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2007年08月24日
夏の思い出
私の一番好きな季節は、昔は秋だったが、それがいつの間にか夏になった。ただ、新潟にいるときはスキーができる冬、ボストンにいるときは寒さから解放される春とさわやかな6月。でも、日本では、やはり夏だなあ。
ムササビの棲む高尾山には、東京の夜景を見に行こうということで、ゼミで行く。1年生ADの仕切りで。ケーブルカーの急勾配には驚きました。
毎年恒例の高浜子ども放送局プロジェクトで、福井県の高浜町へ。
ここでは、映像だけでなく新聞ブログも制作した。
休憩時間には、私はオムライスと氷ミルク。しかし、小学生が、ざるそばにソーメンというオヤジくささを出していたのには驚いた。逆だろ!
この民宿は、相変わらず揺れる。国道沿いにあるため、トラックが通り過ぎると揺れます。
最近、やけに東国原知事宣伝の宮崎名産品があふれている。東京のファミマも宮崎フェアだそうだ。さっそく、トリメシ弁当を買って食べた。写真は、福岡で見つけた炭火焼地鶏。私は宮崎県にも住んだことがあるが、炭火焼地鶏など食べたことなかった。冷汁は、かなり食ったが・・・。
この写真は、城山から見た桜島。私は小学5年3学期から高校1年まで鹿児島に住んだが、文武両道で極めて厳しい教育だった。それに島津藩時代の教育が生きている。すごい県だと思う。人間もいいしね。
となりの宮崎県は、鹿児島に比べるとなんとも精神的支柱にかける教育だったなあと思う。ただ、宮崎は、気候がよく平野が広がっていて、発展の可能性は大きいと思う。日照時間、晴れの日の数では、日本一。航空大学校が宮崎にある理由もよくわかる。
しかし、やはり、故郷は遠きにありて思うものかもしれませんな。
そして、次なる目的地は、最北の稚内です。
投稿者 matsuno : 00:03
2007年08月17日
話題だったJR九州のCM
九州を回っていて、いろんな人から「面白いよ」といわれたJR九州のCM。
しかし、強引と言えば強引ですが、笑えます。鹿児島県のことを知っている人は、なおさら笑えます。
JR九州のCMサイトの接続がなぜかできなかったので、ここはviral youtube siteへリンク。一箇所、イマジナリーラインを超えているようなカットが・・・。すこし、気になる。
このCMを見て、鹿児島市天文館の「黒豚横丁」に行ってしまった私は、まんまと乗せられたわけです。しかし、よくできてます。このCM.
投稿者 matsuno : 00:56
2007年08月15日
宮崎のセールスマン

晋ちゃんまんじゅうが羽田で売られていた話は、だいぶ前に書いたが、今度は福岡市内で、東国原知事の顔をあしらったクッキーとか炭焼き地鶏が売られていた。宮崎県だけでなく、九州一円で展開中らしい。最近では、次期首相と言われている麻生氏のお菓子もでたらしいが・・・。
「宮崎は生まれかわらんといかんが」とあるが、それとこのお菓子との関係は、よくわからなかった。
ちなみに、630円。「土産話になるお土産」というところか?
投稿者 matsuno : 00:13
2007年08月14日
夕立の雨の中で・・・

九州のとある場所で、急に夕立に襲われた。
パラパラ、という音がしたかと思いきや、いきなりザーっと来た。
付近は厚い雨雲で急に暗くなった。
あわてて車の中に逃げ込む。
どしゃぶりの雨が、フロントガラスを叩きつける。
暑い! あわててエアコンのスイッチを回す。
しばし、車の中の狭い空間は雨音だけに包まれる。雨脚が強く、フロントガラスの前は何も見えない。
完全に「無」の世界に包まれる。
すると、ふと、虚無感に襲われた。
「お前は、一体、何をしているのだ」「お前は、何がしたいのだ」
ザーザーという音だけが包みこむ空間の中で、虚しさだけが無性に沸き起こってくる。
・・・しかし、なんだか懐かしい気持ちがした。そうだ、小学生時代にも、夏の夕立の時に、よくこの虚無感を味わった。ヘチマがぶら下がった縁側。庭の地面を勢いよく叩き付ける雨。ザーザーという夕立の音の中で、私は不思議な世界に入り込んだ気持ちになった。
・・・・・、・・・・・・・・。
黒い雲は通り過ぎ、西の空に夕焼けが見えてきた。きれいだったので、一枚写真を撮った。
そして、その虚無感から抜け出すように、車のドアを開け、外に出た。
道路端に、ホウセンカの赤い花が咲いていた。
投稿者 matsuno : 00:32
2007年08月12日
霧島アートの森―オブジェは、メディアである
現在進行中の「新聞プロジェクト」の打ち合わせの途中で、立ち寄ったのが「霧島アートの森」。私は、彫刻は、屋外で、それも生命体である樹木の近くでみるのが良いと考えている人間である。

ウルリッヒ・リュックリーム < ストーン・セッティング >
都心にもオブジェはあるのだが、幾何学的で無機質な構造物に囲まれた空間に抽象的なオブジェを置かれても、何かとても違和感がある。都心の無機質な構造物で構成される空間には、やはり植物などの生命体を置くべきであろう。IBMに竹林があるように。
逆に、抽象的なオブジェは、自然があふれる屋外で鑑賞するのが心地よい。無機質な世界には自然を。逆に、自然あふれる場所には、抽象的なものを。・・・である。
この「霧島アートの森」は、なんと鹿児島県が運営している。高速道路のICから降りて、かなり車で走るのであるが、観客の動員数は予想を上回っているらしい。

ジョナサン・ボロフスキー < 男と女 >
温暖多雨で、植物の緑が濃い南九州の山の中で、抽象的なオブジェを見るというのは、至高の喜びである。彫刻がすきというよりも、作品の向こう側にある世界、つまり概念や哲学を自分なりに考えることがすきだと言ったほうがいい。
つまり、オブジェは、メディアである。
延々と続く道に、うまく配置されたオブジェは、それだけ見ると、これにどういう意味があるのかと思うかもしれないが、人はそれぞれ、「何か」を感じ取るのではないだろうか。
一周すると、実に癒される。不思議である。
人間、インターネットやテレビなどのマスメディアからの情報を浴び続けていると疲れる。ゆっくり、自分でものを考えるということを楽しむ時間もない。しかし、ここでは、散歩しながら、ぐるりといろいろなオブジェを見ながら、物事を考えることができる。自然の中で癒されると同時に、自分が自分で好きなように考えてみることができる。
こうした空間の中で、人は何かを取り戻せるのかもしれない。その何かとは何だろうか。
磨耗しきってしまった神経を修復できているような感じ・・・。森の中を歩きながら、そんな感じかな、と思った。

ダニ・カラヴァン < ベレシート(初めに) >
投稿者 matsuno : 00:24
2007年08月10日
南国
島津藩の拠点「鶴丸城」
城の堀には、コイが!
ここは、日本で3番目に波が荒いところ。
投稿者 matsuno : 00:00