« 2006年12月 | メイン | 2007年02月 »

2007年01月31日

「能登」の発見③-漆器と鯛

能登の町を歩いていると、思わぬものを発見した。
「漆器病院」。

漆器病院.JPG


漆器は、補修して長く使えるものだという。
高価なものもあり、補修する技術も発展したらしい。
そういうところに、手作りというか、伝統というか、地域に根ざした「技」のすばらしさがある。

この街には、漆器や沈金などを学ぶ学校もある。
時間があれば、国内留学したいとさえ思った。
鮮やかだが、和風の渋みもあるところが、日本人の心に沁みる。

---------------------------

ついでに、この「能登」で感動したのは、鯛の料理だ。
芸術と食い物では、かなり違うジャンルなのだが、旅と言ったらやはり土地の食べ物は欠かせない。

ゼミのあるチームが、漁船に乗って漁を撮影した。
そのときに、鯛を持ち帰った。それも、数匹。
この鯛を宿泊先近くの居酒屋に頼んで料理してもらった。

DVC00147.JPG

刺身、煮付け、焼き物・・・。
「能登」で食べる獲れたての鯛は、実にうまかった。

博多弁でいうと、「能登の鯛は、うまかっタイ」。うーん、今2つぐらいだな・・・。

投稿者 matsuno : 13:10

「能登」の発見②-「恋路行」の切符は・・・

「恋路海岸」というとロマンチックだが、実は、悲恋物語。

DVC00100.JPG

昔、この村に、恋に落ちた若いカップルがいた。沖合いの島に住む娘は毎晩火を焚いた。青年はその火を目印に海を渡って娘に会いに行っていたという。

しかし、この若い娘に恋心を抱く別の男が登場。いわゆる恋敵だ。この男が、娘を監禁し、別の危険な場所で火を焚いたそうな。その火にだまされた青年は、海の深みにはまり、命を落とした。

その事を知った娘は、あまりの悲しみから海へ身を投げたそうな。

DVC00097.JPG

恋敵が別の危険なところで火を焚いたぐらいで、海の深みにはまるのだろうか、などという疑問を抱いていてはいけない。当時は、街灯もなければネオンもない。夜は、まさに「漆黒の闇」だったわけだから。

この場所にたたずむ。
まさに白砂青松。海も青く澄み、とても美しい。

毎年7月27日には、この悲話の主人公の男女を慰霊する「火祭り」が行われるらしい。たいまつが、海を赤く染めるそうだ。一度、祭りの日に訪れてみたいものだ。


しかし、、この事件の後に、残された恋敵の男はどうなったのだろうか。娘が身を投げたことで、後悔したのだろうか。あるいは、そのカップルの愛の深さを知り供養したのだろうか。いやいや、そんなことはない。また、別の娘に手を出したに違いない。

まあ、どうでもいいのだが、気になるのは、取材を職業にしていたクセなのだろうか。

海に浮かぶ「弁天島」は、引き潮のときには歩いて渡ることができる。満ち潮になると道がなくなる。それは、この伝説の当時と同じらしい。

能登鉄道が廃止される前は、この近くに「恋路駅」があった。この駅行きの切符には、「恋路行」と印刷されるので、昔ブームになった記憶がある。今は残念ながら、鉄道廃止で、ここでは「恋路行」切符は入手できない。

学生諸君、「恋路行」の切符は、自分の心の中で発券してください。

投稿者 matsuno : 12:03

2007年01月30日

「能登」の発見①-和とズージャ

これまで、ゼミの合宿でいろんなところに行った。
国内各地だけでなく、米国東海岸にも行った。

どこも印象深かったのだが、街の雰囲気で言えば、能登半島の輪島はなかなか良かった。

DVC00151.JPG

漆器の街らしく、どの店に入っても、「黒」が映えた。

まち全体が、日本の良さをかもし出していた。

どの店先にも、風鈴がかざってあった。
こうした演出が、輪島という街の好印象を旅人に与えるのだろう。

DVC00016.JPG

午前中は、朝市が開かれ、観光客がひっきりなしに行きかう。

DVC00139.JPG


昼すぎには、出店がたたまれ、街の中に、静かにジャズが流れる。
日本的な街の隅々に、乾いたメロディーが染みとおる。

DVC00069.JPG

町を歩きながら、たまらなく心地良かった・・・。

投稿者 matsuno : 21:09

2007年01月26日

子どもとお年寄りの交流

サンシン.jpg

沖縄県南城市のある小学校の教室にかかっていたサンシン(三味線)。

クラブ活動で弾いているそうだが、教えているのは、地域のお年寄りだそうだ。お年寄りの技を子どもたちに伝承する。地域に根ざした文化や芸術、表現を、次世代につないで、大事にしていく。

そういうところが、沖縄の良さだと、改めて思った。

投稿者 matsuno : 22:49

2007年01月25日

「待て!」を覚える

マテ1.JPG
「待て!」を覚えることが、犬には大事だ。厳しい態度で臨むことが重要だ!

マテ2.JPG

うーん。しかし、こういう顔には、弱い。そういう顔をされると、「待て!」を解除したくなるのだ。
うーん、おねだり顔には、負けてしまうのであった・・・。
あんまり、訓練になっていないなあ。

「学生には厳しいが、犬には弱い」の巻でした・・・。

投稿者 matsuno : 22:00

もう桜が!

沖縄にプロジェクトの打ち合わせに行った。
そこで、見つけたのは、咲き始めたヒカンザクラの花!

サクラ.jpg

ああ、やっぱり、暖かいところが、いい!

このサクラ、実は、寒さを感じると咲くらしい。
だから、山の方から里へ向かって咲き始めるらしい。
沖縄も、北の国頭から那覇へ開花が下ってくるという話だった。
まことに、面白い。

投稿者 matsuno : 21:07

2007年01月24日

留年か卒業か②

私は、こういうことが言いたいのである。

1、希望していないところに内定した場合、卒業までにジレンマに陥る

2、自分の気持ちを整理できないまま、一か八かで希望しない内定先に就職すると、矛盾をそのまま引きずって、途中で辞める可能性がある

3、途中で辞めると、大きな失望感に襲われるだけでなく、転職するときに、辞めた理由をいろいろ聞かれて不利である。それでも、頑張れば問題ないのだが、そう簡単なものではない。

4、日本の企業は、米国がキャリア重視であるのと違って、新卒一括採用で、入社時の「同期」が定年までつきまとう。管理職昇格や役員人事にもそれが反映される。私自身、そういう硬直した制度は壊れたと思っていたが、まだまだ残っている。

5、自分がやる気があるのなら、留年してもう一度自分の志望先に挑戦したほうがいいのではないか。ただし、志望群をいくつか用意し、戦略的に就職活動を展開することが大事。


6、いろんな事情で、やむなく志望していないところに就職しても、そこでやりがいを見つけることはある。だから、すべてを否定しているわけではない。しかし、志望していないところに、心の矛盾を抱えて就職するのなら、もう一度やり直した方がいいということ。あるいは、自分で決断して心の整理をして、けじめをつけて就職することが大事。

7、米国のように、自分のキャリアを伸ばし、大学院を出て、さらに自分の目標に向かっていくことが、日本ではできにくい。新卒一括採用、終身雇用、年功序列型賃金、「同期」の存在、中途と生え抜きの格差、総合職と一般職の格差などなど、いろいろ問題はある。だから、大学から就職するときが一番、注意しなければいけないと言っているわけである。そういう制度はもう日本でも壊れたという意見もあるが、私はまだまだ残っているし、そうした日本的制度の良さがあることも否定できない。グローバル化が進む中、もう一度日本型雇用システムを再評価しようという声もある。だから、大学から社会へ出るタイミングが大事なのである。

8、日本の就職事情はとても厳しいし、雇用形態自体が相変わらず硬直化しているので、できれば留年して再度挑戦したほうがいい。一旦、卒業して活動することを、私は否定しないが、苦労するでしょう。そう甘くはない。卒業してしまうと、すごーく不利になる。

9、「受けまくる」は、私がやっているマスコミ塾の2大鉄則の1つ。受けまくるのは、志望先を受けるということで、あらゆるところを受けるという意味ではない。マスコミだけでも、かなりある。それに、そう簡単に、内定など取れない。受けまくっているうちに、というより、落ちまくっているうちに、企業や社会が何を求めているのかがわかる。全滅など当然である。自分を磨いてないやつなど絶対に無理。

10、会社というのは、大学と違って、歯車みたいなもので、自分がなにかできるというようなところではない。自分を殺してマシンにならなければやっていけない。そのマシンになって初めて、見えてくるものである。ただ、やっているうちに、面白さを発見することがある。そうしたらしめたものだ。しかし、どうしても矛盾を感じることがある。その多くは、大学から会社へ行くときに、しっかり、自分で納得して行っていたかによることが多い。

11、同級生はみな卒業していくのに自分だけ留年して、自分の夢や、志望する業種に再挑戦することの方が、大変で苦しいと思うが、そこは歯を食いしばって留年したほうがいい。私は、留年できる大学こそ、一流大学だと思っている。ただし、評価できるのは戦略的留年だけである。怠惰であるが故の留年は、途中で本人が悟ればよいが、ほとんどは転落へつながっていく。「覚醒」し「自己嫌悪」に陥り、そこから戦略を練ることが大事である。

12、就職は、人間が市場で値踏みされるようなもの。それまでのキャリアや実績、学位や活動、人柄、コミュニケーション能力、マネジメント能力などで、その人物の評価が決められる。資本主義、至上主義だからしょうがない。

13、仕事は、メシを食っていくためのものであるが、なるだけなら自分のやりたいことと一致することが望ましい。大人になって、家族のために自分が好きでもない仕事をやっている人はたくさんいる。それが仕事というもの。でも、まだ君たちには努力すれば手に入るものがある。自分のやりたいことを仕事にできる可能性がある。それを見つけて、納得して就職してほしい。

14、就職して、まちがったと思っても努力するのは当然で、それは今回書いた就職の話とは違う。それは、就職してからの話。そのときの乗越え方は、また別の機会に書きましょう。

投稿者 matsuno : 22:39

2007年01月21日

留年か就職か① (再掲載)

2005-01-24 に書いた記事ですが、参考になると思いますので、再掲載します。2回連載。
---------------------------

留年か就職か①
この時期になると、卒業を目前にして、迷う学生が出てくる。
それは、志望したところではないが内定しているところに就職するべきか、留年して再度、就職活動すべきか、というジレンマに陥るからである。

私は学生には、ずばり、こういうことにしている。

「自分で納得できないで一か八かで就職しようとしているときは、留年して捲土重来を期せ」と。
(あるいは、これから間に合う大学院に進学する手もある。)

留年できる大学こそ一流大学。(一部の大学、特に女子大は、とにかく学生を追い出すというか、プーでも卒業しなければならない雰囲気が充満している)

大学というのは、最後のジャンプ台である。
そこで不十分な踏み切りしかできないと、必ず失速する。
自分の心にけじめをつけられないと、それを引きずってしまう。
会社に入れば、そこは軍隊組織だから、必ず迷いが出てくる。
そして我慢できなくなって、「俺はこんなことをするために生まれてきたんじゃない」と辞めてしまう。
しかし、そのときには「新卒」のカードは、もう無い。

今留年すれば、もうすぐに就職活動ができる。
やはり、自分で納得するまで活動してみることが大事。
皆同級生が卒業していくので、寂しくて苦しいのはわかる。確かに寂しい。
でも、そこで食いしばらなきゃいかん。
たった1年の遅れは、社会に出ればあっという間に取り戻せる。
自分が好きでもない会社に入ると、すぐに矛盾が出てくる。
その矛盾を抱えて仕事するのは、とても苦しい。そうしているうちに、また就職活動シーズンがやってきて、留年すればよかったと後悔するのだ。
一回辞めると、健康保険、厚生年金のことはあるし、日本みたいな硬直した雇用システムだと、なかなか良いところに転職できないから大変。だから、大学からジャンプする時が一番大事だね。

自分が希望する会社に内定しなかった場合は、大学院に行くか、留年するか、さっさと踏ん切りをつけたほうがいい。そこでさらに自分に磨きをかけて、再挑戦することが大事。

世間体や授業料、さらには恋人との関係、また親からの要請、同級生の卒業など、留年は辛いことが多い。でも、1年の苦労は、あとで数十倍の果実となって戻ってくる。
就職は、一か八かでやらないことだ。

私の研究室は、「留年ゼミ」なるものを作っている。
みんな心細いから、みんなで励ましあって、苦しい時を乗り切ろうという考えだ。

ゼミ生には、みんなが希望するところに内定してもらいたいけど、世間はそう甘くない。
市場で売れる人間は、やはり決まっている。プレゼンが上手な学生は、たくさん内定が取れる。しかし、プレゼンが下手な学生はもう真っ暗。落ちるたびに、人格を否定された気になる。

就職活動は、大学生にとって、それまでで最大の危機。
自分が大学時代にやってきたことに自信をもって、ドーンとやってほしい。

1、危険は分散する→受けまくる
2、事前準備は怠らない
3、自分がやって来たことに自信をもつ
4、無理をしないで自分の良いところを見つける→「地味で真面目」で十分

以上、自戒をこめて書きました。

投稿者 matsuno : 21:38

2007年01月20日

昔、無機質だった町と、今も無機質なキャンパスを考える。

茨城県には、通算で4年間ほど住んだ。
ちょうど、科学万博をはさんでいたので、激動の4年間だった。

最初、あの茨城弁には、ショックを受けた。「ここは、東北か」と思った。ただすぐに、アクセントは宮崎弁の抑揚に似ているということに気づいた。転校転校で養った順応性で、茨城弁もすぐに覚えた。いまでも話せる。

茨城では、けっこう苦しい思い出もあるのだが、海があったことと、様々な大型開発プロジェクト、あふれる自然と食べ物、基地問題、原子力問題、筑波研究学園都市、土建政治と選挙、があったことで、記者として実に鍛えられた4年間だった。今思えば、良いところだった。その中でも、筑波は、茨城の中の未来都市みたいなところで、不思議な町だった。

最近、つくばエキスプレスに乗りたいと思い立ち、久しぶりに筑波に出かけた。わずか45分で、秋葉原からつくばまで行ってしまう。少々、運賃は高いのだが、なんと言っても早い。乗っていて気づいたのは、沿線は開発ラッシュであるということ。住宅造成で、風に砂煙が舞っていた。

DVC00144.JPG

つくばに着くと、そこには、かなり整備された「筑波研究学園都市」の姿があった。マンションの数が増えたような気がする。記者時代に「セイダカアワダチソウの中に、銀色の研究所が立ち並ぶ人工的な町」と表現した筑波は、すっかり人間の顔をした町になっていた。

DVC00145.JPG

その昔、あまりにも辺鄙で、人工的で、研究者の自殺者が多かった。「筑波病」とまで名づけられた。単身赴任の科学者たちが、業績をあげなければというプレッシャーに負けて次々と自殺した。

筑波大の精神医学者などにも取材をしたが、皆、「界隈」がないのが原因としていた。つまり、「人間の顔とにおい」のするドヤ街みたいなものだ。東京でいえば、新橋とか有楽町のガード下の焼き鳥屋街みたいなものだ。筑波はけっこう寒いので、冬の雨の日は、精神的にはつらかっただろうと思う。
今は、映画館はあるし、飲み屋街もある。

隣りの韓国は、筑波で研究者の自殺が多いことも研究し、大田(テジョン)の近郊に作った大徳研究学園都市は、高速道路でダウンタウンと30分で結んで、「筑波病」を予防できるように設計した。韓国でも、「筑波病」は有名だったことは、現地で取材してみて、本当に驚いた。

さて、中央大学はどうかというと、これがまったく人間性を無視した人工的で幾何学的なキャンパスである。大学の外に町はなく、界隈もない。大学外の市民や町とも隔絶されている。ただ、ひたすら国家試験や公務員試験の勉強をしろとでもいうのだろうか。

大学は、社会から隔絶したり、閉じこもったりするべきではない。やはり、みんなが、来たくなるようなアメニティのレベルが高いものに設計しなければならないと思う。

0501キャンパス.JPG


センター試験でここを訪れる受験生は、どう思うだろうか。
遠くから受験に来る学生は、どう思うだろうか。
本来は、試験会場に来たら、「ああ、ぜひこのキャンパスで青春を謳歌したい」と思えるような設計であるべきだ。現状では、「ここにだけは、来たくない」と思う学生もいるかもしれない。

私が学長ならば、まず学内にコンビニとスタバを入れるだろう。すでに東大だって学内にコンビニ入れているぐらいだから、なぜ私立にできないのだろうか。さらに、ビルの色を変え、夏はキャンパスをカフェ風にアレンジするだろう。

そして、さっさと、都心にメインキャンパスを移転させ、学部も大学院も、時代のニーズにあったものに、大幅に改編してしまうだろう。どんなに学問的にすばらしいと言っても、高校生に「ここに来たい」と思わせないことには、どんどん都心にある他大学に流れていく。

無機質で寒々としたキャンパスは、この少子化の時代、若者から見捨てられる可能性がある。そして、「筑波病」のようなシンドロームを発生させる可能性もある。

「快適なキャンパス」という発想が、必要だと痛切に思う。みんなでアイデアを出し合い改善していく方法を考え、提案をしていきたい。今年はそろそろ。無視されるかもしれないが。

投稿者 matsuno : 23:45

2007年01月18日

ここは、アジアの怪しい○○か・・・

P1000304.JPG

沖縄と言えば、首里城。ということで、入場料800円也を払って中に入った。沖縄の人が言うには、「一度で十分だよ。800円の価値があるかどうかはわからんねー」。

しかし、せっかく来たので、中に入った。すべて復元物である。よく作ったものだー、とは思ったが、やはり作り物である。こういう風になっていたのか、と勉強にはなったが、やはり、「一回でいいや」と思ったのである。

中で流れていたビデオも、NHK制作ですな、あれは。大河ドラマの舞台だったわけだから、当然と言えば当然なんですが・・・。

さて、この首里城で一番衝撃的だったのは、その後である。

城(沖縄では、グスク)を見学し終わって、坂をくだっていると、「お兄さーん、お兄さーん」という声が聞こえる。誰を呼んでいるのかと見れば、私を呼んでいるではないか。

「ハイサイ、おじさんだよー」と言うと、「いいえ、ハイサイ、お兄さーんですよー」と答える。

いったい、これは何だ?
早い話が、ズラリと並んだアイスクリーム屋なのである。

P1000313.JPG

こういう風景は、アジアの怪しい場所と同じ感じがするのである。「お兄さーん」「社長さーん」などというのは、アジアの怪しいドヤ街を歩いていると、左右から浴びせかけられる声なのである。

ここは日本なのだが、最も「アジア」に近い琉球らしい雰囲気を感じてしまったのである。

そこで、「ハイサイ、お兄さーん」は、紅芋アイスを食べてしまいました、とさ。

追記:
ちなみに、パリのムーラン・ルージュ前の通りでは、「ニーハオ」と声をかけられ、自分が限りなく、ウラルアルタイ語族であることを認識。

ソウルでも、韓国のオノボリさんたちから、まったく違和感なくハングルで話しかけられる。いつも・・・。
「アーニョ、イルボンサラムイムニダ」と答えると、「アーニョ、ウリサラムイムニダ」と返された。

・・・、私はこよなく、アジアが好きだ。

投稿者 matsuno : 23:55

2007年01月16日

ああ、亀さんよ・・・。

日本国内の某所で見つけたゾウガメ。
背中を良く見ると張り紙があった。

かめ.JPG

「このかめはつかれているので乗らないで下さい」

子どもをゾウガメに乗せてくれる動植物園が国内にいくつかある。中には、親も一緒に乗れるところもある。また、ゾウガメに乗るのに、別料金を取るところもある。

確かに、子どもが「乗りたい」と言えば、親心としては、乗せてあげたいだろう。また、子どもがゾウガメに乗っているのを見たら、別の子どもも「乗りたい」と言い出すに違いない。そうなると、親は、これはなんらかの動物虐待になるのではないか、あるいは、「かわいそうかな」と思っていても、動物園が良いと言っているのだから問題ないだろうと子どもを乗せてしまうだろう。

あるいは、「かわいそう」などとは、すこしも思わないかもしれない。親としては、ただ、ひたすら子どもの喜ぶ顔が見たいだけだろう。

しかし、こうして、ゾウガメも疲れるんだ、という現実を見せられると、やはり、かわいそうになってくる。生き物に不必要な苦痛を与えることはやはりまずい。動物愛護管理法(動物の愛護及び管理に関する法律)の見地からも、ゾウガメが疲れるまで人間を乗せるのは、問題があるだろう。ましてや、金を取って、人間を乗せることを商売にすること自体、いかがなものかと思う。

「えさは食べさせてもいいです」

疲れているので乗ってはいけない。でも、えさは食べさせてもいいです。

張った人は一応、カメの状態を把握し心配して張ったのかもしれないが、なんだか、人間の身勝手さを感じてしまう。

カメは長寿といわれるが、こういう状況だと、早死にしてしまう可能性がある。やはり、ゾウガメは、乗ることができるといっても、乗らないほうがよいに決まっている。

投稿者 matsuno : 22:08

2007年01月14日

沖縄のある市場で

沖縄のある小さな野菜市場に行ったら、こういう張り紙があった。

manbiki.JPG

しかし、この張り紙の下を見ると、こんなにでかい野菜が。

tougan.JPG

これは、冬瓜(とうがん)と呼ばれるもので、実際に、あんかけなどの料理に使われる。
味はあまりないが、ヘルシーであることだけは確かだ。

しかし、こんな大きくて重い冬瓜を万引きする人がいるのだろうか?
たぶん、以前に、何がしかの万引きがあったので、こういう張り紙が張られたことは間違いない。

・・・とすると、
その人は、そんなに「冬瓜」が食いたかったのだろうか・・・。

投稿者 matsuno : 21:22

「禁煙フロア」という名の・・・

沖縄県那覇市のあるビジネスホテル。

「禁煙フロア」に宿泊したのだが、エレベーターホールに来てみたら、なんと!!

そこには、灰皿と消し忘れのタバコが!!あたりには、もちろん煙が充満しているのである。

061105_100306_M.jpg

これじゃ、禁煙フロアと銘打って宣伝する意味が、「ないじゃ、あーりませんか?(ちょっと古い)」と、フロントに聞いてみた。

すると、ホテル側は、
「喫煙フロアが満室になった場合に、禁煙フロアーにお客さんを回します。その関係で、灰皿は準備させていただいております」
ということだった。

うーん、私が頭が悪いせいか、その場は、妙に納得してチェックアウトしたのだが、帰りの飛行機の中で、なんとなく納得がいかないのだ。

やはり、禁煙フロアなら、灰皿やタバコとは一切縁を切ったフロアしてこそ「禁煙フロアー」だろうと思うのである。何事も「けじめ」が大事で、あいまいなルールは、ないのといっしょじゃないかと思うのである。

まあまあ、そう厳密に言わなくともよいではないか、という意見もありますが、「禁煙フロア」の名が泣くような気がしますね。「禁煙フロア」があるから宿泊している旅行客もいるわけですから・・・。

禁煙フロアのエレベーターホールに、灰皿が設置してあるホテルはどれくらいの割合であるのだろうか。
確かに、外国のホテルでいくつか見かけたが、そのほとんがアジアのホテルだった記憶がある。それだけ、タバコは欧米から締め出され、アジアに市場を求めているのかもしれない。

米国留学中のことだが、ハーバード大学公衆衛生大学院の講義で、「現代のアヘン戦争」というのがあった。米国のタバコ会社は訴訟で負け続け、結果的に販路をアジアに求めて外交で圧力をかけ続けているというものだった。統計学的に立証されたものだったので、かなり納得した。

そういえば、私が学生時代に外国のタバコ「洋モク」を吸うのは夢だった。つまり、高くて吸えなかったのだ。しかし、最近では、学生でも若い女性でもガンガン「洋モク」を吸っているからねー。米国タバコの戦略は、けっこううまく行っているのかもしれない。
しかし、複雑な心境ですな・・・。

喫煙権も禁煙権も、私は認めておりますが、いずれにしろ、ルールだけは守りたいものですね。

投稿者 matsuno : 19:20

「ゴルフ禁止」の看板

江戸川の河川敷で見つけた看板。

看板には、「ゴルフ禁止」とあるのに、なぜ子どもがおぼれているのか。

ゴルフ禁止.JPG

たぶん、この看板は、元々は、「遊泳禁止」とか、「川で遊ばないで下さい」とか、単純に「あぶない」という内容だったと思われる。

ペンキが剥がれ落ちて、真っ白になったところに、「ゴルフ禁止」が書き込まれたのだろう。

しかし、子どもがおぼれている絵だけが残っているのはなぜだろうか。ペンキの種類が違うからだろうか。

散歩のついでに、ちょっとばかり考えてみました、とさ。

投稿者 matsuno : 19:06

2007年01月13日

水中花火(福井県高浜町)-体感する花火!

毎年7月、福井県高浜町で、ゼミのプロジェクト「高浜子ども放送局」を行っている。
7月下旬に高浜町観光協会などが主催するお祭り「漁火想」を、地元の小中学生がリポートし、完成した番組は、地元のCATV局で放送される。

炎天下のお祭りなので、子どもたちも学生も、歩いて取材して撮影してリポートするのは大変。
でも、最後に「感動」が待っている。それが、全国でも珍しい水中花火である。

PIC_0011.JPG

美しさもすばらしいのだが、この花火は「目」で楽しむというよりも、「体」で楽しむと言ったほうがよいかもしれない。音と風圧がすごいのである。まさに、「花火を体感する」という表現がふさわしい。

爆発.JPG

船が水面に花火を浮かべて、それが水上で爆発するのである。だから、「水中花火」というよりも、「水上花火」と言ったほうが良いかもしれない。

水中花火.JPG

写真を見てもらえばわかるが、とにかく人にも火の粉が降りかからんとするぐらいの状況なのである。
あまりにすさまじいので、祭りの実行委員が、花火を仕掛ける船に「もっと離れろ」と無線連絡するのであるが、やはり花火を見せるほうは良い花火を見せたいのだろう。相変わらず「すごい」を演出するのである。

昔は、この水中花火は、全国で数箇所あったらしいのだが、漁業に影響が出るという理由で中止になったところが多いらしい。

私個人としては、不思議な縁で、この福井県高浜町の「漁火想」を毎年体験できることは、まことにありがたいことだと思っている。この水中花火を見ると、「ああ、夏だー」と、最近では実感するようになっている。

投稿者 matsuno : 22:35

2007年01月07日

島ぞうり

首里から県庁前まで、夜遅い時間にゆいレールに乗った。
誰も乗っていない。車両には、私だけだ。

窓から外を眺めると、那覇新都心の夜景が見える。

ここで、誰もいない風景を写真に残しておこうと思い立つ。
しかし、あまりにも殺風景だ。
そうだ!
座席に「島ぞうり」をのせて撮ろう。
そうすれば、すこしは沖縄の雰囲気がでるかもしれない、と思った。


島ぞうり.JPG

「うーん、決まったね!」と、1人で思うことにする。
座席が汚れないように、島ぞうりをビニールで包んだところに、私という人間のやさしさがにじみ出ていると自己満足する(マナーとして当然のことだが・・・)。

この「島ぞうり」、単なるビーチサンダルじゃないかと思われるかもしれないが、その通りである。最もシンプルなビーチサンダルを、沖縄の人は「島ぞうり」と呼ぶのである。

いつでも、どこでも、好きな海に入れるように、沖縄では、この「島ぞうり」は必需品なのである。沖縄の若者に会ったら、足下を見るといい。必ず、島ぞうりのVサイン焼けができているから。

ちなみに、ビーチサンダルは、英語では「フリップフロップ」、スペイン語では「サヨナラ」というそうだ。スペイン語圏に行ったら、ほんとうに「サヨナラ」なのかどうか、確かめてみたい。

投稿者 matsuno : 14:28

2007年01月06日

夕焼けのきれいな日に・・・。

私の好きな散歩コースの1つに、江戸川の河川敷がある。
対岸は東京都、こちらは千葉県市川市。

ichikawa.JPG


市川市には松林が多く残り、昔から多くの文化人が別荘を持ち移り住んだ場所でもある。「濹東綺譚」を書いた永井荷風も、この市川市で最期を迎えている。

この江戸川の河川敷は、文化人の別荘地に連続し、さらに、江戸の下町に連続している。、そして、ちょっと下流に行けば、山本周五郎の「青べか物語」で有名な浦安市と接する。ここは昔、漁業の町だった。

文化人の別荘と江戸の下町と漁業の町。それらに挟まれた江戸川河川敷は、不思議な空間と時間にひたれる場所である。

川面.JPG

この河川敷からながめる夕日は美しい。川面に静かに波が立ち、ねぐらに帰る鳥の声が聞こえる。風が吹くたびに、ヨシワラの葉のざわめきに、一帯が包まれる。

都会の喧騒を忘れ、一瞬だが、無我の境地に入ることができる場所である。


投稿者 matsuno : 21:12

2007年01月03日

夕日の名所は・・・

二見が浦.JPG

九州大学の新キャンパスができた伊都地区に行ったついでに、足を運んだのがここ。福岡市に程近い、桜井二見ヶ浦。
実に、20数年ぶりに訪れた。

日本の渚100選に指定されたらしく、
三重県の二見ケ浦の朝日に対し、ここは「夕日の二見ケ浦」として有名なのだそうだ。
玄界灘に沈む落日はとても美しいのだが、やはり、冬は寒い。

波も荒い。「1に玄海、2に遠江海、3に日向の赤江灘」というぐらいだから、当然、波が砕け散って、泡を飛ばしていた(写真の場所は、波はさほどないが・・・)。

しめ縄で結ばれた夫婦岩は、桜井神社 の社領になっていて、代々黒田藩主の崇敬を受けてきたという。長い間、福岡に住んでいたが、初めて知った。

もう1つ、日本人というのは、こういう岩に神様が宿るとして、信仰の対象にしてきたんだ、ということにあらためて気付いた。こういう夫婦岩の信仰は、全国にあるらしい。

ここには掲載されていないが、山口県豊浦郡豊北町にも、夫婦岩があり注連縄(しめなわ)張りは、勇壮らしい!


投稿者 matsuno : 23:49

2007年01月02日

沖縄のぜんざい

「ぜんざい」というものは、基本的に熱くてお餅が入っているもの、というのが常識であるが、
その常識を覆す「ぜんざい」が沖縄にある。

これが沖縄のぜんざい。

ぜんざい.JPG

つまり、「カキ氷ぜんざい」なのである。
豆も、小豆ではなく、きんとき豆ではないかと思われる。

場所が変われば、食べ物も変わる。
熱いぜんざいはナイチャー(内地人)の常識だが、ウチナー(沖縄)では冷たいぜんざいが常識である。
常識は常識であって、常識でない。

頭は、絶えず柔軟にしておく必要を感じながら、この「沖縄のぜんざい」を、おいしくいただいたのである。


*量が多いので、2人で1つを分けて食べたほうがいいかも。

投稿者 matsuno : 22:42

ノニを飲んでみたノニ・・・

沖縄に行った際に、「最近、ノニジュースがはやりだよ」と教えられた。
そのノニというのが、この変わった植物というか果実である。

ノニ.JPG

学術名は、「モリンダ・シトリフォリア」で、日本名は「ヤエヤマアオキ」(八重山青木)というらしい。
沖縄の人に聞いたところ、「ガンにも効くぐらい、素晴らしいという噂だ」ということだったので、さっそく試しに、ジュースになったものを飲んでみた。

ところが!!
これは、「この世のものとは思えないぐらい、まずい!!!」、のである。
お茶か何かで割って飲まないと、ちょっと私には厳しい。
それほど、臭いと味がきつい。

しかし、飲みなれると慣れてくるらしい。

ちなみに、農林水産省の消費者関連のホームページには、
「そのジュースは、俗に糖尿病、高血圧、免疫力の強化、心臓病、ガンの予防、美容や健康に効果があるといわれていますが、ヒトにおける確実な科学的根拠は現時点では見当たりません。動物や細胞の実験において抗ガン作用を示した報告はありますが、その作用についてはさらなる検討が必要とされています。 (参考資料:(独)国立健康・栄養研究所ホームページ公表資料等) 」とあった。

つまり、まだ良く分からない民間療法の範疇に入るということですな・・・。

ただ、民間療法も、最近は見直されてきているという状況もある。
西洋医学とこうした民間療法や東洋医学の統合みたいなものも最近研究が始まっているらしい。

しかし、何はさておき、このまずさだけは、どうにかしてくれないだろうか・・・。

投稿者 matsuno : 22:02