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2007年04月27日
学業の偏差値とは違う「できる子」の発見(「新聞ブログ」秘話②)
今回、沖縄で「新聞ブログ」の実証実験を行って気付いたことの1つは、学業の偏差値とは違う「できる子」がいるということである。
その「できる子」というのは、ペーパー試験で出された問題に対し機械的に解答できる優等生ではない。なんというか、感性が鋭くて写真を撮ったり記事を書くのが上手であること。新聞づくりや映像表現は、通常の学力だけではない能力が必要である。好奇心が旺盛で、クリエイティブで表現能力が高いこと、そして何といっても、新聞を作るのが好きなことである。何かを見つけ、面白がり、そして、表現することが好きなことである。ある意味、これがジャーナリストとしての原点かもしれない。
修学旅行の写真をいくつか選び、そのときの思い出を、5W1Hで構成して記事にしていく作業を班ごとに行った。大変なのだが、そういうものが好きな子はいる。同じ班のメンバーと議論しながら、方向性をマネジメントしていく。構成し終わると、一気に、テンプレートにローマ字打ちしている。それも、班で一番早く打てる子に指示して、全体として新聞作りを進めていっているのである。
私が担当した班にも、2人ほど優秀な子がいた。1人は男の子、1人は女の子だった。新聞が完成した後に、担任の先生に、「あの2人は成績もいいでしょう?」と聞いたら、「いや、普通ですよ」という答が返ってきた。私が驚いたら、担任の先生の方が「へー、あの子どもたちがねー。記者としての才能があるのかも・・・」と喜んでいらっしゃった。
私は、他の班の面倒も少しみたが、ここでもジャーナリストとしての才能のある子はいた。この子についても、担任は「いやー、普通です」。
しかし、そういう新聞作りに向いている「できる子」は、確かにいるのである。これは、これまでの知識伝達型を主流とする学校教育の範疇にはなかった能力ではないだろうか。ジャーナリストとしての才能を持つ子どもがいるということを、この「新聞ブログ」プロジェクトで発見したような気がした。
好奇心を持つ、相手に質問する、面白がる、メモしたものを記事にする、そして新聞として表現することが好き。こういう「できる子」は、何かを作り上げる、表現する、他の人とコミュニケーションするといったことが好きである。
これまでの一方向の授業も、知識伝達する上では重要ではある。が、「新聞ブログ」のような経験型、参加型、双方向型の授業も、どんどん学校教育に取り入れると、子どもたちの様々な能力の開発や育成に役に立つのではないかと思った。
投稿者 matsuno : 2007年04月27日 22:30