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2007年07月21日

私の「美しい国」

私はこれまで数十カ国で取材活動を行って来たが、一番驚いたのは、日本を尊敬している人が想像以上に多いということだ。

特に、我々の日常生活の中で、あまり縁のない中東、アフリカ、中南米、東欧の人々は、多くの人が日本を尊敬している。

あるブラジル人は「日本はミラクルカントリー」だといい、あるチェコ人は「電化製品は世界一」だといい、「あるキューバ人は「イチ(座頭市)を生んだ国」だと、握手を求めてきた。彼らに共通しているのは、日本が敗北の中から立ち上がり平和主義を貫いて経済発展を成し遂げてきたという事実を評価していることだ。

日本ではフツーの存在である、トヨタ、ニッサン、ホンダ、キャノン、ニコン、ソニー、パナソニック。これらは、世界中どこへ行っても看板があるし、誰でも知っている。それが日本の企業であることも、もちろん知っている。そして、それらの製品が、世界で一番故障が少なく信頼されているということも。

だから私はいつも、外国で取材を終えて帰国すると、改めて日本という国に感心しなおす。そしてそれと同時に、几帳面で勤勉な日本人を尊敬し直すのである。

米国で暮らしていたとき、あまりに停電と電話の断線が多いので辟易した。さらに、ホテルの予約間違い、他人の電話代の請求、電車のダイヤの乱れなど、ひどいものがあった。米国の労働力の質の悪さには、ほんとうにあきれる。「カスタマーサービス」が繁盛するのもよくわかる。

それに一部を除いて、学生の学力も、態度もたいしたことはない。一部のエリートが国を動かしているということが良くわかる。

(ただし、学生の必死さは日本とは比べ物にならない。それは、「知=パワー=社会的階層」の関係があり、死活問題に直結するからだ)

中南米取材で、気付いたことがある。
それは、彼らが握手を求めてくる時、彼らの態度は、白人に対するものと同じではなく、同じ有色人種として親近感があふれているということだ。同じ有色人種なのに、ここまで頑張っているのは素晴らしいという意味があると感じた。つまり、彼らは我々日本人を同じ同僚、同じ人種と感じ、愛着を持っているのだ。

そして、「座頭市」というシリーズ映画が中南米で果たした影響も大きい。「強きをくじき弱きを助ける座頭市」は、貧しい中南米の人々、特にキューバ人には人気だった。それが日本人への親近感を少なからず醸成したことは間違いないだろう。

日本人が評価されている点は、工業製品だけではない。人柄もそうだ。それは、「座頭市」が果たした役割だけではない。世界中で働く日本人の姿、態度が、現地の人の評価を高めているのだろうと思う。

バングラデシュ・ダッカでの取材の際、取材拠点としていたホテルで毎日、タクシーをチャーターしていた。

そのとき、タクシーの運転手が、こう言っていた。
「俺は以前、米国大使館に運転手として勤務していたが、米国人は口笛で俺たちを呼ぶ。でも、俺は、犬じゃない。それに対して、日本人は口笛で呼ぶようなことはしない。人間として、同僚のように扱ってくれる。日本人は素晴らしい」と。

几帳面でまじめに働き、礼儀正しい日本人。
どんな人種にも対等に接する日本人。
大戦の痛手から平和主義を貫き、奇跡的な経済復興をなし遂げた日本人。
そして、白人ではない日本人。

もちろん、尊敬ばかりではない。歴史的に深い傷をアジア各国に与えたことは事実だ。
そして、経済発展の過程で、様々な問題を日本企業が引き起こしたことも事実だ。

しかし、取材を通して知ったのは、個々の日本人は基本的にまじめでよく働くこと。現地の人にも家族的に接するということだ。戦後一貫してはぐくまれた日本人への印象が、彼らの尊敬と握手につながっているのだろうと思う。

学生時代、私は日本という国があまり好きではなかった。
しかし、ジャーナリストとして外国で取材を続ける中で、少しずつ日本が好きになった。
それは、戦後、どの国にも侵略せず平和主義を貫いてまじめに働いて来たという事実、そして、いろんな便利なものを発明し、それが世界中の人々を幸せにして来た事実が、外国人から高く評価されているということを知ったからだ。

最近では「クール・ジャパン」と言われている。

私の愛国心は、世界中を回って、自分なりに自分の心の中に築いたものだ。だから、総理大臣や政府や軍から、強制されたくない。

私にとっての「美しい国」は、私の心の中にある。

(松野良一 記)

投稿者 matsuno : 2007年07月21日 00:11