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2008年05月11日

「テレビ進化論」という本の混迷

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境 真良 2008 『テレビ進化論』 講談社現代新書

「テレビ進化論」という本が出た。表題につられて買った。しかし、うーん、面白い指摘もあれば、よくわからないところもある・・・。

大ヒットした「ウェブ進化論」の次を狙ったのだろうが、この本は、ごれまでの議論をまとめただけで、「ウェブ進化論」ほど、インパクトがない。しかし、それはしょうがないのかもしれない。

テレビ業界の人で、この本を買って読んだ人は多いと思うが、「だから何なんだ!」と言いたくなった人は多いだろう。要するに、論の展開も、結論も混迷している、というより、混迷せざるをえないようにも思える。それだけ、テレビの将来はわからないのである。

この本の良いところは、1,2,3章まで。「放送と通信の融合」がなぜうまくいかないのかについて、総務省と文化庁の対立問題を判りやすく説明している。ついでに、経済産業省のスタンスもわかる。ただ、このあたりは、日経新聞を読んでいれば、大体わかるし、テレビ業界の人にとっては常識である。初めて勉強する人には、わかりやすいかもしれない。

テレビ局の強さの秘訣が、「流通」を抑えている点である、という指摘は面白い。番組制作の現場にいた人間にとっては、うなづける指摘である。

テレビ業界の人たちが知りたいと欲しているのは、この著者が設定した「次のテレビ」と「テレビの次」の部分であろう。しかし、これが、混迷しているのである。これまで新聞報道されてきたり、業界内(広告代理店も含め)で言われてきたトピックスはどんどん出てくるが、明確な方向性が示されていない。まあ、それは無理な話だとは思うのだが・・・。

実際、テレビがどうなるのかは、誰にもわからないし、わかりにくい。コンテンツが勝負だというのだけはわかるし、流通を抑えることも大事だということもわかる。しかし、デジタル時代は、流通経路も様々だし、著作権もいまのままだと流通しにくい。広告費には限界があるので、販売促進費までとりこめないかという指摘もかなり前からなされてきた。コンテンツの有料配信だけではなく、コンテンツ配信は無料で広告で収入を狙う方式もすでになされてきている。しかし、どれもはっきりはわからない。

テレビのOSともいえるアクトビラにも期待がかかっているが、本当にそれがうまくいくのかどうか・・・。

そんなことは、まだ誰にもわからない。だから、この本も後半から、可能性の記述と著作権の不備の指摘に終始して、結局、何がいいたいのかわかりにくく感じる。後半部分から、非常に読みづらくなるというのが、率直な感想である。現時点でのトピックスの整理という点では、意味があるのだが…。

また、ギョーカイ関係者、特にテレビ局関係者が、違和感を感じる可能性もある。

それはなぜかというと、「ギョーカイ」に問題があると言いつつ、「ギョーカイ」を評価するというダブルバインドな表現があること。そして、もっとも問題なのは、コンテンツが血と汗の結晶であり、人海戦術で作られているという視点が欠落している点。別の言葉でいえば、番組制作や映像作品制作は、かなり訓練をつまなければできない分野であるという認識がないこと。

コンテンツを、何か工場のベルトコンベアーのように、ボタンを押せば大量生産されるもののように考えているのではないかと感じた。同様の考え方の違いは、ライブドアとフジテレビ、楽天とTBSの問題でも見られたものである。

Web2.0でいうUGCと、プロが制作するコンテンツとは、かなり意味が違う。Web2.0のCGMは、コンテンツを自動生成させる仕組みだが、これもプロが制作する作品とは違う。YoutubeにアップされるUGCとプロが制作する作品群も違う。将来的には重なってくる可能性はあるものの、それらを同一のレベルで論じることには、違和感がある。

さらに、この本では、デジタル時代のジャーナリズムに言及していない。マイチャンネルがビジネスの鍵かもしれないが、それがもつ落とし穴については触れられていない。コンテンツをビジネスの視点だけから論じることは、人間の心理から言っても不十分であるし、違和感を感じてしまう。

歴史的に見れば、映画業界に見放されたテレビ業界が、どんぶり勘定で人間関係だけで契約書も交わさずに番組制作をしてきた経緯があるのは事実である。しかし、一番問題なのは、デジタル時代を想定していなかったということである。つまり、テレビでの一回きりの放送だけを想定していたわけである。

デジタル時代になり、マルチユース(ウィンドウ)が可能になった段階で、テレビはどんぶり勘定で再利用が難しいと言われても、はじめから想定外のことだったのである。

逆に、昔の番組をDVD化するときには、当時のプロデューサーの電話一本でOKがでることもある。それがこれまでのギョーカイの慣習だったことも事実だ。

では、どうすればいいのか。私は、大事なことは2つあると考える。
1つは、最初にオールライツで契約を成立させる慣習をギョーカイ内に定着させていくことである。
そして、もう1つは、通信での配信も、放送と同じ「後払い」になるように、総務省と文化庁の早急な調整が必要だと考える。

この2つで、状況は大幅に改善されるように思う。

最後に、この本を買って読むべきかどうかだが、私は、①買ってもいいが、②前半をしっかり読み、③後半は疑問をぶつけながら参考程度にする、のがよいかと思う。そして、テレビの進化は混迷状態であることを理解するのが良い方法かもしれない。

投稿者 matsuno : 2008年05月11日 22:21