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2008年07月28日
若狭高浜の子ども放送局

2003年から続いているゼミ活動で、「(若狭)高浜子ども放送局」というものがある。
福井県高浜町で、毎年7月最後の土曜日に行われる「漁火想」という花火大会を兼ねた夏祭りイベントを、地元の小中学生たちにリポートしてもらうという企画である。
今年は、6回目だったが、子どもたちに企画、撮影、編集、上映会までやってもらおうという史上最高のハードなスケジュールだった。
完成したVTRは、地元のCATVで放送されるだけでなく、インターネットでも配信されるし、DVDにもなる。
しかし、6回やったうちで、今回がもっとも厳しい条件だった。
「不安と心配のてんこ盛り状態」というのがふさわしい表現だろう。
企画書、報告書、説明書の混乱から始まり、編成された学生スタッフの実力のレベルへの不安、新聞社のインターンや試験と重なりメンバーチェンジ、ロケハンができないためイメージできない企画内容、2日間で講習会、取材、撮影、編集、さらには上映会をこなすというハードスケジュール。
さらに当日は、37度を越える暑さ、撮影に入った地元テレビ局との調整、スタッフのシャキシャキ感の欠如などなど。事故がおきるのではないかという不安が増すばかりだった。
しかし、撮影が終わった一日目の夜には、ほっとした。
小学生たちが、疲れているとは言え、皆元気だった。
安心安全の大半は成し遂げたような感じがした。
1日目の終了時刻が22時。
炎天下で、体がぼろぼろになっているにもかかわらず、スタッフは夜にラッシュして取り込むという作業をやった。
徹夜でVTRの取り込み作業をしたのは、2年生だった。
2日目、編集作業を小学生に教える。
地元テレビ局のカメラが常時回り、かつ、小学生の役割分担で混乱したが、チームに4年生がいると、不思議な安定感と安心感がかもし出される。
やはり、場数を踏んできて、何本も作品を制作してきているという実績が、自然と安定感を作り出すのだろう。
「4年生が窮地を救った」という表現が一番よいかもしれない。
しかし、ハードだった。
総合演出Pは、限界まで追い詰められたはずだ。
でも、きっと、うたれづよくなったことだろう。
自信を持っても良い。
学生で、これだけのプレッシャーに耐え、緊張の中で、大仕事をやってのけたことは素晴らしい。
学生時代に、不安の中で努力し、そして報われて号泣するという経験をすることができたことは、かけがえがないことである。
きっと、ずっと記憶に残ることだろう。
史上最弱のチームと思われたが、最後は、史上最強のチームになった。
それに、史上最良の高浜子ども放送局となった。
しかし、今年は心身ともに、辛かった。
今年発見したことが多くあるので、来年は、少しは楽になるかと思う。
投稿者 matsuno : 22:54
2008年07月20日
「ヒロシマ独立論」

広島には、学生時代から、5,6回は行っただろうか。
しかし、この本を読んで、戦前の軍都だった「廣島」と、被爆した「ヒロシマ」と、そして戦後に発展してきた「広島」の3つがあることを初めて知った。
この「ヒロシマ独立論」というのは、物理的な独立ではなくて、心の中に本当の平和な空間を構築するという意味で、「独立」という言葉を使っている。最後まで読むとわかる。
では、なぜそういう「ヒロシマ独立論」を唱えるのか。
著者の発想は、こうだ。
「唯一の被爆国」という発想はおかしい。
実際は、在日の人々、アジア諸国の留学生、アメリカ兵捕虜、などが被爆している。「唯一の被爆国」とすると、ナショナリズム的な反核に転化してしまう危険性がある。
原爆を投下したのは米国という「国家」であった。それは、戦争勝利、国益のためには、手段や方法を選ばないという「国家」という装置がなしたことであった。
被爆国を強調しながら、被爆国をアリバイに、憲法9条を変えて軍隊を保持する普通の「国家」になろうという動きを注視しなければいけない。
原爆で一瞬にして10万人が消滅したという事実は、国家とか国民という視点ではなく、それを超越した世界的、人類的な視点で捕らえられるべき。ならば、「ヒロシマ」を、超国家、超宗教の、世界に開かれた「独立空間」にしてしまえばどうか、と主張する。
廣島→ヒロシマ→広島と変化してきた広島、移民が多い広島、ヒロシマをアリバイに徹底的に管理される平和国際文化都市である広島、など、著者の視点は鋭い。
しかし、沖縄との連動を語る付近から、勉強不足であるがゆえに難しいと感じた。「音楽」の章に至っては、著者のもっとも得意とする分野のためか、知らないことが多すぎて、私には難しすぎた。
この本を読んで、もう一度、広島の町を訪れて、ヒロシマという独立空間を考えてみたいと思った。
投稿者 matsuno : 21:26
2008年07月16日
最北から最南へ
取材で、稚内と石垣へ。
ざっと、片道3000キロ以上の距離を往復した。
単純に、「最北と最南だから面白い」と思ったのは事実だが、それだけではない。
この稚内市と石垣市は姉妹都市提携を結び、ラジオ局同士も月1回放送で交流を行っているのだ。
そして、最大の狙いは、地域密着ラジオが弱小ながら何か大きな役割を果たしているのではないかと考えたからだ。端っこの場所では、なおさらそれが際立っているのではないかという素朴な考えからだった。
結果は大当たりだったのだが、詳細は、TBSが発行している「調査情報」(9月-10月号)を読んで欲しい。あくまで予定だが。
最北のコミュニティFMは「わっぴー」である。
送信所は、100年記念塔に設置されている。
ちょうど、ハマナスの花が咲き始めていた。
コミュニティFMは、小さなラジオ局であるが、実際に取材してみると新しい発見がたくさんあった。
特に防災関係では、いざというときにコミュニティFMは強い。全国的に言われていることではあったが、実際に、稚内では、稚内大火の時に活躍したそうだ。さらに、冬は飛行場、JRや道路に多大の影響がでるため、コミュニティFMは欠かせないメディアとなっているという。
FMいしがき サンサンラジオも取材してその通りだった。
昨年の台風でライフラインが2度もダウンしたときは、コミュニティFMだけが頼りだったそうだ。
あと、さすが歌と踊りの島だけあって、ミュージシャンが島にやってくると必ずコミュニティFMを訪れるそうだ。彼らが残していった色紙で局はあふれていた。
今回は忙しくて、石垣港から離島へは行けなかった。
竹富島か西表島まで電波は届いているらしいので、次回はぜひラジオを持って離島に行きたい。
いろんな話題に接することができた旅だった。
ここでは、詳細は紹介できないのが残念。ぜひ、9月の「調査情報」をお読みいただきたい。
投稿者 matsuno : 22:10
2008年07月01日
コミュニティFMって、むずかしい・・・

『コミュニティ・メディア―コミュニティFMが地域をつなぐ』金山智子、慶応大学出版会
全国的に、爆発的に普及しているコミュニティFMについて、網羅的に調査を行った極めて挑戦的意欲的な本である。コミュニティFMについて研究するならば、この本は必読書だろう。
しかし、いかんせん、読みづらいのである。
それは、方法論に問題があるように思う。
こういう調査研究は、普通は構成的面接法の手法を使う。そして、個々の事例を時間軸つまり縦軸でまとめると同時に、項目別の横軸でデータをまとめていく。しかし、この本は、横軸だけでまとめてある。
つまり、どういうことかというと、FM局の資本関係、行政との関係、防災、などの項目で、調査したコミュニティFM局のデータを串刺しにしてある。つまり、たくさんのFM局のデータを項目ごとに横軸でまとめてあるのだ。しかし、これだと、個々のFM局の発足から現在に至るまでの経緯や物語がわからない。
コミュニティFMはまだ歴史が浅い。だから、代表的なFM局に焦点を絞った縦軸的調査研究、つまり時間的な個別的FM局研究があったほうがわかりやすのではないかと思った。
縦軸と横軸があれば、この本はよかったと思った。
しかし、現在のところ、これだけの数のFM局を調査した本はないので、コミュニティFMを研究対象にするには、必読書であることに変わりはない。
読むのに苦労したので、読後感は複雑だが、研究する上で参考になったことは間違いない。
投稿者 matsuno : 23:14
「まれびと」の思想-多摩探検隊第51回放送に寄せて

『古代から来た未来人 折口信夫』中沢新一(ちくまプリマー新書)
第51回多摩探検隊にアップされている御岳山に関するドキュメンタリーは、この本を読んだ上で見ると、よく理解できるだろう。
民俗学者である折口信夫が唱えた「まれびと」という考え方には、大変共感させられる。
生きていることを前提として成立している「この世」とは異なる、人間の想像がおよばない世界「あの世」があると古代人は考えていたという。すでに死んだ者やこれから生まれてくる生命の源泉、エネルギーあふれる場所として「あの世」を捉えていたのだという。
中沢氏はこう書いている。
「この世」に生きている時間などはほんのわずかにすぎないけれど、それでも「この世」を包み込んでいる「あの世」があり、あらゆる生命が死ぬとそこに戻っていき、またいつかは新しい生命となって戻ってくることもあると知ることができれば、わたしたちはいつも満ち足りて落ち着いた人生を送ることができる。「あの世」と「この世」をつなぐ通路こそ、折口信夫の発見(再発見)した「まれびと」なのであった。
沖縄のニライカナイ伝説は、まさにこの説を如実に表している。
神楽を舞うお面をつけたものたち、鬼、翁などは、まさに「まれびと」だろう。
沖縄の島で行われる祭りに登場する面をつけたお爺、お婆の姿もまた、折口の言う「まれびと」であろう。
合理的で自立した人間こそが、近代国家を建設し、民主主義を構築したと言われる。
しかし、「死」や「生」を目の当たりにしたときに、人間の力のおよばない世界やエネルギーを感じざるを得ない。
そして、いくら合理的で科学的な理屈を展開しても、人間の生きる意味について答はでてこない。
最近、言われている「野生の思考」「縄文の思考」にまで、思いを致す必要がある。
最近、自然に回帰したいとつくづく思う。
投稿者 matsuno : 21:57