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2007年11月25日

「点と線」

松本清張原作の「点と線」は、大学時代に読んだ。
「東京駅13番ホームの4分間」をめぐるミステリーは、詳細な記憶はなくなっていたが、ストーリーだけはいまだに覚えていた。

この複雑で、二転三転する物語展開をどう映像化するのか、大変興味があったが、やはり感動した。

http://www.tv-asahi.co.jp/tentosen/

テレビ朝日も、よくぞこの大作に挑んだものだと思った。テレビ朝日のドラマ制作技術も進化したと思った。この手のドラマは、民放ではTBSしか作れないと思っていたので・・・。

今回、小説を映像化するとこうなるのかという驚きとともに、昭和30年代がCGとセットで見事に描かれて、大変懐かしかった。

新しい発見は、これは反戦ドラマの味わいがあったのだということだ。鳥飼刑事は上海に駐屯していた日本陸軍の兵隊あがり。上等兵までしか上がれず、戦友は皆死んだと語る部分に、松本清張の強い反戦意識を読み取った。大学時代には、気づかなかった部分だ。上層部が逃走するのに、虫けらみたいない一兵卒は死ぬまで戦うことを強いられた。自分も死にたくない、相手も殺したくない、早く故郷に帰りたかったんだ、と鳥飼刑事に語らせている。

たけしという役者は、やはりすごい。朴訥な単調なしゃべりで表情を変えない演技だが、それがすごみとともに、なんともいえない深い味をもたらす。視聴者をして、彼の心情を汲み取らなければならないという作業を喚起させるのだ。そして、突然の彼の行動に、いつしか目を離せなくなる魅力を内包している。

鳥飼刑事が、安田に戦友の話をするとき、妻の安田亮子に自分の推理をぶちまけるとき、警視庁を去るとき、そして、博多に向かう電車の中でつぶやくシーンには、実に感動させられた。「女はかわいそうなんです。男にほれて死んでいくんです」というセリフは、渋くて深い。

最後に、老いた三原刑事の鳥飼刑事の手紙を読んで嗚咽し語った言葉。「生きているうちに泣けてよかった」というセリフにも、視聴者の多くが泣けたことだろう。

事件の舞台となった福岡県の香椎には、花園と遊園地がいっしょになったような所があって、学生時代に何度か行った場所である。デートだったり、合コンだったりで・・・。だから、あまり小説が好きでなかった私が、この小説だけは読んだ。

松本清張は社会派ミステリーの草分けでもある。ドラマを見ていると、自分が東京地検特捜部を担当していた時代を思い出した。政治家は、法務省を通じて圧力を検察にかけてくる。いつもは、反権力で公正中立である記者も、そういう時は、特捜部の検事を応援したくなる。(ただ、圧力に負けると、記者は検察をたたくのだが・・・)。もう2度と、検察担当はごめんだが、一生にもっともきつく華やかな最高の事件記者の現場を体験できたことは、私の宝である。

ゼミ生の中からも、いつか、大物政治家を逮捕できる東京地検特捜部の事件を担当する記者が出てきてほしいものだ。残念ながら、現状ではかなり難しい状況ではあるが、かすかな望みだけは持っておこう・・・。

投稿者 matsuno : 23:02

2007年11月17日

師匠がついに

「ちりとてちん」は、この日、師匠がついに高座にあがったことで、一幕終了という感じですね。
来週からは、新しい幕開けですな。

師匠が「3年間、道に迷ってしまいました」と述べていたが、こういう展開で、また高座にあがることになるとは・・・。
しかし、ひっぱるだけひっぱりましたなあ。

物語も、いよいよ面白くなってきた。視聴率も、そろそろ上向いてくるような気もしますな。

今回は、おじいちゃんが聞いていたあの「あたごやま」の声の主が、目の前に登場したわけですね。驚いた小浜の方々の表情が実に面白く、かつ感動的でした。みな、おじいちゃんのことを思い出したわけですから。

古いカセットテープの映像と師匠の落語の映像をオーバーラップさせる編集は、古典的ですが効果的でした。

脚本家も、こういうふうに仕掛けたわけですなあ。そもそも、テープでしか聞いたことがなかった師匠の落語を、師匠の高座復帰のこの場面で、小浜の一家が本人から聞くことになる。そして、弟子4人も、師匠の復帰を目の当たりにするという「2大感動」を一場面に凝縮させたわけですね。

小浜の物語と弟子の物語という、2つのラインが交錯した感動的な瞬間でした。そして、ここからB子の弟子入りへつながっていくんですなあ。実に、うまいです。

今後が楽しみです。

投稿者 matsuno : 12:02

2007年11月16日

「ちりとてちん」の、初うるうる

NHKの朝ドラ「ちりとてちん」も、今日放送分で、やっとうるうる来た。
「どんど晴れ」よりも遅かった。

やっと、師匠が高座をすっぽかした理由がわかった。
それを聞いた息子の反応が、泣けますなあ。

今後の展開で、きっともっとうるうる来るかもしれないなあ。
それは、師匠が、高座にもう一度上がるときだろうな。

しかし、渡瀬恒彦はかっこいい。ああいう老けかたをしたいものだ。

さて、ドラマというものは、壊れてしまった家族というもの、あるいは、家族みたいなものが、たまたま現れた存在、あるいは災難をきっかけに、もういちど集まっていくという物語が多い。今回も同じだし、「どんど晴れ」も同じだった。

実際には、崩壊した家族は、もとに戻らないことが多いし、いつまでもいがみあったりする。でも、「どんど晴れ」とか「ちりとてちん」を見ていると、何かが(それがたとえ不幸であっても)きっかけに、もういちど家族や一門が集まって、長い間の恩讐を乗り越えようとすることはありえるなあと思う。

家族とか集団とかいうものは、実にもろい。何かのきっかけで、壊れることは日常茶飯事。でも、こういうドラマを見ていると、最後の最後の可能性を信じたくなるのである。

私は基本的には、ドキュメンタリーの方がすきだが、気分落ち込んだときはドラマや映画を見ることにしている。見ると、いっぺんに落ち込んだ気分は吹き飛ぶからだ。作り物の映像は実にうまくできている。ある意味、カウンセリング的効果を内包していると言ってもよいかもしれない。

今回の朝ドラが、「どんど晴れ」と同じように、思い切り感動させくれるのかどうか、楽しみだ。

投稿者 matsuno : 23:08

2007年11月13日

復帰前の沖縄の医療

クララさん(著者をそう呼ばせていただく)の文章の中で、沖縄が復帰前は、医療保険がなかったと書いてあった。だから、街中の薬局が市民の頼みだったそうだ。

確かに、日本は国民皆保険である。しかし、米国は基本的には企業の医療保険である。低所得者と高齢者のための、メディアケアとメディケイドという国家が関与する保険はある。しかし、基本的には、企業が運営する医療保険に入る必要がある。大きな会社に勤務している場合は、会社が保険をかけてくれるが、そうでない場合は自腹だ。だから、健康保険に入っていない人も多い。

それに、歯医者は別なのだ。基本的に米国人で歯科の医療保険に入っている人は非常に少ない。これには、私も驚いた。日本の健康保険は、歯科も含めて適用されることは、実は大変ありがたいことだ。

私が米国留学中にみた公立病院の光景は、ひどいものだった。頭を怪我して、すぐにでも手術が必要な患者も、保険がないからと廊下に放置されているのを見て、すごいショックを受けた。

私はアメリカ政府からかなり良い保険をもらっていたのだが、それでも病院に行くのはいやだった。一回だけ風邪をひき、1週間ほど寝込んだことがあった。扁桃腺がはれて、「これは抗生物質を飲まないとだめかも」と思い、病院にいったのだが、「予約がない」と診療は受け付けてくれなかった。日本のように、保険証だけ握り締めて病院にいけばなんとかなるというものではない。

とにかく、不便なのだ。だから、結局、薬局に多くの人が行くことになる。

アメリカの薬局で売られている薬は、実は日本人にはとてつもなく強力である。2錠と書いてあったら、1錠でいいかもしれない。薬局で風邪薬を買って飲んだが、これが強力で、丸1日眠り続けた末に、完全に治ってしまった。

私が通っていたハーバードメディカルスクールの病院群は、世界最高級だったが、そこには勉強以外でお世話になることはなかった。良かった。外国では、健康第一である。

投稿者 matsuno : 15:11

問題意識を持つ

作文を書く練習用のテキストに使用しているのが、「薬剤師クララがいく!」である。著者の宮城敦子さんは、薬剤師でありながらCATVのキャスターをやっている方だ。

この本をなぜテキストにしているか。いろいろ理由があるのだが、簡単にいうと沖縄文化とスピリチュアリティと薬剤師と健康のことを知るにはもってこいだからだ。それに、理系的な文章にもなれてほしいからだ。

基本的に「私立文系」という限りなく理系からは程遠い人達は、きっと数学も理科もあまりすきじゃなかったんだろう。だから、このテキストをきちっと読むにはつらい部分もあるかもしれない。だが、やはり理系的な内容も読みこなしてほしい。

ジャーナリストになれば、原発問題、医療問題、生命倫理問題、ITとデジタルなど、科学に関する取材はたくさんある。農業問題でも、農薬や化学、生物の知識を多少なりとも必要とする可能性がある。自然災害なども、ある程度は専門知識が必要となる。

新聞記者は、専門的なものを、一般の読者にわかりやすく伝える仕事をするわけだが、理系のテーマでも、それを理解して、わかりやすく伝えようという強い意思が必要である。

私はふりだしが水戸支局だったので、原発問題についてはかなり知識を詰め込んだ。原発の中にも入ったことがある。また、水産業、農林業、自然や動物問題、筑波研究学園都市問題、科学万博、さらには航空問題についても勉強した。そういうことを専門にやっているのは科学部の記者だが、社会部の記者も勉強せざるを得ない。

また、事件についても、警視庁や東京地検担当になれば、刑訴法と刑法、一部税法の知識は必要となる。さらに、業界用語もマスターする必要があるのだ。

ジャーナリストには、問題意識を絶えず持ち続けることと、たゆまぬ勉強が必要である。だから、このテキストを読破する段階で、へばっているようでは、とてもジャーナリズムをめざすことなど無理である。いくつかゼミ生が書いた文章を読んでいて、あまりのお粗末さに、絶望的な気分になるのである。

なぜお粗末な文章しか書けないのか。それは、経験の浅さというのもあるのだが、一番は、問題意識が浅いということだろう。1つの読みきりの文章から、自分が興味を抱いた部分を抜き出し、自分の経験を織り交ぜて、調べた知識を使いながら、文章を構成するということが必要である。

クララさんの文章から、いくらでも自分の世界を展開することが可能である。ただ、数行の短い感想を書くだけで終わっているということは、いかに、想像力に乏しく、問題意識が浅く、調べる能力と意欲が欠けているかを露呈しているようなものである。

文章を書くことは、スポーツとよく似ていて、やればやるだけ上達するのだ。スキーも、1シーズン1,2回しか行かないのと、20回、30回行くのでは大違いである。自分なりに、滑り方のコツや、コースの攻め方を考えて上達するものである。

映像は身体性の脳の部位を使い、言語は高度な意味解釈の部位を使用する。読書も、音読が身体的であるのに対し、黙読は別の部位を使用している。だから、それに、映像は、身体性だけでなく、情緒性も含んでいる。身も心もぼろぼろになる。頭脳という高度なものは、やはり、文章の読み書きでしか育成されない。

投稿者 matsuno : 14:45

2007年11月11日

最近、はやりの・・・「ねこ鍋」


ネコは、やはり憎めませんなー。
これって、youTube→ニコニコ動画でブレイクして、NHKにも取り上げられたわけですが、
やはり、ネコは、視聴率の王様ということでしょうか。

岩手のある女性が投稿したものが、あっという間に話題になった。「Web→NHK・マスメディア」という経路をたどったわけで、Webでもキラーコンテンツはマスメディアにも伝播し、さらに2度目のブレイクにつながるんですね。

しばわんこ和の心」のヒットといい、「ねこ鍋」のブレイクといい、癒しを求め続ける日本独特の現象なのでしょうか。

ただ、NHKの番組で見た、投稿者の自宅付近の情景に、私はのどかさを感じて癒されました。これだけのネコを飼えること自体、余裕と豊かさがありますね。

ちなみに、日本の自殺者は、9年連続して3万人超。日本という国は、本当に豊かなのでしょうか。こういう「ネコ鍋」がブレイクする背景には、市場原理の中で懸命に生きている人たちの苦痛がありそうな気もします。

投稿者 matsuno : 18:26