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2007年02月10日

たかが映像、されど映像・・・

マスコミの世界で20年以上働いて、大学という環境に入ったが、そこで学生に感じたのは、次のようなことだった。

「とろい」
「不真面目」
「無責任」
「いいかげん」
「志(野心)の欠如」
「段取りが下手」
「マネジメント能力欠如」
「リーダーシップ欠如」
「基礎学力不足」
「受身」
「礼儀と敬語知らず」

11もあり、途方に暮れたのである。ほとんどの教員は、こういう問題は大学教育の範疇ではない。本人の問題だと言うのだろう。が、マスコミの現場で修羅場をくぐり抜けてきた者としては、「ゼミ生ぐらいはなんとかしなければ・・・」と思った。

人生は自己責任だから・・・。そう言ってしまえば、大学だから、それで済む。しかし、学生がかわいそうに思えてならない。社会で生きていけない連中が多く、このまま送り出すと、きっと脱落していくのではないかと不安になった。

またやっかいなのは、マスコミ希望者が私のゼミに来るのである。

マスコミは、東大などの有名国立大学、早稲田、慶応といった連中がひしめき、そのなかでも、野心や自尊心の強い「ギラギラした奴」がうごめいている場所である。

まずマスコミに受かるのが大変だし、入ってからも大変である。そもそも就職活動する以前の問題、つまり11個の課題をクリアしなければ、とてもとても、「私は、マスコミ志望です」などと言えないぐらい難しい業界である。

こうした絶望的な状況が、すこしだけ変わるきっかけがあった。

私のゼミでは3年前、「多摩探検隊」という番組を制作して多摩地区のCATVで放送するという活動を開始した。この活動は、地域情報化のツール、市民メディアのモデル作り、機能分析という研究を目的にやりはじめたものだった。

しかし、それは甘かった。11もの問題を抱えた学生が、こういう番組制作などというメディアでも最も難しい作業をこなせるわけがないのだ。だから、最初は、自転車操業状態。私も、体を壊した。

それが不思議なもので、少しずつだが、ノウハウを蓄積し先輩から後輩へ伝承し始めた。毎月放送される番組も、国内のコンテストで入賞するようになった。番組のレベルも、最近はかなり高くなったように思う

私が最も驚いたのは、11もの問題を抱えた学生は、1,2年で、急激に成長し、ある程度改善するという事実だ。

そもそも、普通の社会人でも、この11をすべてこなせる人などいないだろう。程度の差の問題である。最近は、いろんな企業の方やマスコミの方が取材にこられるが、どの方もゼミ生の態度に驚かれる。「まだ2年生なの?4年生かと思った」「鍛えられてますねー」。

番組制作というものは、企画を立て、アポを取り、現地に行って事前取材し、構成を立て、そして撮影に行き、さらに構成を立てて、編集作業を行い、いろんな先輩に叩かれ、そして、一本わずか数分の作品をパッケージ化する。とてつもなく手間がかかり、気絶するぐらい面倒な作業である。

こうした作業は、映像制作というスキルだけでなく、人間性を鍛える上でも役に立つと、最近確信している。身なりや言葉遣い、取材先とのコミュニケーション、安全管理、チームワーク、面白ければ苦労は乗り越えられるという実感、そして、完成させて放送されれば自己効力感も向上する。

すさまじく口の堅い職人さんが、多摩地区にはたくさんいる。「撮影はうっとおしい」と言って断る人もいる。朴訥で、なかなか心の内を語ってくれないガンコ親父もいる。しかし、そういう世代の違う人たちのところに、何回も何回も足を運んで話をする。そうしているうちに、向こうが根負けして、すこしずつ話し出してくれる。最後は、若い学生たちと不思議な信頼関係が芽生えている。

こうした経験は、ジャーナリストになってからも、十分いかせるのではないかと思う。

そしてなにより、自分の足で多摩という地域を歩き、実は多くの未発見のものが存在するのだということに気づくという点が、面白いのである。これもまた、新聞記者になって地方に赴任して取材するときは役に立つし、何より楽しんで仕事ができる。

途中で、「ゼミ活動やっていると遊べない」と言って去っていく者もいる。しかし、最後まで生き残った者は、何某かの成果を握り締めて卒業していく。そのころには、11の問題はかなり改善されている。

大学のサーバーが消滅しない限り、自分が苦労して制作した作品は残り続ける。社会に出てもネットにアクセスして作品を見れば、そこに自分の青春の輝きを見つけることができるのである。

マスコミ業界にも毎年数人は受かるようになった。しかし、それは結果である。それよりも、もっと大事なものを、ゼミ活動を通して体得してくれていれば、私はうれしい。

たかが映像、されど映像である・・・。

*ただ、活字による訓練もあわせてやらないといけないのであるが、その話は、また別の機会に。

投稿者 matsuno : 2007年02月10日 23:06