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2007年08月12日
霧島アートの森―オブジェは、メディアである
現在進行中の「新聞プロジェクト」の打ち合わせの途中で、立ち寄ったのが「霧島アートの森」。私は、彫刻は、屋外で、それも生命体である樹木の近くでみるのが良いと考えている人間である。

ウルリッヒ・リュックリーム < ストーン・セッティング >
都心にもオブジェはあるのだが、幾何学的で無機質な構造物に囲まれた空間に抽象的なオブジェを置かれても、何かとても違和感がある。都心の無機質な構造物で構成される空間には、やはり植物などの生命体を置くべきであろう。IBMに竹林があるように。
逆に、抽象的なオブジェは、自然があふれる屋外で鑑賞するのが心地よい。無機質な世界には自然を。逆に、自然あふれる場所には、抽象的なものを。・・・である。
この「霧島アートの森」は、なんと鹿児島県が運営している。高速道路のICから降りて、かなり車で走るのであるが、観客の動員数は予想を上回っているらしい。

ジョナサン・ボロフスキー < 男と女 >
温暖多雨で、植物の緑が濃い南九州の山の中で、抽象的なオブジェを見るというのは、至高の喜びである。彫刻がすきというよりも、作品の向こう側にある世界、つまり概念や哲学を自分なりに考えることがすきだと言ったほうがいい。
つまり、オブジェは、メディアである。
延々と続く道に、うまく配置されたオブジェは、それだけ見ると、これにどういう意味があるのかと思うかもしれないが、人はそれぞれ、「何か」を感じ取るのではないだろうか。
一周すると、実に癒される。不思議である。
人間、インターネットやテレビなどのマスメディアからの情報を浴び続けていると疲れる。ゆっくり、自分でものを考えるということを楽しむ時間もない。しかし、ここでは、散歩しながら、ぐるりといろいろなオブジェを見ながら、物事を考えることができる。自然の中で癒されると同時に、自分が自分で好きなように考えてみることができる。
こうした空間の中で、人は何かを取り戻せるのかもしれない。その何かとは何だろうか。
磨耗しきってしまった神経を修復できているような感じ・・・。森の中を歩きながら、そんな感じかな、と思った。

ダニ・カラヴァン < ベレシート(初めに) >
投稿者 matsuno : 2007年08月12日 00:24