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2007年11月13日

問題意識を持つ

作文を書く練習用のテキストに使用しているのが、「薬剤師クララがいく!」である。著者の宮城敦子さんは、薬剤師でありながらCATVのキャスターをやっている方だ。

この本をなぜテキストにしているか。いろいろ理由があるのだが、簡単にいうと沖縄文化とスピリチュアリティと薬剤師と健康のことを知るにはもってこいだからだ。それに、理系的な文章にもなれてほしいからだ。

基本的に「私立文系」という限りなく理系からは程遠い人達は、きっと数学も理科もあまりすきじゃなかったんだろう。だから、このテキストをきちっと読むにはつらい部分もあるかもしれない。だが、やはり理系的な内容も読みこなしてほしい。

ジャーナリストになれば、原発問題、医療問題、生命倫理問題、ITとデジタルなど、科学に関する取材はたくさんある。農業問題でも、農薬や化学、生物の知識を多少なりとも必要とする可能性がある。自然災害なども、ある程度は専門知識が必要となる。

新聞記者は、専門的なものを、一般の読者にわかりやすく伝える仕事をするわけだが、理系のテーマでも、それを理解して、わかりやすく伝えようという強い意思が必要である。

私はふりだしが水戸支局だったので、原発問題についてはかなり知識を詰め込んだ。原発の中にも入ったことがある。また、水産業、農林業、自然や動物問題、筑波研究学園都市問題、科学万博、さらには航空問題についても勉強した。そういうことを専門にやっているのは科学部の記者だが、社会部の記者も勉強せざるを得ない。

また、事件についても、警視庁や東京地検担当になれば、刑訴法と刑法、一部税法の知識は必要となる。さらに、業界用語もマスターする必要があるのだ。

ジャーナリストには、問題意識を絶えず持ち続けることと、たゆまぬ勉強が必要である。だから、このテキストを読破する段階で、へばっているようでは、とてもジャーナリズムをめざすことなど無理である。いくつかゼミ生が書いた文章を読んでいて、あまりのお粗末さに、絶望的な気分になるのである。

なぜお粗末な文章しか書けないのか。それは、経験の浅さというのもあるのだが、一番は、問題意識が浅いということだろう。1つの読みきりの文章から、自分が興味を抱いた部分を抜き出し、自分の経験を織り交ぜて、調べた知識を使いながら、文章を構成するということが必要である。

クララさんの文章から、いくらでも自分の世界を展開することが可能である。ただ、数行の短い感想を書くだけで終わっているということは、いかに、想像力に乏しく、問題意識が浅く、調べる能力と意欲が欠けているかを露呈しているようなものである。

文章を書くことは、スポーツとよく似ていて、やればやるだけ上達するのだ。スキーも、1シーズン1,2回しか行かないのと、20回、30回行くのでは大違いである。自分なりに、滑り方のコツや、コースの攻め方を考えて上達するものである。

映像は身体性の脳の部位を使い、言語は高度な意味解釈の部位を使用する。読書も、音読が身体的であるのに対し、黙読は別の部位を使用している。だから、それに、映像は、身体性だけでなく、情緒性も含んでいる。身も心もぼろぼろになる。頭脳という高度なものは、やはり、文章の読み書きでしか育成されない。

投稿者 matsuno : 2007年11月13日 14:45