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2006年10月20日
カラス瓜は、まだ黄色い
自宅近くの小学校のフェンスに、なんとカラス瓜。
まだ黄色い。
しかし、こういうたわいもないものを撮影する場合でも、
やはり、怪しいと思われるのではないかという不安がある。
小学校のフェンスだから、ことさらである。
世知辛い世の中になったものです。
「瓜田に履を納(い)れず 李下に冠を正さず」
ということも十重分かっているのだが、このカラス瓜は、小学生時代に「手りゅう弾」といって、投げあっていた思い出があったので、ついつい写真に収めてしまった。
「手りゅう弾」とは物騒であるが、そのような形をしているのである。
真っ赤に熟れたカラス瓜は、絵になるんですよね。また。
<後日談>
悲しいかな、数日後に塀の大掃除とかで、このカラス瓜は撤去されてしまいました。
ああ、赤くなるまで見たかった・・・。
投稿者 matsuno : 23:51
2006年10月17日
日本ハム優勝の裏に
クローズアップ現代によれば、日本ハムの優勝の裏側には、緻密な評価システムによる人材登用作戦があったという。
日本ハムという会社自体は、不祥事があったことがまだイメージに残っている。野球チーム・日本ハムファイターズも、風采が上がらない在京球団というイメージしか持っていなかった。
しかし、チームが北海道に移動し、なんとなく盛り上がっているなあと思っていたら、今期はいきなり優勝。とても不思議な気持ちがしていた。
クロ現は、その謎について解説をしていたのだが、驚いたことは、独自に開発した評価システムが存在したこと。そしてそのシステムで、一見うだつのあがらない選手をいろいろなところから「安く」集めてきて育て、試合に効果的に投入したという点である。
マイケル中村がセーブ記録を打ち立てたが、そもそもマイケルって誰って感じだった。そういう人材を見つけて育てた極秘システムがあったとは、驚いた。
しかし、あの江夏豊、豊田清の記録も塗り替え、パシフィック・リーグの歴代シーズン最多セーブ記録39セーブを上げたことには、本当に驚いた。
もう1つ、面白かったのは、ヒルマン監督が26歳からメジャーで監督の修行を積んできた点。そして、ヒルマン監督が、日本では日本人のメンタリティに合致した野球をやろうと方向転換を決心した点である。
メジャーリーガーが、がんがん打ってくるのに対し、日本人選手はバントを多用する。
こういうバント作戦について、
①日本人選手は自由よりも役割を与えられると安心する
②日本人選手はパワーで逆転できないが、仕事の質は極めて高い
、の反映だそうだ。
さらに、ヒルマン監督は、リリーフ投手が、経験のある捕手の指示を求めていることを発見し、投手交代の際には、捕手もセットで試合の終盤で代えたそうだ。つまり、抑えの投手と抑えの捕手をセットでマウンドに送ったわけだ。
投手の勢いで、ガンガン攻めるメジャーリーグとは大きく違う作戦を取ったというのだ。
この番組は、日本ハムの優勝秘話という点だけでなく、日本人と野球を考える上で、大変貴重な知見をもたらしてくれたように思う。
投稿者 matsuno : 21:56
2006年10月16日
「虫の音が心地よい」は・・・
外国人が日本に来て、虫の音を「noisy」と言ったのに対し、日本人が「やはり外人には風流はわからん」と言ったという話は良く聞く。
しかし、である。「虫の音が心地よい」のは、それなりのボリュームで聞こえるからであろう。
山の中にある中央大学の多摩キャンパスでも、夕方になると虫が鳴き出す。
しかし、それは「心地よい虫の音」というような代物ではない。
すごい数の虫が一斉に鳴くので、「リーン、リーン」とか「コロコロコロ」ではなく、
なんと、「キーーーーン」と響くのである。
無味乾燥なコンクリートの校舎に、反響しまくるのである。
虫の音が、「キーーーーン」と聞こえるなんて、初めての体験である。
ショックである。
虫の音を「noisy」と言った外人に同情しつつ・・・。

投稿者 matsuno : 21:36
痛々しい。
京王高尾駅のホーム。ベンチに座って掲示を眺めていたら、なんと、「とげとげ」を発見!
これは、何だろうと思ったが、ハト除けであろうということに気付いた。
これじゃ、ハトもとまれませんなあ。ましてや、巣作りもできませんね。
しかし、絵柄的にいうと、けっこう痛々しい・・・。

投稿者 matsuno : 16:34
2006年10月09日
「自分のやるべきことをきちっとやる」
NHK プロフェッショナル カメラマン 上田義彦(49)
良く目にする、なんともいえないほんわかしたCMを、この人が撮っていたとは。驚いた。ウーロン茶、とくに黒烏龍茶。そして、某化粧品。
この人の流儀の中にこういうのがあった。
「売ろう売ろうと思わない」
「写真に命を宿らせる」
最近のCGと音楽を使いまくるうるさいCMではなくて、ある意味、この2つの流儀は、オートポイエーシスだなと思った。
「自分を信じる」
これも、そう。
CMの撮影には、とても多くの人が絡むし立ち会う。凄まじい緊張感の中で、最後に自分を信じてシャッターを押せることは素晴らしい。視聴率や商業主義に走ると、最後の自分の中の勝負ができない。つまり、自分を信じることができなくなり、結果的に中途半端な作品で終わってしまう。
彼はまた、女優さんの演技が途切れた瞬間に、自然に体が反応してシャッターを押してしまうという。これもまた、プロの技というものであろう。ドイツ文学者・高橋義孝を撮影するときに、 キッとにらみ合いつづけ、最後に相手が「撮らせてやろう」と表情を緩ませた瞬間を逃さなかったという話には感動した。
最後、中島信也監督との撮影の順番を巡る攻防も、なかなか見せた。こういう静かだがキリキリした攻防の場面を捉えたNHKのカメラマン、ディレクターもなかなかのものである。
写真家 アービング・ペンような写真を撮りたいというスタンスと、広告というスタンス。
その2つのジレンマはどうなっているのか。
最後の言葉は、こうだった。
「自分のやるべきことをきちっとやる。最大限ですね。出し切る。それで、人に迷惑をかけない」
ちなみに、あの黒烏龍茶のCMは、けっこうインパクトあって、コンビニで良く買うようになった。
その撮影の様子が描かれていたが、それはそれは凄まじいものだったんだと、あらためて驚いた。
プロのインパクトのあるCMのお陰で、私はまた今日も、黒烏龍茶を買うことになるだろう。
投稿者 matsuno : 21:21
役所の隠蔽体質がある以上、ジャーナリストの仕事は終わらない
NNNドキュメント
飛鳥美人の涙 高松塚壁画 劣化の深層
読売テレビ ディレクター 波止荘子
この作品は、あの世紀の発見といわれた「高松塚古墳の壁画」が、実はカビだらけになり、そして、ランプの転倒事故で壁画が損傷していたこと、さらに、それらを文化庁が隠蔽していた事実を取り上げたドキュメンタリーである。
まず驚いたのは、明日香村は1980年制定の明日香村特別措置法によって、屋根瓦からビニールハウスの色まで規制され、スーパーもホテルもないということだ。それほど、飛鳥時代の遺跡が散在し、村全体が文化財保護のために生きているような所である。
「高松塚壁画」は歴史的発見と言われた。新聞が一面でカラー刷りで壁画を紹介していたことは、当時まだ中学生だった私もしっかりと覚えている。
お役所は「隠すことが仕事」と言われるぐらい、基本的に隠蔽体質がある。
しかし、今回の壁画のカビと転倒事故による損傷について隠していたことは、情報公開や説明責任の原則からして、まったくお話にならない。特にひどいのは、文化庁の幹部全員が、責任のがれのために、もっともらしい言い訳をして、「大したことない」「不幸中の幸い」などという論法にすり替えてしまっていた点である。
ある幹部などは、「高松塚は、たくさんある文化財のうちの1つ」であるという言い訳をしたらしい。そういう態度であれば、文化庁には任せられないということになる。
政府が管理し、税金を使った公務である以上、ミスは躊躇せずに発表し、情報公開して、その時点で最良の策をとるべきである。
役所に、責任逃れの論法で隠すことにしてしまう体質がある以上、ジャーナリストの仕事は終わりがないということだろう。
考古学は「高松塚壁画」以降、一世を風靡しつづけた感があるが、このところ、ひどい事件が続いているような気がするのは、私だけであろうか・・・。
読売テレビには、今後とも考古学ネタを深く掘り下げて報道してもらいたいものである。
投稿者 matsuno : 21:07
2006年10月06日
どんぐり一個で天下の秋を知る
モノレールの駅から、ペデストリアンデッキを歩くのは味気ない。
郵便局がモノレールの駅の下にあるので、郵便を投函したついでに、久しぶりに「下の道」を歩いた。
さすがに、下の道は、学生がいない。
スケボー野郎が、授業にも出ずに騒いでいる声が、遠くに聞こえるだけだ・・・。
2万人を超える学生がいるキャンパス。その裏道を、1人きりで歩くのは気持ちがいい。
ふと、足元に目をやると、なんと、どんぐり。
一葉落ちて天下の秋を知る(いちようおちててんかのあきをしる)、
ならぬ、「一どんぐり落ちて天下の秋を知る」、だなあと思った。
大学のある環境は自然たっぷりだが、設計がまずいし、ポリシーが硬い。
山の中にあるのはいいが、自然と校舎が、切断されているのだ。
せっかくの自然を生かしきれていない。悲しいことだ。
白い校舎も、なにか非人間的というか非生物的で、極めて無機質な環境を作り出している。
茶色のレンガのペデも、何か無味乾燥である。
キャンパスは、ひたすら勉強して国家試験に合格させるだけの場所ではない。
人格形成には、やはり論理的理性だけでなく、感性や人間性を養うことが大事である。
だから、どういうキャンパスにするかという設計は、極めて大事である。
快適で、生命感を感じることができる空間を設計すべきである。
どんぐりが実った木を、窓から見ることができる校舎であれば、きっとキャンパスを好きになるだろう。
投稿者 matsuno : 23:32
2006年10月02日
電車の座席のガム
奥多摩合宿に行く際、JRに乗った。
青梅で乗り換えて奥多摩行きに。
しばらくして、自分のズボンのすそに違和感を感じた。
何と、座席の下にガムが貼り付けてあり、そのガムがズボンにくっついて糸を引いているではないか。
ショック以外の何でもない。
こんなひどいことをする輩がいるとは・・・。
公共道徳のなさというよりも、こういうことをして、他人に迷惑をかけて喜んでいる連中がいること自体、情けない。
日本も、貧困なる精神を持った連中が増えたものだ。
ガムは、洗濯しても生地によっては、跡が残る。
今回も、ばっちり、そこだけ不思議なテカリが残ってしまった。
こういうことをする奴は、そうたくさんはいないだろうと思っていたが、なんと、都営地下鉄に乗っていたら、アナウンスが流れた。
「前から3両目の車両の座席に、ガムがつけられております。お気をつけください」。
さらに、途中の駅で、駅員がそのガムを処理するために、余計に停車した。それも3人がかりだ。
車内の中で、サラリーマン風の人たちが、「またかよー!」とつぶやく。
ということは、いろんな路線で、座席の下にガムをくっつける輩が出没しているのだろう。
人が迷惑することを見て喜んでいる愉快犯的な人間は、本当に許せないと思ったしだいである。
みなさんも、座席にすわるときは、下の方にガムがつけられていないかどうか、チェックしてから座りましょう。