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2007年12月02日

「恋空」という気絶もんの○○

携帯Webサイト魔法のiらんどに連載され、書籍化され、さらに映画化された。
TBSが制作に関係しているので、見に行くことに。とても、おやじが見に行くような映画ではない。プレビューか試写会で見ればよかったものの、機会を逸していた。私がそれでも行ったのは、ある意味、携帯小説が映画化されるとどうなるかに興味があったから。

http://koizora-movie.jp/index.html

しかし、結果は、あまりにも、がっくり。
軽すぎるし、過激なものを詰め込みすぎだし、断片的だし、演出がぼろぼろだし・・・。つまり、「電車の中で携帯で見るなら刺激的で感動するかもしれないが、映画では感動できない」ということだ。

これは、携帯、小説、映画という3つの媒体がもたらす情緒の伝達の違いかもしれないと思ってしまった。

しかし、そもそも、この「実話にもとづく」というのが、どーもうさん臭く思ってしまうのだ。清純な女子高生が1年生の時に、「恋愛、元彼女の依頼による集団強姦、学校内でのH、妊娠、流産、別離」を経験し、さらに「別の大学生との恋愛、元彼のガン、そして、よりを戻し、死別」を経験するのである。
視聴率狙い、ヒット狙いのキャッチイベントを次々と並べたてたとしか思いようがないのである。

「実話にもとづく」なら、その証拠を明らかにしてはどうでしょうか?

大体、ガンや白血病などを物語の展開に使用するワンパターンには、「またか!」とあきれると同時に、本当にそういう病気になったひとの身になってみてほしいと苛立ちさえ感じた。

携帯なら、こうした過激でバラバラのものを、せつな的に読めるのかもしれない。それに、学校に閉じ込められている中高生なら、こういう物語にひきつけられるのかもしれない。気持ちはわかるような気がする。

しかし、社会人からすれば、頭スカスカのガキ、不良少年少女の子どもの物語にすぎないような気がする。一見すれば、そうだ。

ただ、この物語がヒットした根幹には、頭スカスカのガキが織り成すお馬鹿な内容の中に、「純粋なもの」を皆が感じるからかもしれない。つまり、どーしようもない物語の展開なのだが、「純愛」が見え隠れするからだろう。

でも、私は、この映画「恋空」を見ることを、お勧めしない。目の肥えた方々、メディアリテラシーの高い方々なら、きっと「金返せー!」ということになるから。

原作、脚本、演出、プロデュースのどれも、B級。この映画を見て泣けた人は、作り手の罠に簡単に落ちた「おめでたい方々」でしょう。こういう作品に、新垣結衣を投入したとは悲しい。新垣結衣は、視聴率、ヒット狙いのPの犠牲になった特攻隊みたいなものだと感じた。よく事務所が許したものだ。

この映画の制作にはTBSが関係しているが、なんだかTBSの凋落ぶりを象徴するような作品だと感じた。話題のもの、視聴率狙いの過激なものオンパレード、旬なタレント、安易なオキマリのパターン、を追いかけているとは嘆かわしい。

重厚なドラマや映画を作っていたTBSの復活を強く願う。

最後に、この映画で1人だけ味を出していたのが、2番目の彼氏になる関西弁の大学生。この人物は、小出恵介。「パッチギ」「リンダ・リンダ・リンダ」で好演していたので覚えていた。この役者は、きっと息が長い。ちなみに新垣結衣は、沖縄出身だから許す。

・・・・「恋空」について、こういう厳しいことを書いた自分は、もう若くないねー。自分が高校生だったら、正直言って、感動してたかもね。すこしばかり、そう思う。

投稿者 matsuno : 2007年12月02日 21:18