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2008年07月01日

「まれびと」の思想-多摩探検隊第51回放送に寄せて

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『古代から来た未来人 折口信夫』中沢新一(ちくまプリマー新書)

第51回多摩探検隊にアップされている御岳山に関するドキュメンタリーは、この本を読んだ上で見ると、よく理解できるだろう。

民俗学者である折口信夫が唱えた「まれびと」という考え方には、大変共感させられる。

生きていることを前提として成立している「この世」とは異なる、人間の想像がおよばない世界「あの世」があると古代人は考えていたという。すでに死んだ者やこれから生まれてくる生命の源泉、エネルギーあふれる場所として「あの世」を捉えていたのだという。

中沢氏はこう書いている。
「この世」に生きている時間などはほんのわずかにすぎないけれど、それでも「この世」を包み込んでいる「あの世」があり、あらゆる生命が死ぬとそこに戻っていき、またいつかは新しい生命となって戻ってくることもあると知ることができれば、わたしたちはいつも満ち足りて落ち着いた人生を送ることができる。「あの世」と「この世」をつなぐ通路こそ、折口信夫の発見(再発見)した「まれびと」なのであった。

沖縄のニライカナイ伝説は、まさにこの説を如実に表している。
神楽を舞うお面をつけたものたち、鬼、翁などは、まさに「まれびと」だろう。
沖縄の島で行われる祭りに登場する面をつけたお爺、お婆の姿もまた、折口の言う「まれびと」であろう。

合理的で自立した人間こそが、近代国家を建設し、民主主義を構築したと言われる。
しかし、「死」や「生」を目の当たりにしたときに、人間の力のおよばない世界やエネルギーを感じざるを得ない。

そして、いくら合理的で科学的な理屈を展開しても、人間の生きる意味について答はでてこない。
最近、言われている「野生の思考」「縄文の思考」にまで、思いを致す必要がある。

最近、自然に回帰したいとつくづく思う。

投稿者 matsuno : 2008年07月01日 21:57