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2007年01月24日
留年か卒業か②
私は、こういうことが言いたいのである。
1、希望していないところに内定した場合、卒業までにジレンマに陥る
2、自分の気持ちを整理できないまま、一か八かで希望しない内定先に就職すると、矛盾をそのまま引きずって、途中で辞める可能性がある
3、途中で辞めると、大きな失望感に襲われるだけでなく、転職するときに、辞めた理由をいろいろ聞かれて不利である。それでも、頑張れば問題ないのだが、そう簡単なものではない。
4、日本の企業は、米国がキャリア重視であるのと違って、新卒一括採用で、入社時の「同期」が定年までつきまとう。管理職昇格や役員人事にもそれが反映される。私自身、そういう硬直した制度は壊れたと思っていたが、まだまだ残っている。
5、自分がやる気があるのなら、留年してもう一度自分の志望先に挑戦したほうがいいのではないか。ただし、志望群をいくつか用意し、戦略的に就職活動を展開することが大事。
6、いろんな事情で、やむなく志望していないところに就職しても、そこでやりがいを見つけることはある。だから、すべてを否定しているわけではない。しかし、志望していないところに、心の矛盾を抱えて就職するのなら、もう一度やり直した方がいいということ。あるいは、自分で決断して心の整理をして、けじめをつけて就職することが大事。
7、米国のように、自分のキャリアを伸ばし、大学院を出て、さらに自分の目標に向かっていくことが、日本ではできにくい。新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金、「同期」の存在、中途と生え抜きの格差、総合職と一般職の格差などなど、いろいろ問題はある。だから、大学から就職するときが一番、注意しなければいけないと言っているわけである。そういう制度はもう日本でも壊れたという意見もあるが、私はまだまだ残っているし、そうした日本的制度の良さがあることも否定できない。グローバル化が進む中、もう一度日本型雇用システムを再評価しようという声もある。だから、大学から社会へ出るタイミングが大事なのである。
8、日本の就職事情はとても厳しいし、雇用形態自体が相変わらず硬直化しているので、できれば留年して再度挑戦したほうがいい。一旦、卒業して活動することを、私は否定しないが、苦労するでしょう。そう甘くはない。卒業してしまうと、すごーく不利になる。
9、「受けまくる」は、私がやっているマスコミ塾の2大鉄則の1つ。受けまくるのは、志望先を受けるということで、あらゆるところを受けるという意味ではない。マスコミだけでも、かなりある。それに、そう簡単に、内定など取れない。受けまくっているうちに、というより、落ちまくっているうちに、企業や社会が何を求めているのかがわかる。全滅など当然である。自分を磨いてないやつなど絶対に無理。
10、会社というのは、大学と違って、歯車みたいなもので、自分がなにかできるというようなところではない。自分を殺してマシンにならなければやっていけない。そのマシンになって初めて、見えてくるものである。ただ、やっているうちに、面白さを発見することがある。そうしたらしめたものだ。しかし、どうしても矛盾を感じることがある。その多くは、大学から会社へ行くときに、しっかり、自分で納得して行っていたかによることが多い。
11、同級生はみな卒業していくのに自分だけ留年して、自分の夢や、志望する業種に再挑戦することの方が、大変で苦しいと思うが、そこは歯を食いしばって留年したほうがいい。私は、留年できる大学こそ、一流大学だと思っている。ただし、評価できるのは戦略的留年だけである。怠惰であるが故の留年は、途中で本人が悟ればよいが、ほとんどは転落へつながっていく。「覚醒」し「自己嫌悪」に陥り、そこから戦略を練ることが大事である。
12、就職は、人間が市場で値踏みされるようなもの。それまでのキャリアや実績、学位や活動、人柄、コミュニケーション能力、マネジメント能力などで、その人物の評価が決められる。資本主義、至上主義だからしょうがない。
13、仕事は、メシを食っていくためのものであるが、なるだけなら自分のやりたいことと一致することが望ましい。大人になって、家族のために自分が好きでもない仕事をやっている人はたくさんいる。それが仕事というもの。でも、まだ君たちには努力すれば手に入るものがある。自分のやりたいことを仕事にできる可能性がある。それを見つけて、納得して就職してほしい。
14、就職して、まちがったと思っても努力するのは当然で、それは今回書いた就職の話とは違う。それは、就職してからの話。そのときの乗越え方は、また別の機会に書きましょう。
投稿者 matsuno : 2007年01月24日 22:39