮捕された木村建設の篠塚明・元東京支店長に密着した150日間の記録である。
何よりも、NTVの取材力のすごさに驚いた。NTV社会部の調査報道は、平和相互銀行金屏風事件の取材以来の伝統があるが、今回も被疑者に粘り強くアプローチした結果もたらされたスクープドキュメンタリー。
社会部記者の日常は、朝回り夜回りである。今回も清田大輝記者をはじめとして、記者たちは連日足を運んだのだろう。最後に、その思いが通じて、篠塚元東京支店長は、記者をマンションの部屋に招きいれた。記者の努力のたまものである。
逮捕されるかもしれない人物が、記者を招きいれ、そして独白するということは、そう起きることではない。しかし、記者の真摯な態度と被疑者の心境の変化しだいでは、こういうことは起きる。まさに、人格と人格の微妙なふれ合いみたいなものだ。
記者は、「姉歯元建築士が偽装設計を行った背景には、篠塚元東京支店長からの圧力があったのではないか」、という一点について聞き続けるのだが、元支店長から返ってくる答えはノーである。しかし、そうした否定の言葉をよそに、逮捕のXデーに向かって、元支店長の表情がこわばり、声調も弱くなっていくのがわかる。追い詰められていく人間というのは、こういうものだという現実と悲しさが胸に迫ってきた。
ある意味、この記者の一連の取材で何かが明らかにされるというよりも、事件の渦中の人物がNTVの記者だけに心を許し、そして胸中を独白していくこと、そして日々変わり続ける表情が、視聴者に強烈なインパクトを与えるのである。
篠塚元支店長はさらに、記者の携帯にメールをし、そして、節目で節目でインタビューを取らせた。それは、元支店長の不安がそうさせたのだろうか。いずれにしろ、元支店長と記者の間には、被疑者と取材記者との関係を超えた、不思議な人間同士の細い信頼関係の糸を感じざるをえない。
篠塚元東京支店長が車を運転しながら、うれしそうに記者に語った言葉が印象に残った。
「この近くに、はじめてまともに建築の仕事をした建物があるんですよ」
そのアパートは、今もしっかりと建ち、そこには人々の暮らしがあった。
元支店長も、最初の気持ちをいつまでも持ち続ければ、こうした事件は起きなかったにちがいない。
業績主義、出世偏重、市場原理主義・・・。そうしたものが、人々の倫理観を狂わしてしまうのだろうと思った。
NTV社会部が、さらに良い調査報道をやってくれることを期待したい。
2006年07月16日
戦艦大和を護衛していた巡洋艦と駆逐艦
戦艦大和を護衛していた巡洋艦と駆逐艦(テレメンタリー)
広島ホームテレビが制作した「悲劇は大和だけではない~第2艦隊 最後の別れを告げに~」。
戦艦「大和」ブームともいえる現象がおきている。
しかし、実は、「大和」を護衛する艦船が9隻いて、あわせて「第2艦隊」と呼ばれた。
沖縄に向けた洋上特攻は、「大和」だけではなく、「第2艦隊」として命令を受けたものだったという。
命令は、「沖縄敵艦船ヲ撃滅セントス」
今回のドキュメンタリーは、洋上慰霊の同行取材を軸に、「大和」の護衛艦船の事実を明らかにし、それにまつわる物語を追いかけたものであった。
北緯30度43分17秒、東経128度4分、水深350メートルの海底に、「大和」は沈んでいる。その付近に、護衛艦船も沈んでいる。
この沖縄特攻に参加したのは約3900人。戦死者は3681人だった。
「大和」の撃ち方始めは、1945年4月7日0:38PM。そして、沈没したのが、2:23PM。
3332人の乗組員のうち、2740人が戦死した。
このドキュメントで、あたらしく知った事実があった。
それは、艦隊末尾で護衛にあたっていた駆逐艦「朝霜」は機関故障を起こし、1隻で敵機と交戦し326人全員が戦死したこと。その最後を見た日本人は誰もいなかったことだ。
さらに、最後まで乗組員の救出にあたった駆逐艦「冬月」「涼月」は、北九州市若松の港に沈められ、そこは「軍艦防波堤」と呼ばれていること。
このドキュメンタリーで、最も感動したことは、洋上慰霊の発起人である藍原アサさんの物語である。
80歳を超える彼女は、わずか28日間の結婚生活だけを送った夫・野田文雄を慰霊するために参加した。
彼女は、「今回は、発起人の1人で来ているので、心の中でさようならを言います」と控えめに発言していた。
61年前の3月19日の夜、空襲警報がなり、夫は出て行った。それが最後の別れとなった。
結局、「さようなら」は言えないままになってしまった。
夫は、巡洋艦「矢矧」の乗組員。446人が戦死。
実際に、沈没の現場に来たときに、藍原さんはマイクで巡洋艦「矢矧」について説明を行った。
そして、最後に、マイクのスイッチがはいったまま、「文雄さん、さようなら」と言った。
きっと、海に眠る文雄さんの魂にも、アサさんの声が届いたにちがいない。そう思った。
2006年07月02日
悪徳ベット業者
悪徳ベット業者(クローズアップ現代)
悪質な繁殖業者のお陰で、遺伝的な病気を発症する犬が増えてという問題をNHKの番組「クローズアップアップ現代」が分析していた。
まず、驚いたのは、毛色などが珍しい犬は値段が高くなり、インターネットサイトで高値がつけられているという事実である。昨今のペットブームに便乗して、高値がつく犬を近親交配までして作り出す業者がいるとは・・・。
「生命」までもが金もうけの対象となってしまったという、日本のモラル低下の現実は誠に嘆かわしい。報道された事例では、業者は3回も近親交配させていた。
また、犬という種自体が、長い間に人間の目的のために交配させられており、遺伝病が出やすいという指摘もあった。無理な交配をすれば、さらに出る確率は高まるという。
我が家にも、犬がずっといっしょにいたが、そもそもがそういう種であったとは全く知らなかった。
最近は、繁殖業者は届出制から登録制になり、取り消し処分などの規制も始まった。さらに、JAHDという団体が、犬の遺伝情報を収集して分析して公開しているという。
最後に、私が一番驚いたのは、ラブラドール犬の股関節形成不全の発症の比率が、米国が12であるのに対し、日本は47であるということだ。もっとも商業主義的である米国が、最も遺伝情報を管理し、情報公開して、悪徳業者の締め出しに努力しているという話である。
ここにも、最近問題になっている日本における倫理性欠如の「金もうけ主義」の実態に対して、なんら手を打てなかった政策の遅れが浮き彫りになっていると感じた。
2006年06月19日
おひとりさま物語
おひとりさま物語(NNNドキュメント)
ワールドカップで、日本とクロアチアが引き分け、日本中がため息で埋まってしまった深夜、いつもより30分繰り下げで始まった「NNNドキュメント」。今回のテーマは、「おひとりさま物語 私がケッコンしない理由」 制作=日本テレビ 2006年6月18日(日)/30分枠 。
都内では30代後半のシングル女性の割合が3割強にもなったという。確かに、私の回りにも、30代、40代で独身の女性は多くなった。もちろん独身男性も多い。今回は、その「おひとりさま」と言われる30代後半の女性たちの人生観や結婚観を追ったドキュメント。
「結婚、出産という時限爆弾が迫っている」という表現は、全員には当てはまらないにしても、一般的なこれまでの観念からは、けっこう鋭い指摘である。このドキュメントは、3人の女性の日常を追いながら問題を考えているのだが、最初に思ったのは、顔出しできる女性を3人も良く見つけてきたなあということ。3人のそれぞれの物語も興味深かった。
そして、女性は37歳を節目に結婚観や幸福感が変化するという分析があるらしいが、男性は何歳なのだろうかと思った。40歳すぎるとなんだか、なだれのように毎年が過ぎていくので、やはり40未満だろうか。
さて、今回のドキュメントでは、経営者の女性は結局年下の人と結婚し、フリーの編集者は週末同棲を続け、司法書士の女性は犬を飼いたいという。それぞれが、それぞれの考え方をし、それぞれのやり方で人生を生きている。でも、何か心の底辺には、やはり、人間は何か愛情を分かち合える存在が必要なのだなと思った。司法書士の彼女も、犬と住みたいという大前提として愛情を注ぐ相手が欲しいわけだから。彼女の愛情を迷惑がらない相手が見つかれば、きっといっしょに歩んで生きたいと思い出すに違いないと思った。
フリーの編集者が語った「分相応な結婚、相手」という言葉が一番心に響いた。きっと、分相応な相手と結婚して、分相応な人生を歩むことが一番良いのだろう。それは、女も男も同じような気がする。要求水準だけが高騰している現代社会にあって、幸福をつかむには、やはり分相応がいい。
http://www.ntv.co.jp/document/
2006年06月18日
「やわらかい生活」
「やわらかい生活」を観た。
うーん、喜劇的なのか、悲劇的なのかわからないが、
いくつものやわらかさを感じたのは事実だ。
すごいエンディングもなく、すごいCGもなく、やはりミニシアター系の作品ではあるが、
トラウマのある35歳独身女性の日常を、周囲の人たちとの係わり合いが淡々と描かれている。
そして、それを蒲田という町が包み込む。
この映画を見て、全編に漂う、そこはかとない「やわらかさ」を感じた。
あと、「博多弁」がいいよね。
両親をなくし、恋人をサリン事件でなくし、トラウマをもった彼女の夢は、
「生き続けることかな」。
この映画は、ある意味、日本中にいる疲れてしまった人たちに、
「やわらかく生きましょう」というメッセージを伝えようとしたのかなと思った。
蒲田という町に、すこしだけ興味を持った。住みたいと思うかどうか、一度歩いてみたい。
最後に、寺島しのぶの演技は、やはりすばらしい。つくづくそう思う。
http://www.yawarakai-seikatsu.com/

