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2007年05月16日
そろそろ沖縄病・・・
最近では、さんぴん茶(ジャスミン茶)は、東京でも販売されているようだ。
しかし、これを飲むと、沖縄病を発症しそうになる。
今年も地域情報化プロジェクトで沖縄には行く予定。
次回は、那覇空港から見える島々にも渡ってみたい。
投稿者 matsuno : 23:01
2007年05月13日
君は「ジンギスカンまん」を見たか?!
稚内のノシャップ岬にある土産物屋兼レストランの建物の中で、「それ」を発見した。
なんと、「ジンギスカンまん」である。
でかい!
味は、どうかというと・・・。
残念ながら、食事の後だったので、試食する余裕がなかった。
次回、ぜひ食べてみたい。
さて、稚内に来たら、メインディッシュは、やはり「タコシャブ」である。
当地では、レタスを入れるのが普通らしい。
だが、南国で育った私は、レタスを鍋料理に使うのは初めてだった。驚いた。
味は、最高である。
レタスは鍋にけっこう合います。
投稿者 matsuno : 22:21
2007年05月10日
桃李無言、下自成蹊

調布市のあるファミレスで見つけた言葉。「桃李無言、下自成蹊」 。
高校の漢文の時間に習ったのは、「無」でなく「不」であったが、意味は同じ。
私は、とても好きな故事である。
「桃李不言、下自成蹊」 (桃李言はざれど、下自ら蹊を成す) 出典は、『史記』の李将軍伝賛。
桃李言はざれど、下自ら蹊を成す。つまり、桃やすももは何も言わないが、美しい花やおいしい実があるため、自然と人々が集まるので、その下には、おのずから小道ができる、という意味である。転じて、人望がある人のところには、派手に宣伝したり、政治的に動かなくても、自然と人々が集まってきて尊敬を集めるという意味だと習った。
世の中には、実力もないのに、声だけ大きくて、政治力だけで動かそうとするが多すぎる。困ったものだ。やはり、本人の努力とほとばしる人間性によって人望を集め、自然と人々が集まってくるというのが理想である。
私も日々、精進したいと思った次第である。
良く見たら、「桃李不言、下自成蹊」もありました。
投稿者 matsuno : 22:18
2007年05月02日
教職に向いている学生(「新聞ブログ」秘話③)
今回の沖縄における「新聞ブログ」プロジェクトで、もう1つ、わかったことがある。それは、教職に向いている者と向いていない者の違いである。
北谷町のプロジェクトに参加していたゼミ生に、担任の先生が声をかけた。「君たち、子どもたちの扱いがうまいねー。先生に向いているよ。教職とっているの」。しかし、残念ながら、ゼミ生たちは教職をとっていない。
担任の先生の話では、教職に向いているのは、知識があるだけではなく、子どもたちの関心をひき、騒いでいてもピタリと黙らせ、指示をきかせることができるカリスマ的能力を持っていること。そして、それでいて、子どもたちから好かれることだという。
ゼミ生たちは、多摩探検隊、子ども放送局などの厳しいゼミ活動で鍛えられていることもあり、子どもたちをまとめていくことに苦労はなく楽しかったようだ。しかし、そういうプロジェクトを日常的にこなしていない普通の学生が、実際の小学校で6年生たちを指導して「新聞ブログ」を作らせるのは大変であろう。児童が言うことを聞かなくなり、学級崩壊してしまうかもしれない。
昭島子ども放送局でも、校長先生がこういうことを話されていた。「最初、どんなかなと思ってみていたんですが、実際に学生さんが子どもたちを指導する雰囲気、態度を見て、ああ、これなら任せられると判断したんですよ」と。
つまり、我々は、児童を指導できるかどうかの能力、教職としての適性をチェックされていたわけだ。うーん、さすが校長先生である。
つまり、教員に最も必要されるのは、学科もさることながら、その人間性、リーダーシップ、マネジメント能力などであるということだ。現在のままの教職課程、教員採用試験では、学科だけできる者が受かりやすい。学科だけできても、実際の教室にはいったら、不適応を起こしてしまう教員が出てくるだろう。
教職課程、教員採用試験についてはいろいろ工夫がされてきているが、さらに実践的な形に変えていく必要があるだろう。
さて、改めて教職について考えると、昔は、大学生はかなり多くのものが教職の単位を取っていたように記憶している。ところが、最近の学生は教職の単位を取らないのだ。なぜか。とても単位数が多くて教育実習、介護実習もあり、遊ぶヒマがなくなるからかもしれない。
しかし、個人的に思うには、ドブネズミ的サラリーマン生活をするよりは、教職の方がずっと人間的でよいのではと思う。人間を相手にできることは、利益という数字を相手にするよりは、ずっと価値があるような気がする。
ゼミ生の多くは、教職には目もくれずに企業へ就職していく。学校というこれまでいた場所よりも、企業にはもっと広い世界があると思っているのかもしれない。しかし、企業社会に入ったゼミ生の中にはきっと、大学時代に小中学校でやったプロジェクトの方が楽しかったと思う者が出てくるはずだ。
団塊の世代がどっと教職からリタイアする時代。もういちど自分の適性と進路を考え、教育職を目指す学生が出てきても良いのではないかと思う。
ただし、最後に断っておくが、教職としての適性と能力があればの話である。
投稿者 matsuno : 00:19
2007年05月01日
稚内の新しい名所
稚内は、「何もないが、ある」というのがキャッチフレーズだったらしいが、ついに、新しい名所が誕生した。「副港市場」。
樺太への連絡港、鰊漁の基地としてにぎわった稚内だが、ソ連軍による占領、200海里問題による減船により、すっかり活気を失ってしまった。
町の活性化策の1つとして鳴り物入りで建設されたのがこの「副港市場」である。昭和30年代が再現されている。さらに、ロシア料理店、海産物市場、温泉もある。けっこう楽しめる場所である。
南樺太を日本が領有していた時代の様子がわかる。そして、ソ連参戦で逃げ惑いながら日本を目指した人たちの悲劇なども、証言映像で知ることができる。
現在の樺太(サハリン)の様子についても、映像で紹介されている。稚内北星学園大学の学生が作ったNPO法人「ムーブユー」が、現地で撮影し編集したものだ。
日本最北の近現代史を知る上で、大変役立つ場所である。
投稿者 matsuno : 00:04